文学少女はゴーレムを造る
新ノ口江美はノートを胸に抱え、黒く崩壊しつつある街の中、白き砂舞い降りる世界で祈りを捧げる。
「必要なのは太い骨組み、堅い装甲、そして全てを突き破る強さ……」
言葉と共に彼女のノートは淡く光りだす。そして、彼女自身も。
「けれどそれだけじゃダメ……。狂気も猟奇も陰気も……。全てを受け入れる柔軟性……」
想い続け、時に舞い上がり、時に悲しみに沈んだ日々を脳裏に描く。
その想いこそが、彼女の生み出した怪文書の原点なのだ。
そして、その想いに影響された人々の感情もまた、彼女の力となる……。
「流行るほどに強くなるこの力……。それはきっと、私に託されたみんなの希望……」
ただただ強く、そう強く想えば……、必ず能力は応えてくれると彼女は信じた。
「お願い、私の大好きなものを護って……。
……この想いに応えてっ!!」
その何かは、心を裂く願いを聞き届けた。
ノートは強く輝き、大地を眩く照らし出した。
そして黒き大地は揺れ、街は崩壊を加速させ更地へと変貌を遂げる。
そびえ立つ建物たちはその身を地に横たえ、白い空が広がる。
けれどビルが我が物顔で占拠していた白紙のノートには現在、五体の岩人形が描かれていた。
見上げれば途方もない距離にその顔があるが、表情など読み取れはしない。
それもそのはず、遠くに出現したものですら遠近感が狂い、近くにあると錯覚する高さなのだ。
大きさを把握できなくとも、この国のどの建物よりも大きい、彼女にはそれだけが理解できた。
円陣を組むように現れた五体は、ゆっくりとその手を近付きつつある白き天へと突き上げる。
その動きは一様に示し合わせたようで、大きな一つの意志により行われていると、目撃した誰もが思うものだ。
それは、かの双子も同様だった。
「美沙、大丈夫!?」
「大丈夫……。だけどなにあれ……」
突然の大地を裂くほどの地震に尻餅をついた二人は、現れた巨人を見ると再びしゃがみ込んだ。
「嘘でしょ……」
捻り出した言葉はその後続かない。二人で抱き合い、カタカタと震える他なかった。
驚きのあまり黙りこむ二人に対し、どこからともなく声がかけられる。
「大事なお友達が待ってるんじゃないんだぜ?」
それはひどく平坦で、なんの感情も読み取れぬ声。
けれど、二人に正気を取り戻させるには十分なものだった。
「そうだね、江美ちゃんを助けないと」
「え? さっきの美沙?」
「え……?」
誰の声かは分からない。顔を見合わせ再び固まる二人。
しかしその謎の声は続いた。
「ゆっくりしてる暇はないんだぜ。お友達の一大事なんだぜ」
「で、でもどこにいるのか……」
誰とも分からぬ声に、恐る恐るながら正直に答える。
それもそのはずだ、彼女らは入れ替わり立ち替わりやってくる人々に見つからぬよう隠れていたため、完全に江美を見失っていたのだ。
しかも、地上に出たという確証すらない。
「それなら私がお友達の所まで案内するんだぜ。
そして、お友達の能力についても、教えるんだぜ」
◇ ◆ ◇
ついてくるのはいいが兄に挨拶してこいと言われたカオリは、言われた通りに一度家に帰った。
けれどそれは、挨拶というにはあまりに短いものだった。
二度と帰る事などできないかもしれない、そういう意味だとはカオリだってわかっていた。
だが、だからと言って何も知らない彼に何と声をかけろというのだろうか。
ただ一言、行く場所があるとだけ告げたそれは、言われたことを守っただけだった。
そんなうしろめたさからか、現場に着き三田爺の顔を見たとき、少し身震いをしてしまった。
もちろんそれは、これから起こる事を案じてのものでもあった。
その身震いと共鳴するように、大地が大きく波打ち、その場に居るもの全てが立つこともままならず、地に伏せる。
「おい! 大丈夫か!?」
「たたた……。一体何ですの!?」
「ちょっと衝突したにしては早すぎない?」
他者を心配する三田爺、状況に混乱するアリサ、そして現状を分析しながらもどこかお気楽な物言いをするセル。反応は三者三様だった。
それに答えるのは、涼河の腕から零れ落ちた局長だ。
「まだ衝突はしてないんだぜ。今のは、抗う意思の表れなんだぜ」
「抗う意思……? なんですのそれは?」
「世界を終わらせたくない奴ってのは、ちゃんと居たって事だぜ」
「じゃあ、助かるかもってこと!?」
「大甘に見積もって、五分五分ってとこだぜ」
前置きされた言葉は、ほぼ不可能であるという含みを持たせていた。
だからこそカオリは、無力ながら力になりたかった。
「何か手伝えること、ないのかな」
「な……。いや、あるんだぜ」
ないと言いかけた局長だが、考えを改め言いなおす。一つの可能性を見出して。
そしてあの時の言葉も、ただの贔屓などではなかったのだと。
「“流行るほどに強くなる”か……」
「…………? どういうこと?」
「アリサ、お前の出番だぜ」
「わたくしの!? いまさら何をしろって言いますの!?
もはや、何の能力もないんですのよ!?」
「いや、ちゃんと用意されていたんだぜ。財力は地下都市を造るのに役立ったんだぜ」
「でも、今からでは、お金があってもどうすることもできませんわ」
その言葉への返事は、“殴りたくなるドヤ顔”だった。
「もう一つの能力が残っているんだぜ。さて、再炎上させてもらうんだぜ!」
局長の提案は簡単で、単純で、普通なものだった。
この場に居る全員と地下都市に残った関係者全員で、新ノ口江美原作、築山美沙作画の漫画をSNS上に拡散するものだ。
意味は分からない。けれどそれが方法だと言うのなら、皆おとなしく従った。
「これは……、今後このアカウントは使えませんわね。新しく作らないと……」
「お嬢様ご乱心! って言われかねないねぇ~? 私は平気だけどねっ!」
「お兄ちゃんがこれ見たら、卒倒しそう……」
女性陣はそのような思いを述べる余裕もあったが、男性陣は皆精神的に参っており誰も言葉を発しなかった。
中には、精神的に参ってない者もいたにはいたが……。
「ん?
“ライオンも捨てがたいが、やはり虎のあの前足のっしり感はよき。
でも俺熊狂いだから、デカい熊に抱きつきたいよね。
つまり熊・ライオン・トラのBLTにサンドされたい”
って何ですの!? ハジメさん、回すものを間違ってますわよっ!?」
「えー、だってゴーレムもスライムも、もふもふしてないじゃん~?」
「そういう問題じゃありませんのよ!?」
マイペースな上に、そういう性癖があることも知る男にとっては、それが興味をそそられるものかどうかが何よりも重要だった。
そしてそのような人物の周りには、同じような人物が集まってくるものであり、それに対するコメントは「禿同」などと書き込まれている。
「ま、冗談はこれくらいにしとこうかな? さて、どういう反応があるんだろ?」
「うまく盛り上げられなくても心配はいらないんだぜ。ネットの世界は私の主戦場。
大量の工作員で、無理やりにでも炎上させてやるんだぜ」
その言葉通りに、いやその必要もないくらいに。
この小さな集団から発せられた怪文書は、またたく間に世界へと広がった。




