35 僕は騎士
第六騎士団の面々が騒がしくしていた頃。
王城のとある一室に、真剣な表情で会話をする二人がいた。
ジンとフラウディアだ。
人払いがされ、周囲に他の者の姿はない。
「そういえば、ルナさんを雇われたとか。いずれ団員になさるおつもりですか?」
クッキーを摘んでフラウディアがふと言う。
ジン様の行動は予測がつきませんから、と添えて。
「いや、そのつもりはないかな。万一の為に人手を増やしておきたかっただけさ」
「そうですか……少し残念です」
「ははっ、でもこれからは彼女も仲間の一人だよ」
ジンが慰める。
顔を落としていたフラウディアは、ゆっくりと微笑んだ。
「はい。心強い事務員さんが増えました」
「テオルの実家との問題も大方片付いたようだから、一安心したいところだけど……そうはさせてくれないみたいだしね。勇者正教が魔王軍と繋がっているなんて」
「私も大きく考え方を変えないといけません……」
「敵が、新たに強力な敵と手を取り合ったみたいなものだ」
まったく、とジンは続ける。
「厄介なものさ。護る側はいつもこうだ」
ジンは少しくたびれた様子で遠い目をし、それでも覚悟を決めたように口端をきゅっと結んで呟いた。
わずかな沈黙の後、フラウディアが口を開く。
「こうなっては我々も早く動き出さなければなりません」
「わかってるよ、姫様。それで何か新しくわかったことはあるかい?」
「いえ、あれからはまだ……申し訳ありません」
フラウディアが頭を下げる。
自分の力不足だと、手を握るとスカートに皺が寄った。
対面に座るジンはその姿を見て優しい顔になった。
「大丈夫だよ。いくら君でも、そんな遠くの未来のことは分からなくても仕方がない。次は君の目的に、少しの間団員のみんなに付き合ってもらおう」
それはジンの目的でもあり、第六騎士団が創設された理由でもあった。
顔を上げるとフラウディアの目に涙が浮かんでいく。
「ありがとう……ございます……っ」
当初の敵は勇者正教だった。
しかし、そこに人類の敵──魔王軍との関係があるとなると、想像していたよりも手強い相手なのかもしれない。
「ジン様は、どこまでお考えになっているのでしょうか?」
「いつも目先のことばかりだよ。君の方がよっぽど優秀さ」
ジンはそう言ったが、その目はどこかに逸らされている。
フラウディアはすぐに気がついた。
それが優しい嘘だと。
いつも冷静で、物事の先を見るのが上手いジンだったが、嘘を吐くのは誰よりも下手だった。
「しばらくの間、君の日頃の警護を僕たちに任せてくれないかい。これからは警戒を強めていくべきだと思う」
「も、もちろん構いませんが……負担が大きすぎるのでは?」
「多少の皺寄せさ」
「それでも……」
「リーナとテオルに警護を頼もうと思う。いつもダラけてるヴィンスが少し働いて、僕とアマンダが頑張れば他の仕事もなんとかなるよ。ほら、ルナもいるしね」
リーナとテオル、と聞いてフラウディアの表情が明るくなる。
「わかりました。ではすぐに話を通しておきます」
フラウディアはリーナと特に親しく、テオルのことをなぜか慕っている。
警護は四六時中行動を共にするようなものだ。
ジンなりの配慮を払った人選だった。
これで護りの準備は完了である。
あとはこちら側から手を出していく攻めの部分。
「よし、じゃあ今日はもう失礼するよ。二人にはすぐに話を伝えておくから」
席を立ち、ジンは部屋を後にすることにした。
城の幅が広く、天井が高い廊下を歩きながら考える。
これから立ち向かう敵が予想外に大きかったとしても、こちらにも幸運とも呼べる予想外がある。
テオルの強さと、それに影響され上を見る団員たちの姿だ。
「……十分に戦える」
心強い、信頼できる仲間が揃った。
一人一人が規格外に強く、そしてこれからも強くなっていく存在でありながら、全員の関係は至って良好である。
数が少ない分、指揮が取りやすく機動力も高い。
一陣の冷たい風が吹き、ジンの髪を揺らした。
中庭の上にある切り取られた空を見上げる。
団員たちには意図的に距離を置かせていたが、この国の内情は腐っている。
いつしか趣味の一環になっていたフラウディアの活動報告紙の甲斐もあり、国民の支持は得られるだろう。
ジンは悪戯を企てる子供のように、ニヤリと笑って静かに呟いた。
「さぁ……いよいよ、国家転覆のお時間だ」
心の中で、親友とその娘に、今一度強く誓う。
君たちの大切なこの国を、僕が護ると。




