【第七章・再生への道】第四一話『既存の終焉と新たなる始まり(2)』
『ナナナ、なんですか一体、え? え?』
口に手を当てて狼狽するは、ティ連・サマルカ人リーダーの一人、お馴染みセルカッツ・1070。
地球世界におけるアメリカ合衆国では大人気の異星人種族であり、なおかつ米国がティ連国家で唯一正式な個別国交を樹立できている、惑星国家『サマルカ統一連帯群国』の国民である。
で、そんなセルカッツだが、地球では皆に愛称として『かっちー』なんて呼ばれていたりするのはもうご存知の話。ちなみに米国ではその日本の愛称が輸入されて、さらに英語風に訛って『カッティー』とか、『キャッティー』と発音されてたりする。
そんなかっちー。容姿で言えば地球人に分かりやすく説明すると、所謂人類基準の宇宙人フォーマットの一種ともいえる“アレ”である。
即ち“グレイ”と呼称される、地球世界で実際に起こった宇宙人捕獲事件『ロズウェル事件』。
その事件で回収された宇宙船に搭乗していたと思われる異星人の遺体。その容姿がセルカッツ達サマルカ人と同種族ではないかという話で、米国協力の下調査したところ、案の定全く同じ種族……ではないが、DNAや、独自科学技術の系統比較レベルでお仲間か親戚なんではないかという明白な結果が出た。
セルカッツ達は、元々人工生命体が自我を持った種族ではないかというティ連の調査結果もあって、言ってみればセルカッツ達のほうが、所謂“グレイ”と呼ばれる個体よりも高度な個体なのではないか? ということも考察された。
確かに彼女達サマルカ人は、かのロズウェルな宇宙人とは違うところも幾つかあって……まず背丈。
この背丈はサマルカ人の方が相当に高く、セルカッツでも日本人女性ぐらいの身長、一五〇センチ以上はある。
体型も痩せ型ながら相応の一般的なヒューマノイド型の形状をしており、地球人がオカルト的に認識している、かの種族特有の不気味さのようなものは全くない。体色もグレイ(灰色)ではなく、大きくわけて『緑』といった体色の個体が目立って存在する。
と、そんな感じで地球社会ではそれまでの『木曜日』のような経緯もあって『不気味なグレイ』というイメージが先行してしまっているが、サマルカ人の場合は地球人からみても、そのほとんどの意見として、特にかっちーの場合、『可愛いグレイ』『きれいなグレイ』『グレイを美人にしたらこうなった』とか、そんなイメージを持たれている種族なのである。
で、そんな彼女達の着用する正装は、日本人にも馴染みが深い大正時代によく着用されていた『とんび服』とも呼ばれている『インバネスコート』に似た服装を、好んでよく着ている。これはサマルカ人の民族衣装のようなものだ。
で、最近はかっちーも米国に滞在する事の方が多くニューヨーカーなので、そっち系のアクセサリーもさりげなく付けていたり。愛用スマホの着信音も、レミド◯ソ。
とまあそんな感じなのだが、そんなサマルカ人のセルカッツさんが、今何ゆえに狼狽しまくられてあそばされていたりするかというと……
『=0&%$''&%+><_R%&E&%'&()('&'%&$%&%']…………』
と、ヒザマづいて何やら呪文のような言葉を唱える司令部会議場にいるグロウム人達。頭を下げて、決して面を上げようとしない。
一体これはどういうことだと駆けつけた途中参加の月丘達もそれは相当訝しがるが……以前同じ様な光景に体験を見て聞いてした人物が一人ここにいる。その人物が柏木に近づき、小声で……
『(ねぇねぇおっちゃん。これって父上達が天穴の使徒って呼ばれていた時とおんなじ感じにみえるんだけど)』
「(ああ、そうなんだよメルちゃん。どうもその対象が、セルカッツさんみたいでね。もう彼女を見るやいなやネリナさん達石化して、いきなりコレだから)」
だが、ここで一つ疑問が発生する。ネリナ達は一時期火星基地へ一旦保護されていた。そこでサマルカ人を一人も見かけなかったのか? という話になるのだが、どうもその時偶然か、それともいなかったのか、火星でサマルカ人を一度も見かけなかったという話。確かにあの時、そうであった。
