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左近鉄也の見る世界 [2]



「最初に気付いたのが、アマチュア天体観測家だという事ですが……。

 各国の専門機関が気付かないという事が、あり得るのでしょうか?」


「それは無いと思いますね。社会が混乱しないように、情報を伏せていたのだと考えています」


「混乱を避けるためだけなのでしょうか? いずれは気付く人が出る問題でしょう」


「一部報道によりますと、要人避難の方法を秘密裏に用意していたとあります」



 ラジオからの声は、勝手な想像で都合のいい悪役を仕立てるのに必死だ。

分かっている事は“この地球に月が落ちてくる”それだけなのに。



「こんばんは、今日も月を眺めてるのね。

 大学はどう? 寝ずにちゃんと授業受けてる?」


「こんばんは八木先生。授業はちゃんと受けてますよ。

 先生の勧めで天文学の勉強できる大学に行って正解でした。

 寝る暇なく研究できてますからね」


「ふふふ。頑張りすぎて、体を壊さないようにね」



 そう言うと、少し寂しげに先生は空を見上げた。



「あなたのような優秀な研究者が、解決法を編み出してくれるといいのだけど」


「僕に月を止めるなんて無理ですよ。それに、そのつもりもありませんよ。

 ……だって彼が自ら会いに来てくれるんですから」


「そう思う人は少数派でしょうね。それに月を“彼”と表現するのもね。」



 そうなのかな。少数派でも僕はかまわないのだけど。



「それじゃ、上二君待たせてるから。またね、おやすみなさい」


「はい。おやすみなさい。上二にもよろしく言っておいてください」



 そうして手を振って別れる。

いつもの日々。けれど少しづつ変わっていく。





「今日は昨日よりも近づけたね。」





 僕は二杯目のコーヒーと共に君を見上げ語りかけた。



 ◆ ◇ ◆ 




「まったく、カミサマも無茶言うぜ。月落ちる世界の混乱を鎮めろなんてな」



 俺は配達先のマンションの外階段を降りると、月を見上げボヤく。

これで仕事も終わりと、少しばかりはしゃいで最後の5段をジャンプしたせいで、胸ポケットにクリップで留められた名札も一緒に跳ねて飛んでった。

それを拾い上げ、書かれた名前が未だ慣れない事に、思わず苦笑いがこぼれる。



鬼怒川(きぬがわ) 慶治(けいじ)か……」



 俺に与えられたこの世界での名前。()()()()()()()()()()()()では何の疑問も浮かばなかった名前。


 きっと俺は、二度とこの名前に慣れる事は無いだろう。

大事な過去と、彼に呼ばれ続けた名前を思い出したから。

そんな俺の想いを読んだかのように、昔の名を呼ばれた。



「よう、鬼若。ここで最後だろ?」


「外でその名前で呼ぶなよ……。ま、誰も気にしないだろうけどさ。

 それより三田爺、お偉いさんがこんなトコに居ていいのか?」


「俺はですくわーくってヤツより、現場に居た方が落ち着くんだよ」



 そう言って笑いながら俺に缶コーヒーを差し出すのは、三田爺こと三田(みた) 誠也(せいや)

ある有名な運送業者を一代で築き上げた()()()()()()()()()()、やり手経営者だ。

俺はその会社の平社員でしかないのだが、こうしてタメ口で喋るほどの仲だ。


 俺達は、マンションの植栽の少し広めに取られた縁へと座り、少しばかりの休憩を取る。

こうしていると、噴水の縁に座り、皆といた昔を思い出す……。

少し寂しさを感じながら、受け取った結露で濡れる缶コーヒーを開けた。



「ありがと。ちょうど喉が渇いてたところだ」


「現場の社員を労うのも、上に立つ者の仕事のうちだからな」


「はー、すっかりお偉いさん気取りですねぇ……」


「実際お偉いさんやってんだから、()()()じゃねぇんだよ」



 少し不機嫌気味なのは、やはり慣れない事をしているせいだろうか。



「こう見えて苦労してるんですね。お疲れ様です」


「アルが手伝ってくれてるから、まだマシだがな……」



 アルってのはアルビレオの事だ。元々やり口は汚いながらも優秀なヤツだ。

“問題ない程度の手段”に限定しても、十分このデカい会社を回すほどの実力はあるのだろう。

しかし忙しい身であるのに、愚痴るために俺に会いに来たのだろうか?



「って、そんな話をしに来たんじゃねぇ。どうだ、()()の様子は」


「変化無し。何も思い出す様子は、今の所全然ナシ」


「そうか……。カオリは?」


「同じく。ただ、クロは気付いてるのか、俺が顔見せると寄ってくるかな」


「それは、知ってる人だからじゃないのか?」


「うーん……、どうかな。ミタ爺が行ってどう反応するか見てみるか?」


「いや、やめとくわ。もし思い出してなくても、いずれその時が来るだろ」


「だろうな。いずれ全員集まる事になるだろうしな」



 そう言うと、合わせたように二人は月を見上げた。

夜9時。半分光る月は、俺達へと手を伸ばすように輝く。



「カミサマってのは、俺達に何をさせたいんだろう……?」


「さぁな。世界の終わりを見届けさせたいのか、もしくは他に意図があるのか……。

 お前の方が付き合い長いんだろ? 何も聞いてないのか?」


「どうだろう……。何も聞かされてないのか、まだ思い出せてないだけか。それすらもわかんないんだ……」


「それもいずれって事か。ま、考えたってしゃーないな。

 じゃ、俺は帰るわ。ウチでアーニャが待ってるからな!」


「お疲れ様です。チヅルさん達に、よろしく言っておいて下さい」


「どうしたお前、主様に甘えられなくて寂しいのか~?」



 そう言って、わざわざ帽子を外して俺の頭をワシワシと撫でた。

寂しい……、それもあると思う。

けれど、主様が自らの命を賭してまで俺をこちらに送った意味が、世界を終わりを見届ける事だとしたら……。

そう思うと、胸が苦しくなるのだ。

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