30 過去の話
次の日。
俺は自分がここに来るまでのことをリーナたちに話すことにした。
昨日、ルナの話を聞き、気になっているような素振りはあったものの、誰も深追いしてくるようなことはなかったが。
「集まってくれてありがとう。アマンダさんも、ありがとうございます」
騎士団室のソファーに座るリーナとヴィンス、アマンダさんに頭を下げる。
団長は全てを知っているので、近くで様子を見守ってくれている。
「私は構わないけど……別に無理して話す必要はないのよ?」
「せっかく来てやったんだから、そりゃあねえだろっ」
「ヴィンス、お前は黙るということを知らないのか?」
いつも通りの見慣れた光景だ。
「一晩考えてみたんだけど、心境の変化があってな。今の俺は騎士だから、過去のことはもういいかって思って。リーナも気になるんだろ?」
「まあ、あんたが教えてくれるなら知りたいけど……」
そのとき、何やら窓の外でガタッと音がした。
リーナは音の鳴った方に目を向け、それから深くソファーに座り直す。
「なるほど、アピールも含めてってことね」
「一応、それもそうかもしれないな」
みんなと机を囲んで食事をし、その後ちょうどルナに会った。
それで、自分がもう暗殺者ではなく騎士なのだと再確認したのだ。
正体を隠すこと。
過去は誰に話すものでもない。
そんなものは、もう必要ないのではないだろうか。
「昨日ルナ──俺の従妹が言っていたように、ここには家を追い出されてきたんだ。もうかなり昔のことのように感じるけどな」
慣れないことに、なんだか調子が狂う。
ただ、もちろん全てを曝け出しじいちゃんに危険があっても困る。
流石にそんなことがあるとは思わないが……念の為に。
「あんたを追い出すって……何か悪さでもしたの?」
「いや、必要ないと言われてな。まあ後々、裏で色々とあったって教えられたんだけどさ。ほらヴィンス、前に団長に会いに来てたあの人──俺のじいちゃんから、あの時に話を聞いたんだ」
「前の……? うぉっ、あの爺さんか! 確かにお前、何か話してたな」
ヴィンスが勢いよく立ち上がる。
その横で、アマンダさんが紅茶を一口飲んで目を細めた。
「何であれ、テオルを追い出すとは勿体ないことをしたものだ」
「そうね! おかげで私たちのところに来たんだけど。良かったわね、団長?」
「あ、ああ僕? そうだね。ありがたい話さ」
嬉しそうなリーナに突然声をかけられ、団長が微笑む。
「んで、話ってそれだけかよ?」
ヴィンスが退屈そうに自身の爪を弄り始めた。
「いや、本題はここからだ。自分の中の踏ん切りに付き合わせてしまって申し訳ないけど、俺の魔法や魔力制御について話しておきたい」
「ちょおまっ、マジかよ?」
「まあ答えられないこともあるけどな。みんなも暇ではないだろうし、興味がなかったら帰ってくれて構わない」
「ガリバルトのおっさんを待たせてっけど、俺は最後まで聞くぜ」
「私も知りたいわ! あんたが一体どうやって今みたいになったのか」
「面白そうな話だ。私も聞くとしよう」
「じゃあ、早速……」
そこまで話すのかと視線を向けてくる団長に一つ頷いて話し出す。
俺の魔法に関することは全て、今は亡き父に貰った。
久しぶりに父さんのことを思い出すような気がするな。
「実は俺は、暗殺のガーファルド家の生まれなんだ」
「「「なっ」」」
窓の外でまたガタッと音がする。
「もちろん勘当された仕返しをするとして、誰に頼る気もないから家については何も言わない。まあ今はそんな気さらさらないけどな」
「が、ガーファルドってあれよね。名前だけは知ってるけど……」
「やべー生まれじゃねえか! 仕返しに協力するバカなんているわけねえだろッ」
「ならいいんだ。それと、金を積まれたからと言って善人を殺すようなマネはしてませんからね。それが家を追い出された原因の一つになりましたけど……」
暗殺と聞いて、口を一文字に結んだアマンダさんに説明する。
すると彼女は優しい表情に戻った。
「……そうか」
父さんは俺に、誰でも暗殺できるのが一流ではないと教えてくれた。
その力を誰のために使い、任務を完璧にこなすのか。
しっかりと頭を使えるのが一流だ、と。
「母は物心がついたときにはすでにいなくて、使用人の一人が乳母として俺を育ててくれた。もう死んでしまったけど、父さんが俺の師匠だ」
三人と、団長の集中が高まるのがわかった。
「従兄妹や他の親族と会う時間を捨て、父さんは俺に全てを教え込んだんだ」
魔力を感じ取り、体内を巡らす。
わずかにブレることもあってはならない。
完璧に操作できるようになりなさい。
全てはここから始まり、魔法に、気配を消すことにと繋がっていった。
「厳しかったけど楽しかったな。深淵剣もその頃に契約を結んで」
俺が過去に浸っていると、ヴィンスが目を丸くした。
「いや、待て待て。なんだよその話ッ!? それだけかよ?」
「あぁ、訓練はプテルノート高原で一人で生き抜いたり、海上ダンジョンに挑んだりしたぞ? 命懸けで強くなったというか、何回も死にかけたというか」
詳しい内容を知りたそうなのでいくつか例を挙げてみる。
しかし、みんな可哀想な子を見るような目になってしまった。
「よく頑張ったな、テオル……」
「あ、アマンダさん?」
ポンと頭に手を置かれ、撫でられる。
「と、とにかく俺は、自分が暗殺一家に生まれたことを言いたかったんです」
「そんなこと、私は気にしないぞ。お前たちもそうだろ?」
「ええ、もちろんよ。私たちにはどうでもいいことだわ」
「確かに、しょうもねえ話だったしな」
誰からも想像していたような反応は返ってこない。
自分としては一大決心のつもりだったが、もしかしてつまらなかったか……?
アマンダさんが手を下ろすと、ヴィンスが窓の外に向かって言った。
「つう訳で、こいつは返さねえからな! わかったらとっとと帰れッ」
またガタッという音が聞こえ、俺たちの視線が窓に集まる。
結局昨日の夜、宿舎にまで付いてこられたのだ。
今日も朝からずっと付き纏われている。
本人は気が付かれずうまく付いて回っていると思っているようだが、ここに来てからは全員に気づかれていたようだ。
「お、来たね」
団長がニヤリと笑う。
それと同時に、窓の外に壁に張り付いたルナが現れた。
彼女は窓を開けて中に入ってこようとするが、鍵がかかっていて開かない。
「はぁ……」
なんでここまでしないといけないんだ。
俺が鍵を開けてあげると、追い詰められた表情でルナはこう言った。
「帰ってこないと、マジで大変なことなるから! 知らないからね!?」
「いやだから、俺にその気はないって何度も……」
どうやったら帰ってくれるのだろうか。
これからもずっと付き纏われるのは嫌だしな。
「あ、じゃあそうだ」
そのとき、団長が声を発する。
振り向くと、また何やら企んだ様子。
「な、なんですか……?」
見るからに訊いてほしそうにしているにも関わらず、誰も何も言わないので、俺が代表して仕方なく尋ねる。
すると団長は、以前にも見たことがあるワクワクした表情になった。
「何か勝負をして、それで話をつけたらどうだい? 僕たちも暇だし、そっちの方が楽しそうだろ?」




