45 二階層・僅かだが確かな成長
日は変わって翌日。
俺たちは放課後に本格的なダンジョン探索を始めることになった。
今日は三階層まで進み、メイ先生の踏破エリアの全体像を把握する。
今後は放課後を使い、一階層ずつ詳しく調査していく予定だ。
深い階層への遠征が始まったら、休日を利用することになるかもしれない。
ちなみに、フラウディアには新聞部を休んでもらっているが、三日に一回は彼女の部活について行く約束になっている。
「ここからが二階層──私が【廃図書館】と呼んでいるエリアだ」
探索道具が入った大きな鞄を背負った、つなぎ姿のメイ先生が建物を見上げる。
「テオル君たち、この先も引き続きよろしく頼む」
「はい。では次も最短ルートで三階層に続く階段への案内をお願いします。フラウディアも俺とリーナから離れないでくださいね」
「わかりました。けれど……それよりもここ、なんだか……少し怖いですね」
無数のヒビが入り、蜘蛛の巣が張った埃だらけの図書館を前に、フラウディアは身をブルリと震わせリーナの腕に抱きついた。
ジャングルを抜けた先にあった階段を降ると、古びた図書館が広がっていた。
二階層のここは、薄暗く道が入り組んでいるようだ。
吹き抜けになった壁は一面本棚になっており、大量の蔵書があるのがわかる。
「ちょっとフラウ、離れてくれないと戦えないわよ?」
「うぅ……。で、ですけどっ、なんだかお化けが出てきそうで……」
「もう。ここはダンジョンよ? そんなわけ──」
現在、俺たちは制服でそのままダンジョンに入るわけにもいかず、武術の授業などで着ている学園指定の運動着を着ている。
そのため噂で聞いた、修学旅行で行う肝試しみたいに見えるな。
なんてことをリーナたちを見て思っていた、その時。
道の先を横切る青白い光が一つ。
浮遊しながら過ぎていくかに見えたが、ソレはぴたりと止まるとこちらを見た。
「で、でで出ちゃったじゃないっ。フラウが変なこと言うから!」
「キャーーーーーーーッ!!」
「あ、そういえば言い忘れていたが、この階層の主な魔物はゴースト系だ」
フラウディアの悲鳴が響く中、横でメイ先生がぽつりと呟いた。
それにしてもリーナまで震え、フラウディアと抱き合っているが。
もしかしてこいつ、こういうの苦手なのか……?
「はぁ……二人とも。先生、次は教えといてくださいね」
「すまないな。あまりにも楽に魔物を気にせずスイスイと進めるものだから、つい言いそびれていた」
俺も久しぶりのダンジョンが楽しくて、聞きそびれていた部分もある。
けろっとした先生に軽く会釈し──
「じゃあここはとりあえず、俺が倒してきます」
この周辺にいる魔物はあのゴースト一体だけだ。
動けそうにないリーナを確認して走り出すと、腰が抜けたらしいリーナとフラウディアが小さく叫んだ。
「ち、ちょっと待ちなさいよっ!」
「テオル様! 危ないですよっ!?」
ゴースト系の魔物を倒すには、通常聖属性の魔法や武器を使う。
だが、それはただ単純に効率がいいからだ。
今の俺のように聖属性の攻撃手段を持っていなくても、倒す方法は存在する。
──最悪の効率。
相手の総量を凌駕する魔力を一度に纏めると、ゴースト系の魔物にも触れられるようになるのだ。
つまり、こうして。
拳にかなりの──今の俺にとっては数パーセントにも満たないが──魔力を纏わせ、殴打をすると……。
ブグゥワアンとすぐにゴーストは霧散した。
そしてタイル貼りの床に石が跳ねる音。
メイ先生が近づいてくると、それを拾って鞄に回収する。
「上質な魔石だな。これだけの魔物を一撃で倒すとは、さすがテオル君だ。この調子だと、今度換金する際にどれだけの金額になるのか楽しみだが……本当に良いのか? 私が貰ってしまっても」
「はい。でも、約束は忘れないでくださいね」
「ああ。彼女たちの要望のおもてなしを定期的に、だな」
ダンジョンの魔物は倒すと消滅し、魔石だけが残る。
地上のものとは違い、ナイフなどを使って回収する手間がなくて済む。
これがダンジョン特有の現象の一つだ。
「り、りり、リーナ。テオル様がお化けを倒してしまいましたよ!? 何か祟りがあるのでは……」
「フラウもバカねぇ。まっ魔石が出たんだから魔物に決まってるじゃない」
「え? で、ですが……リーナもあんなに震えて……」
「じょ、冗談よ! あなたが怯えていたから、少しからかっただけに決まってるじゃない! ほら、時間に余裕があるわけじゃないんだから、早く行くわよっ」
戸惑うフラウディアの腕を強引に掴み、リーナが引っ張ってくる。
「もう大丈夫か?」
「な、なんで私に向かって言うのよっ!?」
薄らと唇が青くなっているリーナ。
面白がってそう訊いてみると、高速で思いっきり睨まれてしまった。
「君たち、早いとこ三階層を目指そう。そろそろ外は日が暮れてしまう」
メイ先生がポケットから魔導時計を取り出し、俺たちに向かって言う。
テンポよく進んできたつもりだったが、もうそんな時間か。
騎士として受けた正式な依頼とはいえ、王女を遅くまで連れ回すのは良くない。
リーナと話し、魔石の所有権は回収して持ち運んでくれる先生に渡した。
だが、俺たちも魔物を倒すたびに得るものはある。
「──『ステータス』」
呟くと、目の前に現れた俺にだけ見える半透明の板。
これも世界中のダンジョン内でのみ発現する特殊な現象だ。
ダンジョンでは、魔物を倒すと各能力値が上昇し、その都度強くなっていける。
外に出るとおよそ百分の一の成長になってしまうが、確実に強くなっていけるこれは非常に大きな恩恵だ。
僅かだが、確かな成長。
幼い頃に父さんとダンジョンに潜った時以来の、その小さな変化に満足しながら、俺は廃図書館の奥へ進んでいった。