「未知の文明同士が接触すると必ずやらかすお約束事とはいえ、こりゃちょっとややこしくなりそうだな……」
と呟く柏木長官。それを聞く月丘。彼も柏木の隣へやってきて、
「どうも、柏木長官」
「おう、月丘君」
「大見一佐に呼ばれて来たのですが……」
「はは、この状況見て、情報省のシャドウ・アルファさんとしては、大体察しがついたか?」
「ええまあ……といっても今シャルリさんから大体の概要をお聞きしました。面倒な事にならなければいいんですが……」
「ああそうか、月丘君はそういうのには詳しかったね」
そう、月丘はかつてイスラム諸国に長く滞在していた経験もあって、そういった宗教教義が生活の一部として深く根ざしている民族のイデオロギーには人並み以上に詳しいところはあった。そこら辺は自分でも自覚している月丘。
「まあ普通の日本人以上には自覚するところはありますが……で、セルカッツ女史ですか……個人的には興味ある状況ですが……」
すると更にいつの間にかポヨンと隣で二人の話を聞いていたプリルとクロードが、
「とにかくこんな状況でお互い驚いてたって仕方ないとおもいますけどっ」とプリルが言うと、
「俺が考えていたこの『会議の内容』とはえらい違う状況になってるな」とクロード。
すると柏木と月丘はそのクロードの言葉に、「どういうことだ?」と聞き返す。
「あいや、その、この星を脱出した『選抜民』と、残された人々の確執ってやつさ。話じゃその皇帝陛下さんの身を案じてるのはお互い同じみたいとだと聞いてたが……例えばその後の互いの立場に、扱いってのでもめてるんじゃないのかなと思っててさ。でもマドモアゼル・セルカッツか……ふーむ」
確かにクロードが思っているような懸念は、月丘やプリルも持っていたが、いざ蓋を開けてみると、のっけからこんな展開。
「ムッシュ・カシワギ、お宅ほどの方ならどう見る? この状況」
「どう見る、じゃなくて『どう利用する?』かな、クロード君」
頷くクロードと柏木。クロードが月丘の顔を見ると、彼も言いたいことがわかっているのか、ニヤけてコクコクと頷いている。プリ子一人『?』な表情。
……と、こんな状況を長々と続けてても仕方ないので、柏木が先頭に立ってとにかく席に着席しようとテーブルを囲むよう皆に促す。
この騒動で普通に外交交渉しようという感じの人員数がいきなりドバっと増えてしまったので、テーブルに椅子を増やしてまるでちょっとした議会会議のような人員にまで出席者が膨らんでしまった。
互いのスタッフがこの状況を皆に知らせるために、関係者を呼集しまくってしまったので、そんな感じになってしまった。
まあでも結果的に言えば、ちょっと考えていた以上の『今後の話』という感じにはなりそうなので、結果的には良かったというところで、結局重要スタッフをみんな呼んでの大会議となるわけである。
もちろんその中にはメルは勿論の事、樫本やリアッサ、シビアにネメア、ゲルナー、香坂に急遽帰国を待ってもらったLNIF―USSTCのモーガン最先任上級曹長にジェフリー・マーカス大佐にも出席してもらっていた。無論この二人はサマルカの友好国代表としての意味もある。
……とはいえ……
なんとかグロウム人側のスタッフを説き伏せて席に座らせたのはいいものも、まだ彼らはセルカッツを見て恐縮しているような様子。なのでいつの間にかこの会議の音頭を取らされる、というか議長みたいな役に就かされることになった柏木は「まぁまぁ」と、とにもかくにも相手を落ちつかせて、部下にお茶でも淹れさせ、とりあえず一息つかせることにする……って、スタッフもよくわからずに地球の紅茶を淹れたのだが、これが功を奏したのかグロウム側にも気に入られたようで、双方落ち着きを取り戻すことができたようだ。
