【第七章・再生への道】第四二話『既存の終焉と新たなる始まり(3)』
―聖ファヌマ教聖典・伝承の書第一章 『理の創造』より―
始まりは光の輝きだった。
森羅万象、世にこの瞬きより小さな光はなく、また明るい輝きを持つ光もない。
そのような光が刹那の時に一つ瞬いた瞬間、世界が作られた。
何もない一粒の光の種が弾けると、雷光よりも速く、人の瞬きよりも速く、『この世』ができた……だがその光は『この世』を作るとともに何処かへ霧散して消え、『この世』は闇に覆われた。
できたばかりの『この世』は、まだ大地もなく海もなく、空もなく、ただ永遠の夜しかない世界だった。
その永遠の夜に、いつしか『意志』が生まれた。
その『意志』という存在は、『思う』という事ができた。
だから意志は思った。意志がたった一つで何かを思っても、思った結果に意味がないと。
意志が意志をたくさん生み増やし、この夜の世界に思う力を増やし育まなければならないと。
だが意志は、思うことができた故に『この世』の理というものも知った。
その理……『この世』がバーダの革袋のように大きく大きく膨らみ切ると、自分達『意志』の思いがこれ以上増える事がないことに意志は気づいた。
なので『意志』は、自分達が何時の日か、消えてなくなるのではないかという事にも気づく。
避けられない意志の消失は、この世をこのままずっと暗黒の世界にしてしまうだろう。
だが『夜』しかない、夜しか続かない世界をこのままずっと放置するすることを、意志は望まなかった。
なので意志の思いを代わりに行う意志の執行者を造った。
それが『神』である。
『神』は、『意志』の別の姿であった。
神々同士が交わることで、神々は増える。なので、意志は消えることを恐れずに済んだ。
意志は神々と同化し、早速『この世』を住みやすい世界に変えていくことにした。
手始めに神々は、この夜の世界にまず明かりを灯すことを始めようと思った。
そして神々は『昼』を作った。
神々は、この世をずっと昼の光で照らそうと思った。だが、夜がなければ眩しすぎるので、昼と夜を半分ずつにする事とした。
昼と夜とを作ると、この世は誰が何をするわけでもなく、空と海ができて、雲ができ、雨が降り、森や林ができて、動物達が生まれた。
動物達は互いを食い合うことで、その数を増やす事を覚え、この世は命のあふれる世界になった。
動物達は、自分達を生み出した創造者である『神』を崇め讃えた。
そんな神々の中で、もっとも原初の神を、神の長として、皆はファヌマガウドと呼んだ。
ファヌマガウドと他の神々は、この世が命あふれていくことを喜んだが、ある時、神々は一つ困った事が起こったことに気づく。
この世の動物達の命と神々の命が同じではないことに神々は気づいた。
そして、『この世』の理により、『この世』に動物達の命が増えれば増えるほど、神々の存在は、この世から消えてしまう事に気づいた。
神々は悩んだ。消えるといってもなくなるわけではない。この世の理に触れることができなくなるのだ。
同じこの世にいても、同じこの世のものに触れることができず、同じこの世の食べ物を食べることができなくなってしまうのだ。
だけど、神々の長、ファヌマガウドは言った。
「今の『この世』の美しい海や山に森や川、動物たちを減らしてしまうことはできない」
と……
だったら他の神々は、かつての大いなる『意志』が行ったように、同じことをすればいいではないかとファヌマガウドに訴えた。
ファヌマガウドは神々の考えをまとめて、あるものを作ることに決めた。
それが神々の意志を乗り移らせることができる動物、『グロウム』であった。
グロウムという動物は、神に似せて作られた。だからグロウムも神のように考えることができた。
だけど、神々のような大いなる知恵は与えられなかった。それは、その大いなる知恵こそが神々そのものであり、グロウムと神々の理を結びつける、これも大事な物だったからだ。
なので、グロウムのその初めは、知恵のない動物とそう変わりはなかった。
神々はその出来上がったグロウムの姿を見て、あまりに動物にすぎると思ったため、彼らに神々の理を説く者を作らなければならないと思った。
そこで神々は、グロウムに神々との知恵を繋げるまでの間、秩序を教え導くものとして、『使徒』を作り、グロウムに秩序を与えた。
するとどうだろう。グロウムは使徒の教える秩序を瞬く間に覚えて、いつしか神々しか持ちえない『知恵』を自然と身に着けた。
神々は驚いた。グロウムが神々ほどではないにしても、知恵を身に着けたとなると、神々はもう『この世』はグロウムにまかせてもよいかと考えた。
そこで神々はグロウムの身に乗り移るのではなく、グロウムが祈ることで神々と繋がることができるようになる方法を、使徒を通じてグロウムに教えた。
そして後にグロウムという動物は、グロウム人と自らを名乗り、使徒に教えを乞いながら、神殿を造り、神々と繋がる事のできる徳の高い者を選び、いつも神々と共にいることを喜びながら、神々の長、ファヌマガウドを最も偉大なる神としてグロウム人が作った初めての『国』の中心に、像を祀った……
* *
聖ファヌマ・グロウム帝国の軍人、ネリナ・マレードは、彼女達聖ファヌマ教を信奉する者達にとっての聖域の一つである、『ガッシール寺院』のとある空間で、このグロウム帝国の始まりと、その意味を同じくする聖ファヌマ教の勃興を記したような、地球の西洋にもあるような、ミケランジェロやダ・ヴィンチあたりが教会の天井にでも描いていそうな壁画を見て、そんな物語を暗唱した。
するとどうだろうか。こればかりは不思議なもので、その朽ちかけているこの施設の宗教芸術的な物品が、カメラ屋がスポンサーになっている世界的遺産の特集番組の演出の如く臨場感を纏わせる。
「ネリナさん、その物語は?」
『え? あ、アハハ、いや失礼した。私もこのような上級司祭のような方しか入ることができない場所に立っている事ができて、少々興奮してしまったようです』
「ははは、なるほど」
『今の物語は、「聖ファヌマ教聖典」という書物に書かれている物語の一節でしてね。このあたりまでは、グロウムの初等教育機関で、皆が暗唱できるぐらいには徹底して教わるのですが、いやはや私はこの暗唱の授業が苦手でして……このあたりまでしか覚えていないという次第でございまして』
