31 盛大なイベント化
「で、なんでこうなるんですか……?」
数時間後、王都にある巨大競技場の中。
俺は待合室にいた。
「まぁあれだよ。せっかく楽しむなら僕たちだけじゃなくて、できるだけ多くの人に楽しんでもらいたいものだろ?」
「いや、だとしてもこんなイベントにしなくても……」
「姫様が盛り上がっちゃってさ。まったく困るよ」
いくらなんでも白々しすぎる。
やれやれと眉を八の字にする団長に、冷たい視線を送る。
あれから数十分後にはフラウディア主催で俺とルナの試合が組まれることが決まり、街の人々に大々的な宣伝が行われた。
すでに万超えの観客が集まり、試合の開始を待っているようだ。
「フラウも物好きなのよ」
「……みたいだな」
ガックシと項垂れる俺に、腕を組んで壁にもたれかかるリーナが言う。
「でも、それを面白がって唆すジンが悪いわ」
「同感だ。まったく、こんなことになるなら黙っとけばよかった」
「お気の毒ね。そうは言っても、ここまで来たらしっかりやりなさいよ? みんな楽しみにしてるっぽいし、勝ったら従妹ちゃんも諦めるって言ってたしね」
リーナに背中を軽く叩かれる。
「ああ、わかってるよ」
「じゃあ私も観客席で見てるから」
そう言うと、リーナは手を挙げて去って行ってしまった。
「僕もそろそろ席の方に……と、姫様が来たみたいだ。じゃあ失礼するよ!」
「はい……。もう好きに行ってください、団長」
なんとか逃げようとしているけど、めちゃくちゃ楽しそうだ。
スキップでもし出しそうな雰囲気の団長が部屋を出ると、入れ違いでフラウディアが護衛を二人連れてやって来た。
「テオル様、頑張ってくださいね! 私、必ず勝つと信じています! ただし『街の皆さんが見てわかる戦い方で』お願いしますね」
駆け寄ってきたフラウディアが頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしますが、これも名目上は慈善活動の一環なので」
「ちょうど対戦相手にもハンデをって言われてたので、問題ありません」
「そうですか、ありがとうございます!」
団長の思惑でこんなことになった時はどうなるかと思った。
何か競争をするとかだったら良かったが、実質これは手合わせ。
以前はあんなに強気だったのに、ルナがハンデを欲しいと言い出したのだ。
「とにかく派手に、気配は消さず……か」
「皆さん、テオル様のご活躍を見に集まっていますから! 男性からも女性からも、すごい注目度と応援ですよ」
え、そうなのか?
ただ娯楽目的で足を運んでるのだと思っていたけど。
「俺のことなんて知りませんよ。特に知り合いもいませんし」
「いえ、そんなことはっ──えっと、その……あぅ」
「って、だ、大丈夫か!?」
湯気が出そうなくらい顔を赤くしたフラウディアが、倒れそうになったところを慌てて支える。
護衛の二人に渡そうとすると、一人の女性が紙を取り出した。
「お嬢様主導で作っている活動報告紙というものがありまして、これで皆さん貴方のことを知っているのですよ」
「え? うわっ、なんだこの記事!? 遂に加入した五人目の団員……『ドラゴン殺し』? こ、こんなものが街中に?」
「はい。なんでも国民の支持を得るためだとか、団員の皆さんをより多くの方々に知ってほしいだとかで」
ドラゴン討伐やエルフの里を救ったこと。
俺の活動が事細かに、そして無駄にカッコよく書かれている。
これが街中に……恥ずかしすぎる。
「っは! ちょ、ちょっとっ。趣味なんですから勝手に言わないでください!」
「申し訳ございません。つい、口が滑ってしまいました」
「もうっ!」
復活したフラウディアがプンプンと頬を膨らませる。
しかし護衛とは仲が良いようで、えらく楽しげだ。
そうこうしていると試合の開始時刻が迫っていたらしい。
扉がコンコンッと叩かれた。
今回審判に名乗り出てくれたアマンダさんが入ってくる。
「テオル、そろそろ時間だ。準備は良いか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「では行くぞ」
俺が部屋を出る前に、フラウディアが急いで外へ出た。
「た、大変っ急がないと。ではテオル様、また後ほど。応援していますから、頑張ってくださいね」
「はい」
彼女が座る席は上の方だ。
移動に時間がかかるのだろう。
フラウディアが護衛たちと小走りで去っていき、俺はアマンダさんの後ろに続きその反対方向へと進む。
「従妹殿を納得させるためとはいえ、負けたら大変だ。必ず勝つのだぞ、テオル」
「任せてください」
「ふんっ、なかなか言うな。だが当然、私は公平な判定を下すからな」
「ええ、わかってます」
薄暗い通路を抜け、明るい会場内に入る。
その瞬間。
「キャー、アマンダ様ー!!」
「アマンダ様が来たぞ! てことは、あの後ろにいるのがテオル様か!?」
「あの白髪……多分そうだッ! 頑張ってくれー! テオル様ッ!!」
周囲を囲む十数段の客席に、隙間なく座った観客たち。
四方八方から歓声が降り注ぐ。
「テオルッ! お前ぇ負けんじゃねーぞ!?」
「坊主! 頑張れよー!!」
知っている声を見つけ、目を向けるとヴィンスとガリバルトさんがいた。
手にカップを持って騒いでいる。
顔も赤いし、酒でも飲んでいるのだろう。
「す、すごい熱気ですね。自分のことを知っている人がこんなにいるなんて。アマンダさんはいつも通り、落ち着いてますけど……」
「慣れたからな。それに、我々には声援に応えることしかできない」
中央に進むと、反対側から仮面をつけたルナが出てきた。
力強い目つきで俺を見ている。
「これで俺が勝ったら、本当に大人しく引いてくれるんだろうな?」
「だから、それしかないって言ってるじゃん。無理矢理引っ張って連れて帰れる訳もないし。でも、私が勝ったら帰ってきなさいよね」
そう言うと、魔法を発動し魔弓を取り出した。
俺としてはこの一件に話がつくなら何でもいい。
例えハンデをあげたとしても、負ける気は一切しない。
「……わかったよ」
体の奥底で。
魂が、疼いた気がした。
ここから1章の終盤です。
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