「ま、まぁ……なんと言いますか、会議前のいきなりの話だったのでこちらも驚きましたが……とりあず当方、日本政府とティ連側のスタッフを紹介いたします。って、双方えらい大所帯になりましたので、とりあえず当初の主要人員のみのご紹介で、あとの人員は発言時に自己紹介していただくということで……それでよろしいですね?」
グロウム側に確認する柏木。グロウム側の代表がそれでいいと答える。
ネリナもグロウム側だが、別途臨時政府側として、グロウム本星自治都市代表とは間を開けて座っている。
もちろんネリナもそれで良いと了承。
で、各々自己紹介を始める。グロウム本星側の代表の名は、『エッサ・ガウゾ』という、グロウム本星首都『ベッカルド市』の市長を務めている男性だという話。
彼は所謂、グロウムの法で定められた『国家有事脱出法選抜国民』の一人だったが、この星に残って各自治都市をまとめてヂラールに抵抗していたのだという。
その話を聞いて(なるほど)と思う柏木。実際彼はグロウム本星が、あのヂラールの猛攻に対してよくここまで保っていたなと感心していたのだが、バラバラの各都市をまとめ上げたカリスマのような人物がいるのであれば、それも可能かと思った。それがこのエッサという男性なのだろう。
だが、そういう確固たるカリスマがいた場合、旧勢力と新興勢力の確執というものはできて当たり前なのが少なくとも柏木の知る地球の歴史での前例であり、ヨシフ・スターリンとレフ・トロツキーの関係然り、アドルフ・ヒトラーとエルンスト・レームやグレゴール・シュトラッサーの関係然りで、そういった強行派閥的勢力の存在などがこの中にいた場合、あまりよろしくない事態の推移も考えなければと思う柏木であった……
* *
さて、柏木達の交渉は、少々込み入った話になりそうなので、彼らの話が軌道に乗るまでしばし場所を変えてみる事にする……
地球世界では、此度のグロウム帝国の一件、すなわちネリナ達が火星で保護されて以降の出来事。勿論これはグロウムでのヂラール戦争を含んだ一件での事もあっての話なのだが、異星人がこの地球にやってきて、地球社会に浸透し一〇年が過ぎようとしている時、地球人類が身近に感じる可能性が出てきた『星間戦争』の現実に、各国国民に市民は議論噴出していた。
確かに『星間戦争・紛争』という点で言えば、ガーグデーラ紛争に、ハイラでのヂラール戦争も含めて、その類は体験し、ヤルバーンを通じて公開もされ、相応に知識としてはもう認識している地球人のはずであったが、そこはやはり幸運なことにもう一つその事象が起こる距離的な意味で『対岸の火事』といった、言ってみれば『壮大な他人事』だったので、皆はまだグロウムのような災厄を『身近に』感じるという話ではなかったのは事実である。
特にガーグデーラの一件に関しては、色々スッタモンダあったものの結果的に『雨降って地固まる』の言葉の通り、月丘や柏木達の活躍でゼスタールという新たな知的生命体との邂逅になり、更には彼らゼスタールのそれまでの行動から日本以外の世界にも、異星文明オーバーテクノロジーの一端をもたらすきっかけともなり、悪い方向には働かなかったという状況もある。
だが……此度のグロウム帝国における『グロウム・ヂラール戦争』の事実は、流石にこれまでのものとは性質が違うわけで、その脅威がネリナ達と邂逅した場所……地球から四〇光年という、ティ連的にいえば『そこ』と指さしていえる距離で起こった事件であるからして、流石に地球社会でもこれ対岸の火事という状況ではなくなったという事で、地球各国の政局も大きく動き始めているのであった。
さて、そんな新たな状況になりつつある世界情勢下の日本国。
当然今の日本も政局的にもめにもめまくっている状況であるのは言うまでもない。その大きな部分が、やはり特危自衛隊の活動についてである。
確かに現行の特危自衛隊の活動は、連合加盟後、改正された憲法下において、所謂地球外案件に関してのみ、連合憲章下で、一般軍隊としての全面的活動が認められるようになった……一〇年以上経過した今でもこの点において野党がまだスッタモンダ言っているところもあるのではあるが、かの『旧憲法9条』が、あのまんま生息していた頃にくらべれば、まだ現実的な意見の交換ができるようにはなっていた。