あたまをポリポリと掻いて恥ずかしげにするネリナ。すると月丘が、
「ということは、今ネリナ提督が暗唱した物語が彼女達グロウム国民の皆のエートスな訳ですか。地球じゃさしずめ新約聖書かコーランか、はたまたお経か、そんな感じの聖なる書物ってところでしょうか、柏木長官」
「ということなんだろうなぁ」
『カシワギ長官にツキオカ殿。もちろん私だって何も闇雲にいまの言葉を暗唱したわけではありませんよ』
「ええ、わかっていますよネリナさん……」と柏木が一つ咳払いをすると、「ではその『使徒』なる存在が……ま~、こういう言い方も憚られるのですが、知的生命体としての水準が低かったグロウム人を、立派な知的生命体にした……と、こういう理解ができる話とみて良いのですね?」
『そう言われると身も蓋もないのですが、まあそうなりますか……』
なるほどなと柏木に月丘は思う。それにこういった宗教の教義経典の類が、宇宙を隔てた知的生命体共通のストーリーがあることにも不思議なものを感じる二人。
地球の宗教と比較しても、知恵の実食って楽園を追放された話やら、先に預言者へ言ったことよりも後から言った預言の方が大事で、お前のほうが偉いと言われた人の話やらと。
そんな話に共通するのは、人類より高度な他者から何某かをもらって、人と神の関係が確立するという点……そんなところを考えてみたりする。
で、チョコマカとこの祭場をあちこちうろついているのはセルカッツだ。PVMCG全開にしてこの場所を記録している。
『ところでカシワギ長官、あのセルカッツ猊下は、なぜにああもこの施設をお調べになっているのでしょうか?』
「え?」
ありゃと思う柏木。セルカッツがこのグロウムで神の御使い扱いされてるのなら、ファヌマ教の信者であれば、使徒様であらせられるかっちー猊下が、わざわざ調査なんてしなくてもこの神殿の意味は理解できるんじゃないのか……と思うんだろうけど、流石にセルカッツは使徒様なんかじゃないので、そこのところの意識の差にどうしたもんかと思う柏木。
この戦後グロウム帝国の政局を安定させようと、あえて現状を放置している柏木の策へ、ネリナは流石に疑問をもったということなのだろう。まあ普通そうである。いずれはそうなるわけであるからして。
「もうネリナさんもお気づきと思いますけど、セルカッツさん達サマルカ人と、その『ファヌマ神の使徒』との類似点ですが、まあ色々共通点があるとなると、サマルカ人さんが、ファヌマ教の某に関与している……つまりグロウム帝国の歴史に関与しているという発想になって当然しかるべきですよね?」
『はあ……ま、まあ確かにそういう理屈にはなると思いますが』
「ならば、あなた方は当然セルカッツさん達サマルカ人さんに『ファヌマ神となにか関係がおありですか!?』と問いたくなるわけでしょう?」
『それは勿論です! ……とはいえ、我々グロウム人も、かつての悪しき原理主義者の如き盲信者ではありません。こういう現実に至れば、ファヌマ教の真実も、当然現実として理解できもします』
「はは、わかりました。それを聞けて安心しました……では、そうですね、そのあたりはご本人さんからお話していただきましょうか……セルカッツさぁ~ん! すみません、ちょっと」
柏木は調査に夢中のセルカッツを手招きして呼ぶと、トテトテと可愛らしくセルカッツがこちらへやってくる。
『なんでしょうファーダ』
とセルカッツ。でもネリナはどうしても恐縮してしまっている。
「セルカッツさん、すみませんが、ネリナさんにサマルカ人さんの歴史というか、今あの壁画などを調査している意味というかを、お教えしてさしあげていただけませんか?」
『ア、それは先程ファーダ・ネリナが口頭で語っていらっしゃった“ふぁぬまきょう”のお話との関係ですカ?』
「ええ、まあそういうところで」
『なるほど。わかりましタ。ではファーダ・ネリナ。えっと、私達サマルカ人は……』
サマルカ人の地の声は、何かの電子信号のような声色で、物凄い早口でしゃべっているような声である。
それをPVMCGで翻訳し、各種族の理解できる言語にリアルタイムで、本人の声色や言語情緒に合わせたような出力をする。
柏木達はセルカッツの話が少々長くなりそうだと踏んで少し座ろうと、椅子を造成する。
お茶菓子の一つも持ってきたいところだが、流石にABC防護機能状態ではそれは無理。
……ということで、かっちーは、
○サマルカ人が、ティエルクマスカ銀河由来の種族ではないこと。
○サマルカ人が自然分娩で子孫を増やすのではなく、クローンで種族を計画的に増やしているということ。
○これに伴い、元々は自我のない生体アンドロイドのような存在が、自我を持った種族がサマルカ人であるのではないかと言われているということ
○サマルカ人はそういう歴史の種族なので、元々はティ連領域へ、調査目的でやってきたドローン型生体アンドロイドではないかという事……
そんな話を詳しくネリナに話すセルカッツ。ネリナもセルカッツの本名が、『セルカッツ・1070』という妙な本名にこれで納得がいったようであった。そういう歴史の種族なら、そういう名前にもなるのかということ。
「……そういうわけで、我々ティ連加盟国の同胞達は、サマルカ人の歴史を調査するお手伝いもしているわけでして、セルカッツさん達から見ても、やはりこのファヌマ教というものは無視できないものというわけなんですよ」
と柏木がセルカッツの後に続いて話す。
『なるほど……セルカッツ猊下、あいや、セルカッツ様達にはそういった歴史がおありでしたか……』
「はい」
ネリナは事の次第が飲み込めたのか、敬称を『猊下』から『様』に変えた。
「あなた方グロウムの方々が、私達日本人、あいや、地球人を見て、その風貌で科学的に遅れているとお察しになったことが以前ありましたよね?」
『あ、いや、その節は大変失礼な事を……』
