46 三階層・気配を消すには最高の条件
「次は洞窟か……」
「比較的狭い階層だが、ここは魔物の数が多い。ちなみに虫系だ」
三階層に足を踏み入れると、メイ先生の解説が洞窟内で反響した。
湿度の高い空気が流れている。
壁に掛けられたランプが風に揺れ、影が伸び縮みしていた。
「リーナ、フラウディア。虫は平気か?」
「虫はって何よ! 私が魔物相手に怯むとでも思ってるのかしら?」
「少し苦手ですけど……お化けよりはまだマシです」
尋ねると、フラウディアはガッツポーズをして見せる。
様々な魔物が出るダンジョンでは──自分一人で進むなら気にしたこともなかったが──苦手な系統がいる仲間がいると気を配らなければならない。
できるだけ精神的苦痛は減らしていくべきだ。
「わかった、じゃあ行こう。先生が到達できているのは、この階層の最奥までなんでしたよね?」
「ああ。ここはいわゆる『階層主』がいるようでな。なんとか主の部屋の扉の前までは行けたんだが……危険を考慮して手を出せずにいたんだ」
「階層主ですか……三階層にいるなんて、イレギュラーにも程がありますね」
「さすが、人工ダンジョンと言ったところだ。しかし、戦闘特化ではない私のような探索家には、手も足も出せない最悪のダンジョンだが」
「ということはつまり、ここは戦闘技術をあげるために……?」
「かもしれないな」
階層主は、階層内で出現する普通の魔物よりもかなり強い。
通常のダンジョンでは十五階層あたりに生まれるのが相場だが。
三階層から現れるとは……このダンジョンの規模が小さいのか、それとも階層主が現れる頻度が高いのか。
「テオル様。その、階層主というのは何なのですか?」
「ダンジョン内で定期的に現れるボスみたいなやつです。最奥の部屋にいるそいつを倒さなければ、先に進むことができません」
「そんな……。勝手な認識で、私はダンジョンを探検の場だと思っていました。ですけれど、本質は戦うことにあるのですね……」
ふむふむと頷くフラウディア。
ダンジョンは基本、人里離れた秘境にあるからな。
俺たちに護衛されるために行動を共にし、ダンジョンが通っている学園の地下にあるなんて偶然がない限り、王女が訪れる機会なんてものはないだろう。
このあたりは専門的な知識に含まれる。
そんな風に思っていると、何故かワクワクしているリーナが口を開けた。
「確かに本や劇では、ダンジョンは冒険って感じよね」
「そうですよねっ、リーナ」
「だけど私はこっちの方が性に合うわ。早く階層主のもとへ行きましょう!」
「──おい、今日は戦わないからな?」
「て、テオル……だけど、ちょっと覗くくらい……」
「ならいいが、時間もあんまりないんだぞ? これまでより魔物も多いようだし、主の部屋まで辿り着けるかどうか」
「先生! 時間はあとどれくらいあるのかしら!?」
「む、そうだな……テンポ良く来れたとはいえ、元々ここらで折り返す予定だったからな。あと十分で部屋まで行けるなら構わないが」
「そ、そんなぁ……。テオル、あんた何かないの? 階層主と戦うのが私の夢だったから、早く見てみたかったのに……」
なんだその夢。
いきなり戦闘狂な部分を出されてもな、どう反応すればいいんだ。
まあ俺も、部屋に入らなかったら戦闘は始まらないので、どんな奴か確認しておきたい気持ちがないと言えば嘘になるが。
「この薄暗さ、知能が低い虫系の魔物相手なら方法がなくもない」
「えっ! じゃあ!!」
「だけど初めてやるからな……上手くいくかどうか」
フラウディアに危険があってはならない。
やるかどうか悩むが、リーナがこんな浮かれているのはアイライ島ぶりだ。
「はぁ……わかったよ。じゃあみんな手を繋いでくれ」
「! わかったわ! ほら、フラウもメイ先生も、早く早く」
と、言ってもこれはこいつの為じゃなく、俺も階層主に興味があるからだ。
別に期待されるような目に心を動かされたわけではない。
なんだか、それだけはハッキリさせておきたい。
リーナに促されるまま俺たちは手を繋ぐ。
こうして体の一部を触れれば──
「て、テオル君。これは……!?」
「あんた、まさか……っ!」
「俺が一人でみんなの魔力を制御して、気配を薄くしてみた」
メイ先生とリーナの問いに答える。
「す、すごいです……これがテオル様が見ている景色……。なんだか、とても不思議な感覚ですね」
「ありがとうございます。では行きましょう」
フラウディアはたいそう感嘆してくれているみたいだ。
あまり長時間できそうにはないので、俺が先頭になり、手を引く。
確かにこの三階層には魔物が多いようで、巨大なムカデがうじゃうじゃといるが……気付かれず進んでいくことができた。
「いつもすぐに襲ってくる魔物が……なんだか、妙な気持ちになるわね」
「魔力の流れが一定すぎて、自分で自分を認識できなくなりそうだ」
「ひぃっ……虫……虫……」
その間、リーナと先生は口々に感想を言っていた。
しかしフラウディアはやっぱり虫が苦手だったらしい。
ゴーストを見た時と同じくらい震えていた。
気配を消さずこいつらが襲ってきたら、一体どうなってしまうんだろう。
この階層を詳しく探索するときは、フラウディアとは手を繋いで、彼女だけでも気配を消しておくべきかもしれない。
そして、階層主が待つ部屋の前まで来ることができた。
大きく重厚な鉄の扉がある。
「十分も経っていないぞ? どうなっているんだ君は……」
メイ先生が舌を巻いたようにそう溢す。
その隣でリーナが音を立てず、ゆっくりと扉を押した。
俺も加わり、こっそりと二人で中を覗く。
するとそこには、3Mはある獰猛そうな蟷螂の姿が。
「なかなか手強そうだな」
「ええ。でも、私の相手に不足なしってところかしら。最初に倒す階層主はこのくらいが良かったのよ」
そう言って、不敵に笑うリーナ。
これから一、二、三階層を隈なく探索し、それが終わり次第このボスと戦うことになる。
このダンジョンの成り立ちなども気になるし、並行してそれも調べておこう。
じゃあ──
「階層主の姿も確認できたし、今日はもう帰るか」
すでに見たことがあったメイ先生を除き、一応フラウディアも中を見てからみんなに呼びかける。
帰り道は行きより速く、俺たちは一息に先生の研究室に帰還した。
もし少しでも作品を、『面白そう!』『続きが気になる!』『応援してるよ!』
などと思っていただけたら、
広告下の☆☆☆☆☆を押して★★★★★などにしていただけると嬉しいです!
応援よろしくお願いします。




