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コボルドキング  作者: Syousa.
建国編
16/272

16:騎士サーシャリア

【今回の主な登場人物】

サーシャリア=デナン…ガイウスの元部下。眼鏡で小柄な半エルフ。


挿絵(By みてみん)

16:騎士サーシャリア


 車輪が起伏に乗り上げた拍子に、馬車は大きく揺さぶられた。

 座席に掛けて寝ていたサーシャリア=デナンも当然同様の上下運動を強いられ、夢の中から現実へと引き戻されたのである。

 衝撃でずり落ちた眼鏡を慌てて掛け直し、周囲を見回す。

 ただ、他の座席の客も同じ目にあったらしく。彼女だけが恥ずかしい思いをすることは、無かった。


(あの頃の夢かぁ……)


 ふふ、と懐かしむような笑いがこぼれた。


(あれからもう五年、いや六年になるのかな)


 あの件の後もサーシャリアは優秀な成績を収め続け、見事に学年次席の位置を獲得して卒業したのである。

 実技においては体躯の関係もあり全く冴えなかったが、それを補填し得るほどの学科成績を残したのだから、いかに彼女が努力を重ねていたのかについては、誰も否定できるものはいないだろう。

 あれだけ嫌な目に遭わせてきた貴族の子弟達に対しても、サーシャリアはもう遠慮をしなかった。

 優秀な成績で卒業するほど、自分の志望部署への配属が叶いやすいからである。


 彼女が希望した部署は、ベルダラス男爵が団長を務める鉄鎖騎士団であった。


 今代の王になってからは人員と予算を大幅に削られ形骸化した部署であり、出世とは無縁の道ではあったが。

 サーシャリアにとっては、貴族に疎まれ、青春を投げ捨て、血の滲むような努力をしても、なお、それ以上の価値のある場所だったのである。


 希望が叶い、鉄鎖騎士団に配属された後の一年半。

 ベルダラス団長の元にいた、その18ヶ月。

 それは、彼女の今迄の人生において、最も輝かしく充実した期間だったと表現しても、過言ではなかった。


(なのに)


 その燦然たる時は「人事異動」という名の悪魔の所業により、あっさりと終わりを告げた。

 国土院に転属となった彼女は、泣く泣くベルダラス団長の元を去り。今日に至るまで、役人仕事に従事していたのであった。

 今、駅馬車に揺られて王都へ戻っているのも、長期出張の帰りである。


 王都の西、ラフシア家が治めるルーカツヒル辺境伯領。

 伯領と王領との間にある要塞の改修応援のため、二ヶ月近く出張していたのだ。

 資材の手配やら人員の確保やら設計の見直しやら何やらで酷使され続け。

 工事が始まったことで、応援人員のサーシャリアはやっと解放された訳なのである。


(あんなトコにあるオンボロ要塞を直して、どうするつもりなのよ)


 五年戦争が終わって15年が経つ。

 以降は大きな戦いが起きる様子もないし、かつて連合軍として敵対した隣国三国の内一つには、現王の従姉妹たるルーラ姫が嫁いで友好条約が結ばれている。

 そもそも砦と隣国との直線上にはルーカツヒル辺境伯領があり、国防を意識するならば伯と協力して、もっと国境よりに要塞を新造でもするべきなのだ。


(まあ、上の考えてることは分からないわ)


 ひょっとしたら公共事業的な意味合いがあるのかもしれないし、治安向上計画の一環という可能性もある。

 何よりサーシャリアは平の騎士に過ぎないのだ。国政に口を出す権限も筋も、彼女には無かった。


 そう再認識したところで、眠気が再びにじり寄ってくる。

 サーシャリアはそれに抗おうとはせず。そのまま受け入れて、旅の体感時間を減らすことに決めたのであった。



 院で報告を済ませ、集合住宅へと帰ったサーシャリアを、呼び止める者がいた。

 下宿の大家である、老婦人だ。


「赤毛さん、おかえりなさい。あなたが出張に出ている間に、お手紙が来ていましたよ」


 はい、と手渡された封筒を何となしに受け取ったサーシャリアであったが、差出人の名前を見て、目を丸くした。

 婦人に礼を述べ、そそくさと自室へ向かう。

 ドアを開け荷物を適当に降ろした彼女は、帯剣も外さずに椅子に掛け、封を開けた。


 そこには、見覚えのある下手糞な……サーシャリアは「味がある」と評している……字で、次のような文面が綴られていた。


《デナン君へ


 お元気ですか。私は元気にしています。

 国土院は出張が多いようで、大変だそうですね。

 やり甲斐のある仕事だとは思いますが、過労は健康の敵です。

 君は頑張りすぎる型の人なので、それが心配ですね。無理は禁物ですよ。


 ところで私の方ですが、この度職を辞して田舎へと帰ることにしました。ついでに爵位もお返しする予定です。

 ベルダラスの姓は、折角先王から賜ったものなので、そのまま頂戴しておこうかと思います。


 ルーラ姫も嫁がれて大分経ちますし、外交的にも平和なものです。私の役目はもう終わったと言えますね。

 鉄鎖騎士団もそろそろ世代交代が必要な頃でしょう。


 私の故郷はもう無いはずですが、その周辺で家を探すつもりです。

 また、落ち着いたら報告します。


 ガイウス=ベルダラス より》


 読み終えたサーシャリアは、先程以上に目を丸くし。


「な、ななななな」


 早口で呟き溜めを作ると。


「なんですとーーー!?」


 と、大声で叫んで頭を抱えた。


 国土院に異動になった後、仕事を丸投げしてくる上司や腹の立つ貴族出身騎士達の相手に、じっと我慢を続けてきたのも。

 いつかは鉄鎖騎士団に、団長の元に戻して貰えるだろうという希望があったからこそ、耐えてきたのである。

 その理由がたった今、無くなってしまった。


「私はこれから先、一体何を支えにしたらいいの……」


 がくりと肩を落とすサーシャリアであったが。


「ん?あ、いや、そんなことないわ」


 すぐに顔を上げ、自らの先言を取り消した。


 そう。


 彼女は気付いたのである。

 これは好機なのだ、と。

 そして、理解するやいなや、この女騎士は素早く行動に移った。


 すらすらとその場で辞表を書き。下宿を引き払い、旅に出る計画を簡単に作成。

 そしてそれが一段落したところで、先程報告に行ったばかりの国土院へ、辞表を持って再び向かったのである。


(そうよ。私がここにいる理由なんて、もう無いんだから)


 サーシャリアは、騎士学校の頃の自らを思い出す。

 そう、あの時だ。

 理由もなく彼女はここに居て、行く先が無いから留まっていた。


 今も、同じだろうか。


(いいえ、違うわ)


 ここに留まる理由はもう、無い。

 だが彼女が向かう先。いや、向かいたい先は。


 今は、確かに存在するのである。


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