「いえいえいえ、それはいいのですよ、事実そうですから。でもそんな私達が、今ではティ連から技術を供与してもらって、こんな三〇〇〇〇光年彼方まで簡単にやってこられるようになったのも、我々がかつて『おとぎ話』としていた物を由来にした、一〇〇〇周期も前の歴史的な事実があっての話なのですよ……なので、ネリナさんの今語られた『聖典』のお話にしても、我々がティ連と接触を持ったのと同じく、何らかの形でサマルカ人にも由来がある某かの存在と接触があったとみるのが普通で、その時の事実とフィクションが入り混じった物が、そのファヌマ教の聖典にでてくるお話ではないかと思うのです。というよりも、この壁画や彫刻を見る限り、そう思って然るべきでしょうな」
ネリナはコクコクと頷く……確かにそうだと。
地球人の科学技術レベルと文化レベルの乖離。いや、それ以上に『ハイラ、ヂラール戦争』で共に戦ったハイラ人に至っては、さらに文化レベルと科学レベルが、今やすっ飛ぶぐらいに乖離している。
そんなティ連の種族関係と、相互理解のありようを見れば、確かにファヌマ教が発生した時に起こった状況というものをネリナは理解することができた。
特にネリナが注視したのは、そのサマルカ人の歴史を聞いた時、彼らが高度な人造生命であるかもしれないという点だ。これは先のファヌマ教の聖典に記されている、
【神々はその出来上がったグロウムの姿を見て、あまりに動物にすぎると思ったため、彼らに神々の理を説く者を作らなければならないと思った。そこで神々は、グロウムに神々との知恵を繋げるまでの間、秩序を教え導くものとして、『使徒』を作り、グロウムに秩序を与えた】
という一節だ。
この『使徒』がセルカッツ達にそっくりなのであるからして、一部分だけでもすざまじく事象と符合する現象がこうまで存在すればネリナもある種、納得せざるをえないところもある。
ただネリナは、『まだ自分はいい』と思う。なぜなら、あのTRAPPIST-1星系あたりで、もしかしたら無念の死を遂げていたかもしれない身である。その後ティ連の救援を受けて、自分達以外の種の違う知的生命と邂逅したわけだから、そんな柏木やセルカッツの言葉も信心する己が神の某とは一つ置いて理解もできるようになったわけである。
だが問題なのは……まあ今考えても仕方ないとネリナは吐息を一つついて、セルカッツや柏木の言葉を理解した。
(だが、国民にこの事実をどう伝えるべきか……これは陛下や殿下達にも早急にお伝えせねばいけないな。それとエッサ代表とも国体レベルの会合を持たねばならないか……)
と考えるネリナ。まあこれは普通の反応である。誰しもそう考えるだろう。だがネリナは、
(!? もしかしてカシワギ長官殿は、グロウム人のセルカッツ様に対する反応を利用して、自治都市連合と、臨時政府の問題を解決しようとしている??)
流石はネリナ。どうやら柏木の意図に気づいたようである……フっと笑って首を振るネリナ。
でも、確かに現状の双方の確執がある状態では、サマルカ人の某を利用しようと柏木が思うのは当然かと彼女も考えるわけで、自分もその策略にのってやらないといけないのかなぁと思ったりもするワケである。
で、早々にサージャル大公やファール首相達臨時政府閣僚を、こちらに呼んで現在起こっている状況を説明しなければとも思うネリナであった……
* *
惑星グロウムでは、そんなこんなで政治に宗教に、せるかっちーにと色々話題に議題と事欠かない中、グロウム本星の月にあたる衛星『リッテイア』
更にこのリッテイアの軌道上で鎮座する、我らがティ連の人工亜惑星要塞レグノス。更にそのレグノスに繋がれる鹵獲したヂラール・コロニー内で調査研究中のニーラ・ダーズ・メムル東京大学教授で博士で賢者大先生。
『ウーン……これはどう理解していいものやら……』
いつも明るいニーラさんが、珍しく腕組んで真剣顔で唸っていた。
ニーラの見つめる研究材料……それは月丘から送られてきた、あの『ゾンビヂラール』の腕の一部であった。
ゾンビと言えば、腐敗した遺体が、生ある者のように動くという地球発の想像上の化け物だが、ニーラ先生もこのゾンビという存在が、想像上の個体であるとはいえ、地球でもよく言われる諺で、『人類の想像するモノは、ほとんど実現可能なものである』という言葉に従って、実在可能なものか考えて見たことが、かつてある。とはいえ、まあ、肉体が一度死亡した場合、それが死んだ状態で稼働するという現象は、ニーラ先生をもってしてもそれは『ありえない』という結論に達した。
では遺体を利用して、細菌や寄生生物が遺体を動かすという行為は可能か? と考えた場合、これは『ないとはいえない』が、非効率にすぎるので、自然界の進化を司る何かがあってもそんな選択はしないだろうという結論に達する。
では、死んだように見えて、実は生きているというのはどうか? というと、結論から言うとそいつは生きているわけであるからして、そもそもゾンビのように見えるが、ゾンビではない。
最近の地球世界においても、ゾンビの解釈がどちらかというと、こっちの方向性になってきているところもあるようなので、もしこれが現代のゾンビであるとするなら……
(確かに、ぞんびっちゃーぞんびですかねぇ~)
と顎に手の甲を当てて考えてたり。だがニーラ先生がこのゾンビヂラールの個体を研究してて驚いた……というか、戦慄したといったほうが良いのだろうか、まあその研究結果なのだが、それは……と思っていると、
『!?』
突如鳴り出す警報に驚くニーラ。急に人の行き来が激しくなった鹵獲ヂラールコロニー内部。
『はれれ? あの~、どうしたのですかー!』
とニーラが叫ぶと、ニーラ付きの護衛官である特危自衛隊員が彼女の臨時研究ラボへ飛び込んできて、
「ニーラ先生! 今、レグノス本部から、我々に即時退避命令が出ました!」
『ふぁ? どうしてです……って、あ! もしかして、拘束機能が保たなくなってきたとか!?』
「その通りです。ですから当初の計画通り、この鹵獲ヂラールは廃棄します。もうあと一五分で転送ポイントに集合できない人は、強制転送させられますから、早く必要なお荷物をまとめてください」
『はわわ、そりゃ大変ですねっ。わかりました~』
ニーラはその報を聞くと、ワタワタしながらも真っ先に月丘が持ってきたゾンビヂラールのサンプルを衛生ケースに入れ、更にアタッシュケースのようなものへ収める。
『えっとえっと、他には……あ、このゼルクォートと、指差し棒と、ネコサングッズと、えっとえっと……こんなものかな?』