だが、此度の事件は、特危自衛隊の活動状況からも鑑みて、地球外活動のみの特危事案では収まらない可能性があるという危機感から、日本国内の専守防衛でのみ現在も活動している『陸・海・空自衛隊』も状況によっては特危の任務への編入も含めた防衛関連の法案改正も含めて、大揉めに揉めまくっているのであった。
当然これには地球世界規模の、更には地球世界初の宇宙防衛連携も含めた、国連や、UNMSCC規模の問題も含んでいるわけであって……現在衆議院の解散も含んだ政局になりつつあった。
「……で、春日先生は任期満了ということだから、その次は誰にするかっつーところだよな、二藤部先生よ」
情報省へ二藤部と懇談するためにやってきた『財団法人三島・ティ連研究会』理事長の三島太郎。齢八〇過ぎであるが、まだまだ健在。勿論情報省に設置されている安保調査委員会民間部門の重鎮である。
「浜先生は、もう年齢的にとお断りを入れられましたから」
情報省大臣の二藤部新蔵。彼ももう年齢七〇を超えている、自保党の重鎮議員である。
ご存知の通り、この情報省という役所は、日本国が有する他の省庁とは一線を画す特殊な国家機関である。というのも、かつて日本が連合に加入する以前の頃、異星人案件を一手に扱う日本国非公式の機密組織、『日・ヤ安全保障委員会』でやっていた内容そのものが省機関になったような組織で、その名の通り諜報機関として稼働しながら、ティ連関係の事案の、表向きの行政を円滑に運営させるための『裏の力』として運営されている機関なのである。
勿論そんな機関なので、政権与党はもとより、選抜された野党の議員も一部安保調査委員会のメンバーに入っている。
で、現在政権運営を担っている自由保守党が、ティ連の連合政務の事情なども踏まえて、次の首相候補は誰がいいか、なーんて院政めいたこともやっているという次第なのである。
もちろん、これもまだ連合に加盟して一〇年程度の日本であるからして、ある種超法規的な事もやらなきゃいかん事もあるわけで、将来的には『安保調査委員会の解散』が前提であるのはいうまでもない。言い換えれば、安保調査委員会が解散する時は、日本もティ連にふさわしい加盟国として、存在感が示せているという事でもある。
そんな今の日本、解散選挙もほんの近日中に確定だろうというところで春日総理大臣の次を模索するわけだが、ここにきてグロウム帝国とヂラールの案件が急浮上してきたわけなので、その人選もかなり特殊な方向性で考えないといけないと言うことになる。
ここで自保党にも未だにいる親中派や、党内左派と呼ばれる安保調査委員会に選抜されていない議員のマスコミ発言などもあって、次の総理にはあれやこれやとマスコミも憶測を巡らせているわけだが、そんな憶測には必ずといっていい程名前があがるのが、フェルさんと柏木である。
って、柏木は今連合防衛総省長官じゃないかという話もあるのだが、そろそろ召喚して総理大臣にと画策する一派もいるのは確かで、柏木がかつて在籍していた旧吉高派の重鎮議員からは、衆議院議員に復帰してくれとそんな請願も柏木は受けてたりする。
で、フェルもそんな感じで総理大臣候補に毎度あがる一人である。
フェルを支持している党内の勢力は、政策勉強会である新清風会と、党内の女性議員勢力。で、毎度フェルを囲んでは『総理にどうか』と推しているのだが、フェルさんが首を縦に振らず、支持者は毎度袖にされてるので、此度もまたおそらく動くだろうという話。
「……と、二宮派に新清風会と、“女性議員の会”がまた特段そんな動きを見せていますがね、はは」
「がはは、まああの二人が首を縦に振ってくれたらいいんだけど、柏木先生はそんな事こっちが言える立場じゃねーぐらい偉い先生になっちまったし、フェル先生も『外務大臣という役職だからワタクシが生きるのデスヨ』って、譲らねえしな」
