27 その頃ガーファルド家は⑤
「そうかそうか。あやつらにも、それなりの慈悲はあったようじゃの」
顔面蒼白のゴルドーを中心に、重い空気が漂う屋敷へ戻ってきたテオルの祖父──先代は、いつもと変わらない軽い調子だった。
「ま、待ってくれ親父。あいつらのこと、何か知っているのか?」
この件には一切関与していなかった父に、ゴルドーが目を向ける。
しかし、先代は首を振った。
「危険な連中じゃろうが、儂はなんも知らん。依頼主は今日来た女子だったのじゃろう? それがいきなり教王を連れてきたと……。何が目的で、どんな集団なのかさえ調べてみぬと分からんが、ひとまず殺されんで一安心じゃな」
「だ、だったら何か手助けを……」
「嫌じゃ。儂が勝手に動くことはあっても、家の頼みは聞かん。この老ぼれはもう引退した身よ」
「……っ」
縋るような思いは拒否される。
最後の希望が絶たれた瞬間だった。
それもそのはずだ。
ゴルドーが先ほど資料庫で確認したところ、あの老爺は教王で間違いなかった。常に重要人物の顔を頭に入れていなかったのが悔やまれる。
例え能力的に可能であっても、依頼に失敗した時点で何なのだ、という話だが。
「じゃあいいって言うのか……?」
「む、何がじゃ」
「ルドの回復まで、まだ時間がかかる。あとは今回の元凶のルナだけだッ。人手が足りない中で、依頼まで減ったら親父が築いた家が潰れるんだぞ!?」
怪訝な顔をする先代に、ゴルドーは脅すように言った。
俺は家のために頑張っているのだから、少しくらいは手を差し伸べろと。
全身骨折を負ったルドは、妻のフレデリカから過度の心配をかけられ、少し前にベッドで横になるよう連れられて行った。
一人で歩けるまで回復したとはいえ、まだまだ仕事には出せないだろう。
「それでいいのかッ!?」
「……わかった」
最後の一押しに、先代が頷く。
「わ、わかってくれるよな? 俺だってこのままガーファルドを小さくするつもりはない。今回は相手が悪かったが、必ず信頼を取り戻して……」
表情が明るくなったゴルドーが、矢継ぎ早にそう語る。
しかし、先代が口にしたのは予想外の言葉だった。
「お前にこの稼業は向いておらんかったようじゃな。儂が間違っていた……すまない。一人の暗殺者としてではなく、一人の子供としてもっと愛するべきじゃった」
「っ!?」
こんなにも優しい顔を向けられたのは、いつぶりか。
耐えきれず、ゴルドーは顔を歪める。
今この状況で親子として接されることは、暗殺者としての自分を見捨てられることと同義だ。
ゴルドーは膝から崩れ落ちる。
「い、いや、それはないだろ。なぁ?」
苦し紛れに呼びかけるが、先代は──父は何も言わない。
ただ、肩に優しく手が置かれた。
今まで積み重ねてきたものが、崩れ去ってしまう。
俺はこんなところで終わりなのか?
じゃあ今までは何だった。
兄が死んで、ようやく運が向いてきたというのに。
「今はゆっくりと休みなさい。仕事は一度、全て止めるんじゃ」
先代は最後にそう言うと、横を通り抜け部屋を出て行く。
「ま、待ってくれよ……」
茫然自失となっていたゴルドーがハッとし、振り向き手を伸ばそうとしたが、そのとき既に扉は閉じられていた。
「お祖父様、あの……」
部屋を去った先代が廊下を進むと、ルナが待っていた。
過保護な母に連れられて行った兄にあんなことを言われ、暗い顔をしている。
「どうしたんじゃ、こんなところに一人で」
「いや、その……」
「お前さんも怪我をしたんじゃろう。休まんで平気か?」
「あっ、私は大丈夫。ありがと」
祖父からの心配が嬉しい。
「そ、それよりも、聞きたいことがあって」
「そうか。儂に答えられるなら何でも訊いとくれ」
「……な、何を馬鹿なことをって思うかもだけど……テオルのことで。本当に逃げ出してなくて、普通に働いてたのかな、なんて……お祖父様はどう思う?」
祖父の表情を窺うように、ルナは訊いた。
ずっと心の中にあった疑問だ。
他に耳がない場所で尋ねようと、この場所を選んだ。
テオルが暗躍していたなど考えたくもない。
しかし、今回の悲劇の原因が他にあるとは思えなかった。
今までと変わった点は、テオルがいるか、それともいないか。
自分が責任を押し付けられた手前、兄たちのように目を逸らし、調べてもみない訳にはいかない。
「……うむ、もう言っても良いか」
顎に手を当てた祖父が、何かを決めた様子で顔を上げる。
そして、
「テオルはよく働いておったぞ? 他に生き方があると思うて、黙っとったが」
「……っ! じゃあやっぱり!」
「お前さんの考えておる通りじゃろうな」
祖父にズバリと言われ、ルナは驚愕する。
「あ、あいつは今どこに……」
「オイコット王国におるぞ。儂も会ってきたばかりじゃ。気になるのなら行ってきたら良い……仕事もしばらくないじゃろうからな」
「オイコット王国……お祖父様、なんで連れ戻さなかったの!?」
「それはさっきも言ったが──まあ良い、とにかく見てきなさい」
実力があるなら、連れ戻せば家を立て直せるかもしれない。
ルナは思った。
家に帰れると知ったら、テオルは喜ぶはずだ。
これで任務の失敗は、自分のせいではないと証明できる。
「はい! 私が一人で迎えに行ってくる。みんなには内緒でね」
ルナは祖父にお辞儀をすると、すぐに旅の準備に取り掛かった。
大丈夫。すぐに帰ってこれるはずだ。
テオルにはどうせ、暗殺しかないのだから。
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