と、ほぼニーラの全部をリュック状の背負いボックスに入れて、PVMCGを操作する。
すると、ラボの研究機材が一気に塵となって消えた。即ち、この機材は全部仮想造成物質製だったという次第。
機材が霧散すると、機材の中に入っていたヂラールのサンプルやらなんやらがあたり一面に散乱する。
どっちにしたってこのヂラールコロニーを廃棄するのであれば、全部用済みのものだ。だが、何らかの病原が脱出時間までに撒き散らされてもかなわないので、地球製の発泡素材手榴弾をポイと部屋に投げて、急速に膨張する発泡素材で研究部屋……というか、区画を固めてしまう。
もちろんニーラはすぐさま退避して、集合地点へ走っていった……
* *
「よし! みんな集まったな!」
特危隊員の警備担当二尉が点呼を取る。
『なるべク強制転送は避けたい。点呼はしっかり各部署で行なえ! いいな!』
防衛総省の中尉もチェックに余念がない。
こういった場合の強制転送とは、登録バイタルを捕まえて無理やり転送を行って救助するものだ。
だがこれをやると、その救助対象者の、その時の状況や体勢に所作によっては、転送回収時に大怪我をする者もいるので、あんまりやらないほうが良い転送回収方法なのである。
「中尉! こちらは問題ない!」
『わかりましタ、では二尉、準備をお願いします!』
「本部、こちらヂラール・コロニー調査隊。全スタッフ指定ポイントに集合した。転送されたし」
『了解、転送一分前……」
ヂラール・コロニー調査スタッフは、研究員に警備員等々含めて総勢五〇〇名余ほど。その人数がヂラールコロニーの一番大きな空間。即ち、マスターヂラールが拘束されている空間に集合し、一気に転送されていく。
ニーラも眼前に見えるハイ端子で雁字搦めにされたマスターヂラールの景色から、一瞬目の前が真っ白になり、刹那、次に見える景色がレグノス要塞機動兵器格納庫の景色に変わるのを体感する。
「点呼!」
各グループに分かれていたスタッフが各々点呼を取り、全員の帰還を確認。グループのリーダーに報告。
ニーラはこのスタッフ全員の代表なので、後のことを彼女のサブに任せると、急いでブリッジへと走っていった。そして……
『パウルかんちょ!』
要塞内の内部転送装置を乗り継いで急いでブリッジにやってきたニーラ。
『あ、ご苦労さんね、ニーラ』
レグノス要塞の要塞長、つまり、まあ艦長であるパウルがニーラに笑って労いの言葉をかける。
『やっぱり捨てちゃうんですか~?』
『ま、こればっかりはどうしようもないわね。先の戦いで、グロウム本星に落ちたコロニーのしぶとさといい、やっぱりコイツは中途半端に扱ったら大やけどする代物だから、今回はもうここまでよ』
パウルが言うには、やはりあの惑星イルナットの文明も、このヂラールをなんらかの形で確保した際、その扱いが徹底的になされなかったのが原因で、あんな結果になったのだろうと話す。するとニーラも少し考えて、その言葉に同意する。
『ですね~……正直もったいないなぁと思いますけど』
『先ほどファーダ・カシワギにも報告して許可は得ておいたわ。って、向こうは向こうでなんか聞くところでは面白い事になってるみたいだけど』
『面白い事? なんですかぁ? それは』
『なんかチキュウの、エウロパ地方のシュウキョウ施設みたいな場所を調査中だったみたいなんだけど、ウフフ……なんでもセルカッツ達サマルカの例の件に関わる重大な事と関係があるみたいでさ』
『ヘ? ケラー・かっちーのあの件って……あの件ですか? アメリカ国にもあった』
『うん、それでね……』と言うと、コロニー処理班からの連絡が入り……『って、またその件はあとで話してあげるわ……よし、では処理第一段階開始。マスターヂラール区画を破壊せよ!』
ヂラール・コロニー各調査区画に設置した定点映像装置から見える風景が、宙に浮かぶVMCモニターにいくつも表示される。
その中のとりわけ大きく最も重要な施設を映したモニター、即ちマスター・ヂラールを観察していたモニターが、一瞬の眩い光とともに映像の配信が途切れる。
『ヂラール・コロニーに設置した、小型核融合爆弾の作動を確認。区画の消去完了しました』
ゼスタールから資料を供与してもらった核融合技術。これを利用して、ティ連軍では昨今、純粋水爆の配備が盛んである。
ティ連の最強兵器といえば、定番の広域重力子兵器とフェイザー兵器だが、この二つは地球の核兵器同様ティ連的に威力が強すぎるのである。なもんで、大小の純粋水爆が、この隙間を埋める兵器として活躍してるわけである。純粋水爆であれば、放射線は発するが、放射能の心配はほとんどない。放射化した物質も、ティ連の除去技術をもってすれば大した事ではない。
……ということで、この爆発で事実上のヂラール・コロニーの死亡を確認したパウル。
『よし、では待機している工作艦は、コロニーの周囲へ展開せよ。ディルフィルドフィールドを形成させて、コロニーを本星系の恒星へ投棄する』
彼女の命令で、ヂラールコロニー周囲で常時待機していた工作艦がそれを取り囲むように等間隔で展開する。と同時に各艦はヴァルメ型のドローンを大量に放出し、それらを組み合わせて太陽電池パネルのような六角形を組み合わせた大型のボード状機器を組み立てて、配置する。
『ジェルダー・パウル、各工作艦の、大型物体転送隊形整いました』
『よろしい。目標設定は問題ないかしら?』
『目標、恒星ベイルラ引力圏。設定問題なし』
そう、この工作艦の艦隊陣形は、大型のディルフィルドゲートを発生させるための艦隊陣形なのであった。
なんせこのヂラールコロニーは、直径だけでも二六〇キロメートルはある。人工亜惑星要塞レグノスが対角長五〇〇キロメートルほどのケルビン一四面体状の巨大な宇宙ステーションで、その開口部の数カ所がディルフィルドゲートとなっているとはいえ、流石に直径二六〇キロメートルの物体を送り出すには小さすぎる。なので、こんなバカデカイものをディルフィルドジャンプさせるためには、こういう手法を使う時もあるのだ。この方法は、主に工作艦隊が大型の小惑星などを移動させる時に使う方法である。まあパウルの古巣である工作艦隊お得意の作戦だ。