「まあ実際、その通りですからね。でも柏木先生には将来的にこっちへ戻ってきてもらう要請をしないといけないとは思っていますが」
「まあ先生のこった。そのあたりは一番分かってくれてるだろうと思うけどよ……だが……此度のグロウムの一件で、今後の展開がまったくわかんねえ状況になっちまったな、二藤部先生」
「ええ……となると当面は現状維持で、春日総理が解散を打った場合でも、安保調査委員会の重要メンバーは現状を維持できるように、比例区でも登録させて……」
と、そんな選挙の対策なんかも話しあったり……ま、こんな院政はどの時代の政治政局でもあって普通なので、ある意味、毎度の話であったりなかったり……
ということで、次期自保党の総裁は、『東日本大震災』以降、『ヤルバーン飛来事件』から、かの『魚釣島事件』で活躍した、元防衛大臣の『井ノ崎修二』を担ごうということで、二藤部と三島の話はまとまる。彼であれば、安全保障関係には非常に明るいし、他の議員の信望も厚い。安保調査員会の重鎮メンバーの一人でもある。
……とはいえ、勿論この二人が決めた事が、安保調査委員会すべての決定事項になるといったような、どっかの独裁悪の結社じゃあるまいし、そんな決定はできないわけであるからして、この二人の案を各方面へ根回ししていくことになる。
当然、二宮派や春日派、他の派閥も対抗馬を出してくるだろうから、そこは健全な選挙で党の総裁が決まり、新しい政権ができるだろう。
ま、その時フェルも役職が変わるか、外されるか、そこはわからないが、これも今後の政局次第という奴である。
「で、三島先生。ロシアや中国、ヨーロッパ関係の、例の件はどうなっていますか? 何かゼスタールさん達から報告がありましたでしょうか?」
「あの件な。ふむ……」
ゼスタールの『あの件』というと、ゼスタールの安全保障体制に協力する代償としての彼らの技術供与の話だが、この件では現在ロシア連邦が、事態を最も進めており、米国とは別に航宙巡洋艦の建艦を行っている。とはいっても米国のような自力開発を目指すのではなく、コンセプトを提示した、完全なアウトソーシング型の、所謂『外注発注』形式の艦艇建艦だが、三島の財団法人は現在、地球での彼らの活動を報告してもらう代償として、ゼスタールさん達の身元保証組織としても可動しているので、この手のLNIF以外の……いってみればCJSCA陣営の動きもすぐに入ってくるという次第。
「……で、ロシアの航宙巡洋艦『ピョートル大帝級』の一番艦『ピョートル大帝』だが、月の基地で完成して、今度引き渡しが行われる予定になってるってよ」
「なるほど。そうですか」
「なんだよ、情報省にはまだ回ってきてねーのか? 『情報省』なのによ、がはは」
「ははは、ええ、まだ回ってきていませんね。というか、その手の情報は三島先生のところが毎度のソースじゃないですか」
「ま、そりゃそうだな……で、これに関してはゼスさんが引き渡しに地球へ降りてくる事になってる。で、彼らの作る兵器は地球世界への全面公開が条件になってるから、当然その時に何かアクションがあるだろうぜ」
なるほどと思う二藤部。腕組んで頷く。
「では、あとはヨーロッパのとの交渉で出てきた艦艇が、ゼスタールさんのプラントで進捗が入っている状態ですね」
「そういうことだな」
「中国や韓国に関して、何か情報は入ってきていますか?」
「それがよ……中国は相変わらずで、ゼスタールの求める地球社会への情報公開を拒んでやがる。中国もそこをなんとか誤魔化してって腹みたいだが、あの『真面目一徹』のゼスさん相手に中国ごときのしょーもない策略が通用するかって話なんだが……」
まぁ毎度の中国の行動パターンである。どうしようもねーなと頭を掻く三島。
「でも、張先生が色々奮闘して走り回ってくれてるみたいなんだけどな……で、韓国の方は、ゼスさん達が『不適格政体』とダメ出しして、今回のお仲間には入れないらしい」
「『不適格』ですか……どういうことです?」
「要するに『地球世界を主導できるような国家』じゃないと見たんだとさ」
