37 王城からの通学
新品の制服に腕を通し、制服姿のリーナとフラウディアに落ち合う。
昨日、団長からフラウディアの護衛を頼まれた後、すぐに俺たちは仕事を開始し──週初めの今日から早速学園にも同行することになった。
周囲を気にしながら一緒にいるだけで良いんだ。
何かが起こるまでは気楽にいこう。
「まさか騎士になって学園に通うことになるとはね。思ってもみなかったわ」
「俺もだ」
自分が着た制服を見下ろしながら言ったリーナに頷く。
彼女は顔をこちらに向けると、おずおずと聞いてきた。
「で、どう?」
「……ん? 何がだよ」
「私の制服姿よっ。王立学園の制服が似合うほど品はないし、なんか変でしょ?」
「うーん……そうか? 結構似合ってると思うけどな」
「……っ」
率直な感想を言うとリーナは顔を赤くして固まってしまった。
訊かれたから実際に思ったことを言っただけなんだが。
ちょっとデリカシーがなさすぎたかもしれないな……あ、もしかして『結構』が余計だったか?
「すまん。今のなしで」
「なっ、なんでよ!? 一回口にした言葉はなかったことにはできないのよ!? いやっ、これはなんか私が嬉しかったみたいに──」
「テオル様、私の制服姿はどうですか?」
朝から元気なリーナの横で、フラウディアがにょきっと背伸びをして視界に入ってきた。
「ちょっとフラウっ、あんたはいつも着てるでしょ!?」
「ですが、テオル様に見ていただくのは初めてですから」
うぬぬ、と突っかかるリーナに、フラウディアはしたり顔で返す。
友達二人で楽しそうなものだ。
微笑ましく思っていると、フラウディアが何かを期待したキラキラとした目を向けてきた。
「に、似合ってます……よ?」
「っ! も、もう……テオル様っ。なんでそんなことを言うのですか!」
「いや、めちゃくちゃ言ってほしそうに……」
女性は感想をもらうのがよほど好きなのか。
頬を押さえたフラウディアは、ご機嫌な様子で王城の廊下を進んでいく。
後ろを続くと、豪奢な馬車が待っていた。
すごいな。普段からこれに乗って学園に通ってるのか……。
フラウディアは髭をたくわえた御者と仲良さげに話している。
彼女は自分の周りにいる使用人などと、よくああやって楽しそうに会話している場面を見る。
王族にしてはかなりフランクなタイプだ。
「なんだか楽しいですね!」
俺とリーナにそう言いながら、フラウディアは馬車に乗り込んだ。
「ほんと、随分と楽しそうね」
と、口元を綻ばせるリーナの横に俺は座り、正面のフラウディアを見た。
「だって、これからはお二人と一緒に通えるだなんて! 毎日同級生とお泊まり会でもしないと、こんなことはできないじゃありませんか?」
「俺たちは少し気が引けますけどね。王城で寝泊まりするなんて」
「そんな、私のためにいてくださるのですし……お気になさらないでください」
馬車がカタカタと動き出す。
そう、俺たちはフラウディアの警護をするために王城で生活することになった。
それでも当初は使用人用の部屋を使うはずだったのだが。
「テオル、あんたフラウに変なことするんじゃないわよ?」
リーナが怪しむような目を向けてくる。
なぜか俺とリーナは、フラウディアの一言で──彼女の私室で生活することになったのだ。
「当たり前だろ。それにあのだだっ広い部屋に衝立を立てて、スペースを区切ったんだ。俺がいるのはほぼ別室みたいなもんだろ」
「本当でしょうね? 覗きでもした日には……」
「テオル様もいつでもお泊まり会に参加して良いのですからね? すぐにリーナ同様、横にもう一つベッドを並べますから」
「あの、フラウディア。俺は男ですからね?」
「はい。勿論わかっていますけど……」
「それで、あなたは一国の王女です。これ以上はさすがに」
「何か問題でも……?」
真っ直ぐな目に撃ち抜かれる。
はあ……胃に穴があきそうだ。
主君とのあらぬ疑いをかけられでもしたらどうするんだ。
睡眠時も俺たちが同じ部屋にいたら危険は一気に減るだろう。
特に、リーナはフラウディアのすぐ隣にいる。
王女が俺たちを部屋に置く理由として述べたこれは確かに正しいかもしれない。
しかし騎士団宿舎を離れ、姫の部屋の端で自分用の空間を作った男の気持ちにもなってほしい。
「やっぱり、今日から俺はせめて近くの部屋にでも……」
「駄目です。私が落ち着いて眠れなくなります」
「えぇ……。リーナも何か言ってくれよ」
「わ、私? まあ、あれよね。テオルが不審な行動を取らないのだったら、みんなで寝泊まりするのも偶にはいいんじゃないかしら?」
「……お前もそっち側かよ」
俺の心的負担は軽減されないのか。
ガックシと窓の外に目を向けると、広大な王立学園の敷地が見えた。
いくつか会話をすると馬車が止まる。
フラウディアが慣れた動きで先に降り、俺たちもそれに続いた。
「ここが学園か……」
馬車が止まった先に、水路の上を架かる小さな橋がある。
その先に続く道を行くと、大きめの屋敷のような建物が群になっている。
隣でリーナが、国の力の入れようがわかる広い土地に、ほぉ〜と嘆息を吐いたのがわかった。
「王都の中心地よりも空が広いわね」
「私の父──現国王が『美しく、学業に専念できる学舎を』という理念のもと作った学園ですから」
「あ、じゃあまだ比較的新しいんですね」
嬉しそうに説明してくれるフラウディアに尋ねる。
すると彼女は一歩前に出て、満面の笑みを浮かべて振り返った。
「はい! では……ようこそお二人とも、王立学園へ。これからは同級生として、よろしくお願いしますね!」
太陽のような朗らかさに迎えられる。
こうして、俺たちは初めて学園に足を踏み入れた。