で、それだけの物体を転移させるパワーソースだが、流石に工作艦隊の船のパワーをチマチマ使うわけではない。普通はここにパワーソース艦となるヤルバーンクラスや、最低でもラシェイドクラスの都市型艦がくっつくのだが、此度はレグノス要塞がそのパワーを供給する。
『各艦から連絡。パワー供給順調に推移中。あと三ケルスでジャンプ可能です』
『了解。みんな、いつもやってる仕事どおりにね』
しばしカウントダウンが続いたあと……
『3・2・1……亜空間境界面ヂラールコロニーへ展開。ジャンプ開始!』
通常は、亜空間境界面に、船なりなんなりが進入してジャンプ、となるのだが、コロニーはもう停止状態なので、コロニーのど真ん中に直接境界面を形成させて、強制的にジャンプさせた。
『よし、ダル艦隊は、まだあの宙域で作業してるんだっけ?』
『はい。あの例の恒星エネルギー配信システムの修理再構築作業を行っている部隊がいます』
『そう、それじゃその部隊に連絡入れて、ヂラールコロニーの観察と中継をお願いして』
『わかりました』
同じ恒星系内でのディルフィルドジャンプである。ヂラールコロニーはもう数秒で恒星ベイルラの重力圏に到達する。
パウルの依頼で、その様子を重力圏外よりもさらに外側、つまり恒星の熱の影響を受けない距離から、超望遠でその様子を撮影する機動巡洋艦の姿。中継画像をレグノスへ送る。
『ヂラールコロニー、ジャンプアウト確認』
ジャンプアウトと同時に、熱で形状崩壊を開始するヂラールコロニー。この様子を見て、パウルとニーラは、フゥと吐息を一つつく。
ま、言ってみれば『やれやれ』という事だ……ここで何かの物語ではないが、ヂラールコロニーが不思議パワーを発揮して、形状変化して根性見せるような事にでもなったら、目も当てられない。
と、いうことで、基本は、中枢部を純粋水爆で吹き飛ばし、機能不全の敵である、恒星の熱も通用するということがわかり、処分もこれで終了だ。先程完全に形状崩壊して消滅したのが確認された。
レグノスのブリッジでは拍手が起きた。流石に歓喜というほどのものではない。なぜなら、正直言うとできればもっとアレを調べたいところではあったからだ。
『ふぅ……やれやれね。ニーラもご苦労さま』
『いえいえ、もうちょっと調査したかったですけど』
『まあ賢人ニーラ大センセイならそう仰るかしら……どう、私の部屋に来ない? ちょっと一休みしたいし、その前に食事でも』
と、パウルに誘われて、彼女の自室に行くニーラ。
パウルの奢りで、使用権がちょっとかかる高級なお食事と、地球のワインなんぞをハイクァーン造成して、チンとグラス合わせて乾杯する二人。
『ふぅ、これでこちらも一つ仕事が片付いたわね。ま、これで私の仕事は本当にここでお留守番だけってことになっちゃったけど』
『うみゅみゅみゅ? ケラーは、恒星エネルギーシステム(ダイソン・スフィアシステム)の建設のお手伝いはしないのですか?』
『アレはさっきのアレでわかったとおもうけど、ダル提督の管轄で、もうほとんど作業終わっちゃってるからね』
『なるほど~、んじゃドケンヤパウルかんちょとしては、グロウム復興のお手伝いという、うってつけのお仕事があるじゃないですか』
『ま、そっちもやりたいんだけど、私ももう工作部隊所属じゃないから。いつの間にか偉くなって、参謀本部付きだからねぇ……そんなに勝手できないわよ』
『ふぁーだカシワギちょーかんにお願いすればいいじゃないですか』
『ま、そういう方法もあるけどねー』
と、そんな女子二人のお食事会。ご飯の内容は、和洋ディスカール折衷のフルコースである。
フォークとナイフでカチャカチャと、久しぶりの戦闘食から開放された普通のご飯はとてもうまい。
勿論、このコースには、カレー風味の某もあって当たり前。
『でさ、かんちょ。さっきのお話ですけど、ケラー・かっちーがどうのこうのとか、ふぁーだちょーかんとお話してたっての……』
『ああ、あれね。そうそう、その件だけど……』
パウルは柏木から聞いた、件のサマルカとファヌマ教の事をパウルに教えてやる。
『はりゃ! それは……』
『びっくりでしょ。まあアメリカ国の件も考えると……そうあっても不思議じゃないかもって今は思えるけど……』
『ですねぇ……このグロウムからチキューまでの距離って、超光速航行技術をもっていたら、そんなに遠い距離ってわけでもありませんから……』
『だよねー。実際ネリナ提督達も、命がけで地球に行こうとしてたわけだし。「行く」と思えるほどの距離だから、多少の時間の差異はどうあれ、やっぱりお互い距離はそんな遠くはないってことだし』
つまり、ネリナ達グロウムの超光速技術では、地球時間で『数ヶ月』単位の話でも、そのファヌマ教の『神様』にあたる存在が、相当高度であれば、グロウム帝国から地球までの距離も、そこまでのものではなかった可能性もあるわけで、ある意味グロウムも地球圏も、その『存在』から見れば、一括りだった可能性も大いにある。
譬えば、ティ連のディルフィルドジャンプ技術を持ってすれば、火星からならノーマルジャンプで二日。ゲートを使えば数時間でグロウム帝国宙域までやってこられる。
パウルは、
『……なんだか、ヂラールとの激戦が今の今までの重要事項だったけど、そんな話がいきなり出てきたら、それはそれでまた……とんでもない大きな事件になっちゃうわけだから……』
『ですねぇ。今まではどちらかというと、この宙域に近いチキューや、ニホン国サンのお手伝いみたいな外交政策の意味合いも含めた連合の作戦でしたけど、サマルカサンの例の件が具体的になってきたのだとしたら、連合規模のお話になるのは確実ですし……』
まったくもってそういう事である。
ぶっちゃけた話、此度のファヌマ教とサマルカの話が無ければ、今作戦終了後の指揮監督権は、全部日本にまかせて、日本を通じたティ連外交をやってもらおうという連合本部の腹づもりもあったのだ。
イゼイラが一〇年前にティ連を代表して日本と外交を進めたように、此度はティ連外交を日本に率先してやってもらって……まぁ言い方は不適当ではあるが、グロウムを相手にティ連外交の訓練をしてもらおうという意味もあったようなのである。
ま、当初はそうであっても、今はそういうわけにはいかなくなった。