なるほどなと……大きく語らなくても、ここは良いだろう。この世界でも、何処かの並行世界の如き相応の事件に似た事象が、この一〇年の間にあったわけである。
そんな話をしていると、情報省内務局のスタッフがノックして部屋に入ってくる。女性スタッフのようだ。
「二藤部大臣、っと、あ、三島理事長もご一緒でしたか」
ちょっとバツの悪そうな顔をする女性スタッフ。そりゃそうだ、情報省の諸氏が二藤部に挙げる報告といえば、例外なくトップシークレット級のものばかりだ。そこに三島とはいえ一応今は民間人の御老体がいたとなれば、報告を躊躇してしまうのは道理。だが二藤部は、
「ああ、かまわないよ。民間人でも三島さんは特別です」
と許可をもらったので、納得したスタッフは、
「只今、特危に出向している月丘さんからこのような報告書が……」
女性スタッフは小脇に抱えたVMCボードを二藤部に見せる。でもってもう一つ複製して三島にも渡す。
「…………」
まあこの時代、普通報告書程度なら、直接各担当のアカウントめがけてプイと送付すれば報告も簡単でハイオワリなところなのだが、このようなスタッフがVMCボードを造成して持ってくるということは、よほどの重要情報ということである。まあハッキングなんてされることはないだろうが、直接相手に見せて、VMCボードゆえの霧散させて消去すれば証拠も残らないので、機密保持の上でも確実である。
「おいおいおい二藤部先生、これは……!」
とその月丘の報告に驚く三島。
「いや、まさか……はは、そんな事が……」
二藤部も同じく。驚愕というよりは、まさかというビックリ方面での表情だ。ちょっと笑いが漏れる。
それもそうだ、月丘が報告してきたのは、件のサマルカ人とグロウム人の一件。まあ言ってみれば直接日本に何か影響がある事案というわけではないが、同じティ連の仲間としては、このツカミの話はちょっと詳しい情報を確保したいところではある……でもって……
「こりゃ米国にも情報いれてやらんといけないんじゃないのか? 二藤部先生」
「ですよね……ですがまだこれだけでは詳細がわからないので何とも言い難いところはありますが……あ、ここに書いていますね……なるほど、USSTC関係者も出席しているのですか」
「おう、んじゃ米国にも情報は行ってるな。ま、こっちも月丘が詳細送ってくるんだから、米国からもすぐにコンタクトがあるだろうよ」
「当然三島先生のところにも……」
「おう、ゼスさんから情報もらえるな」
「わかりました。ではちょっと情報精査して、対応を考えたほうがいいかもしれませんね……とはいえ、もう選挙ですから、春日総理には……」
「今報告しても仕方ないな……次の総裁選と首班指名投票まで待って、井ノ崎先生に報告しても遅くねーだろ」
……グロウムでの会議の様子。つまりグロウムでの政局であり、おいおいそれは地球世界での政局にも絡みかねない情報となって、今地球にもたらされる。
ヂラールに対する勝利の報が、現行最も重要な報告となっているのは確かだが、そこに大きく付帯する“かっちー”達の云々……日本以上に大きく動いているのは、恐らく米国だろう……
* *
量子テレポーテーションの如き速さで場面は戻り、再びグロウム帝国、ティ連臨時仮設司令部大会議室。
大きなUの字テーブルの末席に座るは、月丘とプリル。
現在、ティ連連合軍と、グロウム帝国臨時政府・グロウム帝国自治都市勢力の主要スタッフが今後のグロウム帝国の方針と対応に関して協議している最中であるが、その所謂『主要スタッフ』の中にとりあえず入れてもらえているこの二人。これ即ち情報省関係者だからであるからして、というところ。
その他のスタッフは、皆どこかの議会のように、Uの字座席の後方に、椅子を用意してもらって見学するような形で互いが対峙している。
そんな中、テーブルにノートパソコン型端末をVMC造成させ、お得意のタッピングでパシパシ打ち込みながら会議の様子をリアルタイムで打ち込んでいるのは月丘である。その横でプリ子は月丘のえげつない速さのタイプ速度を見て、感心していたり。