しかもサマルカの件では、地球社会も当事者である。特にアメリカ……だけではなく、最近は、どうもドイツもそうではないかという疑いが出てきて、ヨーロッパも実のところEU規模でサマルカに外交攻勢をかけてきていたのだ。
まあそのドイツがどうのこうのという話は、またおいおい……なぜなら、ヨーロッパ自体が自己矛盾に陥る危険性も孕んだ件であるからして……
ということでお二人のお食事は、デザートに入る。
デザートの内容は、パウルもニーラも大好きな、抹茶アイス。異星人とはいえそこは女子であるからして、ニコニコ顔で抹茶アイスに舌鼓を打つ。そこでニーラサンは、
『私はいつも思うんですけどぉ、なーんでニホンのお菓子って、こんなに美味しいのですかね~。宇宙の七不思議です』
そう、ティ連といえばカレーという具合に、諸氏ティ連のうちゅー人どもが大好きなのはカレーという固定概念があるが、隠れたもう一つのティ連人が好きなものとして、ニホン製のお菓子があったりする。そう、同じお菓子でも、外国製ではダメなのだ。日本製でなければアカンのだそうである。
なもんで昨今ティ連内でも問題になっているのが、ティ連各国のお菓子が衰退の危機に瀕しているらしい……みんな日本製のお菓子がうますぎるので、そればっか食ってるという現状がある。
なもんで、今度は逆に日本人や、外国人がティ連のお菓子を再現して、このティ連お菓子が逆に地球人にウケてるという、なんとも変わった現象が起こっているという話。
ま、それはともかく……
『トコロでニーラ、ヂラールの調査結果の方はどうなの?』
とパウルが問うと、ニーラが少々真剣顔になり、抹茶アイスを一口食べると……
『それなんですけど……ちょっとよくわかんない現象がでてきまして……』
『ん? どういうこと?』
『はい~、何といいますか、このヂラールという存在は生体兵器といわれてますよね……ああいえ、実際そのとおりと思うんですよ。あのヂラール個体の兵科区分とか、そういうのを見ると、どう考えたって誰かが考えて創造した存在であるわけで、自然発生で生まれる存在だなんて誰も思わないですから。ハイ』
だが、ニーラが言うには、月丘がニーラへ依頼した、あのゾンビヂラールの組織を調査した結果、一体この存在は何が目的なのだろうという疑問を抱いたのだという。
『んー、あなた程の科学者にしては、話の内容がよく見えないわね。結局何が言いたいわけ? ニーラ』
『えっとえっと、なんて言えばいいのかなぁ……もしね、あのヂラールを誰かが創造したとするなら、アレをなにかに使う目的があって作ったワケですよね?』
『そりゃそうでしょうよ、あんなえげつない兵器。私は一種の暴走した大量破壊兵器とみてるけど』
『ふみゅ。ですよね……私もイルナットの結果から、そんな風に見てましたですよ。だって結局間違ってたけど、私は元々ヂラールはあのイルナット由来の生体兵器って最初は思ってたんですから……でも……』
『で、それから?』
『ケラー・ツキオカが持ってきてくれた、“ぞんびヂラール”のサンプルの件、知ってますよね?』
『ええ、報告は聞いているわ。なんでもグロウムの核攻撃による放射線の影響で、肉体を完全に組成できなかった未成熟で孵化したヂラールの成れの果て……って報告を、科学調査班から受けてるけど』
そうパウルが言うと、ニーラもコメカミを人差し指でクリクリしながらウンウンと頷くと、
『それはそうなんです。それで間違いないんですけど……此度、あのぞんびヂラールの一部を調べたら……なんと、グロウム人さんの遺伝子情報が出てきたですよぅ』
パウルはその言葉を聞いて、ブっとアイスを少し吹き出す。
『え? どど、どういうこと? まさか、実はグロウム人の成れの果てが、実はヂラールでしたとか!?』
『いえいえいえいえ、そんなワケないじゃないですかぁ。それじゃゼスタールサン達と戦ってるヂラールとか、イルナットのヂラールの説明がメチャクチャになりますって』
さすがにソレはないと。ニーラの瞳の奥から『もっと考えて喋れビーム』がパウルに向けて発射される。
『ああ、そうか、ゴメンゴメン。で、何が言いたいわけ?』
『ですから、色々考えたのですけど……あの牢獣というヤツですよう』
ニーラは、あの『牢獣』というヂラールの種類は、もしかしたら知的生物の『遺伝子』サンプルを収集する存在なのかもしれないと思うと語る。
『……』
腕を組み、顎に手を当ててニーラの話を聞くパウル。
確かにそうである。以前、同様に疑問を持ったことではあるが、ヂラールの牢獣が、生物を鹵獲して、あの気持ちの悪い器官に押し込み、何らかの生体維持のパワーソースとしている……と仮定するならば、鹵獲する生物と、あのヂラールの軍団を維持するパワーソースの絶対量に矛盾が生じる。
もし仮に、鹵獲した生命体をパワーソースとして稼働しているのであれば、ヂラールはとてつもない省エネ生体兵器という結論になる。だが、ニーラの語った研究結果であれば、その目的に納得がいくが……
『……なので、恐らく、ですけどぉ、牢獣は、つかまえた生物をあの器官で分解して、遺伝子のみを何らかの方法で抽出して、それを利用してヂラールのクア(卵)に仕込んでぇ、いろんなヂラールの生体兵器を量産しているんじゃないかって思うんですぅ』
『え? でもなぜにそんなまどろっこしい事してるの? あのヂラールは……グロウム人なんて、私達とたいして変わらない種族じゃない。何か特殊な能力を持っているわけでもなさそうだし』
『うん……もうちょっと詳しく調べてみないことにはわからないんですけど、多分そこのところはあたりかまわずっていうか、とりあえずヤツらの必要とするものを収集できたらなんでもいいんじゃないかというか……って、まだこれからの研究段階ですから、もっと詳しく調べてみますけどね~』
ニーラの話を聞いて頷くパウル。これは非常に重要な案件だと思うわけで、早急にニーラへレポートをまとめて柏木長官へ提出するように話す……
* *
……自治都市連合と臨時政府との、事実上の仲介役となって、グロウム帝国における今後の政局安定に協力している柏木達。
白熱する議論は、今後の、各々立場を勘案した国家国体の方針というものである。
で、ちょっと長めの休憩時間を終えて、臨時司令部の大会議室に帰ってきた柏木達。再度テーブルについて話し合いを再開。
だが、此度は少々臨時政府側、つまりネリナに分がある。なぜならセルカッツの一件で、柏木からネタバレされているからだ。
柏木も少々自治都市連合側には申し訳ないと思いつつも、ここは若干、臨時政府に手を貸す事にした。
それは……やはり自治都市側のスタッフには、所謂日本や地球世界で言う、『急進左派』『革新派』と呼ばれる類の人物が主要スタッフに混ざっている事を直感していたからである。
もちろんエッサ・ガウゾ代表は、そんな類の連中とは違うというのは、話してみればすぐにわかる。で、スタッフの軍人も、雰囲気的にはランドラ皇帝に忠臣を尽くす軍人達であろうと思える。
彼ら軍人達が、民間人代表を称する連中に投げかける視線は意外に冷淡で、この自治都市連合側も一枚岩ではなさそうである。
このあたりは柏木閣下も曲がりなりにも一国の重要閣僚を努めた事のある政治家である。当時の日本共産連盟や、民生党にその取り巻きのNPOや政治団体の活動をイヤというほど見てきただだけに、そのあたりは匂いでわかるものなのだ。
なんか昔、ある時代劇で、麻呂な方が『隠れていても獣は匂いでわかりまするぞ』と言ったのを柏木は心のなかでモノマネしてみてたり。ちなみに柏木先生、かの俳優さんのファンだったりする。
さて、そうはいっても情報の共有において不公平があってはいけないと思い、エッサ代表達にも柏木達が、ガッシール寺院に赴いた際の状況を報告した。
『なんと……そこまで寺院の崩壊がすすんでいたとは……』
悲しげな表情をするエッサ。
『はい。恐らく今現在では、我々グロウムの技術を持ってしても、あの濃度の放射能汚染地域に長時間足を踏み入れるのは危険極まりない事ですが、彼らティ連の素晴らしい技術で寺院の内部を調査することができました。その際に、私のような一般信者や、ティ連の方々には失礼ですが、所謂異教徒の方々を『司祭の間』に入れてしまったことを、教団関係者の方々にお詫びしなければなりません』
エッサの後ろに控えるその教団関係者の方々は、現状やむなしと、その点は問題にしないということだ。で……
『そして、まだ確定的な事実ではないのですが、やはり寺院の彫像絵画などを調査するに、セルカッツ様サマルカの方々は、どうも我がファヌマ教と関係があって然るべきな方々ではないかと、そう思わざるをえないところがあることを確信した次第であります』
すると、横で控えるナヨ閣下が、ネリナの言葉でガッシール寺院で起こっていた状況を察したようで、
『ではカシワギ。そのサマルカの民と、この星のファヌマ教の関係というものは、もしかして妾が地球で生活してした顛末と同じような話だというのですか?』
「はい……あいや、まだ物的な歴史的証拠などは全く無く、はっきりいえば、その寺院に描かれていた宗教絵画の『ファヌマの使徒』とサマルカ人さんが、もう『似てる』とかそういう範疇を逸脱しているものでして……」と月丘が収集した写真をナヨに見せつつ、「そう考えて然るべきなのかなぁと」
と、ほぼサマルカ、イコールファヌマの使徒という断定でそんな会話を進める柏木。でネリナに片目瞑って、まあ任せなさいと。
ネリナも苦笑いで、ここは政治家の柏木に任せるような表情のサインを送る。
「で、セルカッツさん」
『あ、ハイ?』
「どうでしょう。もうここはいっそのことサマルカ政府主体で、グロウム帝国側と、独自に外交交渉をなさっては? 独自外交権の方も、私の方から春日総理……あ、総選挙が近いはずですから、次の総理候補の方々にも口添えしておきますので」
『それは、そうしていただければ我々も嬉しいです!』
と、かっちーも乗り気である。でもグロウム側は、ちょっとパニックで、
『なっ! 使徒猊下の国と我が国が独自に外交などそんな恐れ多い!』
と、エッサ達が狼狽すると、ネリナが
『ち、ちょっと待ってくださいカシワギ殿。そうなると流石に現在のファヌマ教大教皇も兼ねているランドラ陛下がセルカッツ様を謁見しなければ!』
と、実はなんとなく『(棒)』なセリフで、事前に打ち合わせ済みの小芝居を打つネリナ。
どうも今の柏木の言葉で、自治都市連合側はカンが狂ってしまったようで、宗教関係者が『是非そうしろ』とエッサ代表をせっついている。で革新系と思しき連中が、何やら気まずそうな表情で、何人か席を立ち、軍人連中もこぞって宗教関係者同様に、肯定的意見をエッサに話す。
エッサはしばらく考えた後……
『わかりました。ではとにもかくにもその、使徒猊下、あいや、ネリナ提督のお言葉をお借りして、「セルカッツ様」のお国との交渉を円滑に進められるよう、我々も協力いたしましょう……現状まだ互いの間で解決させなければならないことは多々ありますが、まずは国家の体をなさなければ、我々もお恥ずかしい姿を貴国にお見せする事になります……ネリナ提督。とりあえずはそういう事で、我々も国としての体裁をまずは整えましょう。まあ今後のことはそれからでもいいかもしれません。何よりサマルカの方々にファヌマ教徒としてお恥ずかしい姿をお見せするわけにはいかない』
『エッサ代表……賢明なご判断。敬服いたします。ご心配に及ばずとも、ランドラ陛下にサージャル大公殿下も、本星の方々を思う心は同じでございます。でなければ今の結果はありえません』
ということで、なんとかネリナとエッサが握手して会談を終えることができて一段落な表情の柏木。フゥと吐息を一つつく。
「はは、流石柏木長官ですね。昔取ったナントヤラですか?」と月丘。
『ホントホント。こりゃおねーちゃんが騙されたフガフガフガ……』月丘に口ふさがれて言いたいことが言えなくなったメルフェリアさん。
『まあこれがティ連に轟く、かの「カグヤノキカン」作戦立案者の腕前って奴ですねっ!』とプリ子さん。
『メルヨ、実ハコノ調子デ私モタブラカサレソウニ……』と捏造された事実を教えるシエに、『シエ、まぁたそんなこと吹き込んで……』と、オイオイする多川の旦那。
柏木もあれから一〇年経って、言われる事が全然変わんない事実に頭抱えてたり……今ここにフェルがいたらどうなってたかと……
ということで今後の段取りとして、早速各部署に手配をお願いする柏木長官。
ネリナにはランドラ皇帝の帰還準備を頼み、柏木はフェルへ量子通信で、とりあえず交渉成立の旨を伝える。
で、セルカッツ達の一件は、先の休憩時間の際に、かいつまんでフェルには連絡をいれてはいるが、実のところ向こうは向こうで同様の大騒ぎになっていたそうだ。
というのも、サージャル大公領へもティ連の復興協力艦隊が多数常駐しているのだが、そこにはもちろんことサマルカ人もいるわけで、そのあたりでフェルも柏木と同じような調査をどうもしていたらしい。
「……そうだったのか。んじゃそっちも大変だっただろう」
レグノス要塞の自室で、フェルと話す柏木。VMC画面には、姫を抱きかかえてるフェル。向こうの方では、多川にシエとVMCモニターで話をしている暁が見えた。
『ハイですね……そっか、そちらにはサマルカサンはいないと思ってましたが、LNIFのオフネに乗ってた、ケラー・セルカッツがいらっしゃいましたか……そりゃ大騒ぎになったでしょウ』
「ということは、セルカッツさんが来たのは、あの戦いの時だから……俺達が騒動になる少し前ぐらいに、そちらではもうそんな感じになってたんだ」
『ウン。実はサージャル大公や、ファール首相もこの事実を重く受け止めてたのですケド、多分、そちらでも臨時政府と、自治都市連合の間でもめるのではないかというのは予想できてましたから、あまり褒められた手法ではないですけド、最後のカードでこの事実を使って政局を安定させられないかと、こちらも画策してまして、この事実を報告しなかったのでスよ』
「ははは! んじゃフェルや、大公殿下にファール首相も俺と同じ事考えてたってわけだ」
『マー、そういうことですねぇ……』
なるほどなと。考えることは同じかと。
「んじゃ、もうこっちでその件はナシつけちまったから、話を合わせてもらえるように、そちらでも調整しておいてくれよ」
『ハイ、わかりましたデス。オツカレサマですね、マサトサン』
「いやいや……」
で、フェルは日本の外務大臣件副総理なので、日本政府の動向も考えなきゃいけない立場である。当然、外務大臣兼任なので地球世界の情報も耳に入ってきてるわけであるからして……
地球側の今後の段取りとして、サマルカから米国への協力要請もあったらしく、LNIF規模で対応する方向性で話が進んでいるらしい。
なんでサマルカが早速米国へ協力を依頼するか、という話だが、サマルカとしては先のとおり、やはりどうもこの件は単純に『グロウム』『地球』という個別の事案ではなく、天の川銀河系規模の事案として一括にして考えてるそうで、当然超光速文明であれば、『近場』となる地球もグロウムもまとめて考えるのが効率的なわけである。そういう感じでサマルカも本腰を上げて調査に乗り出すということらしい。
で、フェルは……
『私はランドラ皇帝陛下達と一緒に、臨時政府の方々をそちらへお送りした後、“にーる・あーむすとろんぐ”に便乗させて頂いて、一度地球へ戻るデスよ』
「え? なんで?」
『なんでも、カスガソウリが内閣の解散を決めたみたいでして、私も閣議決定の都合上、ニホンにもどらないと行けないわけなのデ』
「そうか、まあそりゃそうだな。こればっかりは仕方ないか。で、立候補するんだろ? フェルも」
『ハイですね。といっても、比例区ですから、選挙戦はあまり関係ないデスけどね、ウフフ。で、次も当選したら外務大臣で副総理は内定だって党の方から言われてますので、これもあんまり関係ないですけど』
ということは、フェルさん次も外務大臣で副総理確定である。まあ落選はどうかんがえてもない。
どえらい不祥事でも発覚すれば別だが……でもカレー案件……いやいや。
「そうか、んじゃレグノスに来た時に、姫ちゃんともいっしょに遊ぶか。な、姫ちゃん」
そういうと姫迦がえらい喜んでたりする。向こうでは暁も何かよろこんでるので、多川親子で何か家族の方針が決定したようだ。
ま、柏木はそういうのもあって、今作戦に従事したティ連関連軍、もちろんこれは特危自衛隊も含むが、その全てに長期の休暇命令を出した。で、近くこの宙域にもレグノス要塞に替わって、別の機動要塞が着任し、レグノスも太陽系文化圏境界まで帰還する事になっている。
その時は、ティ連や地球……これはLNIF諸国も含めての意味だが、グロウムや、帝国近隣国家の復興協力に人的、文化交流と盛んになっていく事が予想される。
何せ天の川銀河で初の知的生命体同士の交流である。
で……これはフェルが臨時政府側とサージャル大公領で交渉した件なのだそうだが、グロウム帝国にもティ連への加盟を促したそうなのだが、今回は断られたそうだ。
というのも、もし仮にこの『ヂラール戦争』事案がない状態で、ティ連とグロウムが邂逅すれば、喜んでティ連への加盟を検討した可能性はあるそうだが、今は同じ種族を基盤とする近隣国家も壊滅状態で、保護文明の残存状況もわからない現状で、まだそのような主権関係の話などは考えられないという事だそうだ。
いかんせん此度のサマルカの一件もあるし、現状は『最友好国条約』『相互安全保障条約』でなんとかならないかという線で、ティ連や地球とも外交を進めていくと言う話……まあ現状はそれでよいかと。
ただ、グロウム文化圏の復興事業は、ティ連も全力を傾けることは安全保障条約へ記載する予定であり、何よりもかのゼスタール合議体が全面的に協力することを謳ってくれている。これもやはりヂラールの被害を見た文明の使命感からだろうか。どうにもティ連内でもゼスタールが一番乗り気だという話。
と、こんな感じで、なんとか此度の『グロウム帝国・ヂラール戦争』の事案は、終結を見るが、サマルカの件に、ヂラールの奇妙な生態の件と、また色々と考えなければならないことがたくさん出てきた。
そして何より、グロウム帝国という、地球から最も親しい知的生命種族の存在は、地球の諸々にも大きな影響を与えることになるのは必定である。
つまり、ゼスタールとの邂逅をきかっけに、グロウムとの接触が本格化すれば、これまでは日本のみのイノベーションは、ついにここに来て地球世界のイノベーションへと変化するのである。
そんなこれからが見える現状を孕んで、舞台は地球へと移るのであった……