「(ほへ〜 カズキサン、キータイプする速度速いですね〜。私も負けそうです〜)」
「(はは、ええ、私の特技の一つですよ。って、プリちゃん、会議の様子、ちゃんと聞いていてくださいね。聞き逃したところあったら、尋ねますよん)」
「(あ、ハイハイ。お任せですっ! っと、メモメモ……)」
プリルはディスカール流速記術で会議をメモして月丘をサポート。
これでわかるとおり、先の二藤部達が見ていた報告書は、この月丘のリアルタイム会議議事録だったわけである。ここは流石情報省のエージェントといったところ。こういう地味な作業も特技とするのが彼である。この場で打ち込んだ議事録に近いリアルタイムの情報を即座に地球へ送信していたのだ。
……さて、仮設司令部大会議室での会談だが、そんな件の経緯もあっての話で、今後のグロウム情勢やらなんやらといった地球世界でもしょっちゅうやっている政局面での話はとりあえず『おいといて』という話になってるワケで、結局こんな状況になると、なんだか知らないけど自然と状況を取りまとめてしまうのが、このオッサンであって……
「あ~……ということはグロウムの皆さん、要するにこの我々ティ連の同胞であるセルカッツさんが、この国の国教である、そのファヌマ教の、『神の御使い』にそっくりだと仰るわけですね?」
と、U字机の真ん中に座り、なんとなく議長みたいな感じの役をやらされている柏木長官様。
『はい。そっくりだというよりも……』と、エッサ・ガウゾ自治都市代表が発言すると、その言葉に続き、
『「ファヌマの使徒」以外の何物でもないというか……』と、ネリナも漏らす。
ちょっと困惑顔の柏木。
ここまでグロウム側が面を上げて話すまで、時間にして三〇分以上を要したワケだが、その間、グロウム側の方々は、もうそりゃ「神の御使いは実在した!」とか、地球で『聖杯』でも見つけたかのような大騒ぎになって、これまたその話が外に漏れるやいなや、ひと目かっちーの御尊顔をと今でも仮設司令部は大勢のグロウム人に囲まれていたりする……放射能の危険がまだあるから、地下都市にひっこんでなさいという治安維持機関の言葉なんざ耳に入らないご様子。
「なるほど……で、セルカッツさん、お尋ねするまでもないとは思いますが、このグロウム帝国さんの記録はあなた方の歴史データベースのようなものには……」
『え? あ、ハイ、私達がグロウム帝国の方々と接触したというような記録はゴザイマセンよ。というか、それ以前に、アマノガワギンガに私達サマルカの祖が来ること自体、時間軸的に無理がありまス。それこそファーダ・ナヨがかつてご経験なされたような事故でも発生しない限りは』
「ですよね……エッサ代表。まず申し上げておきたいのですが、こちらにいるサマルカ国のセルカッツ・1070さんは、あなた方の言う『神の御使い』というような存在ではありません」
と柏木が言うと、少々事の次第に落ち付きをみせてきたのか、エッサ代表やネリナも常識的思考に自分の頭を戻すことができてきたようである。だが、
『いやしかし、セルカッツ様と仰いましたか、本当に神の御使いそっくりだ』とエッサ。
『そこは私も同意します。これほどまでに似ていると、何やら陰謀か策謀めいたものまで感じます……っと、これは冗談ですが、ハハ、失礼』
ネリナもなんとか情緒が元に戻ってきたようで。そこでいらん事言いのクロードが、記録仕事をせっせとやってる月丘の後ろから小声で、
「(んなこと言ったら、シビアちゃんの方がよっぽどアッチ方面の存在に近いぜ)」とのたまうと、更にその後ろに座るシビア本人にギロ目で睨まれてたり。さらにはチカチカと指先からゼル端子を生やし、クロードに打ち込む素振り。クロードは「冗談、冗談だよマドモアゼル」と。
でも当のセルカッツは、これまた種族の使命である、彼女達の『祖の歴史を究明する』という任務もあるので、その点も協議したいと話す。
で、エッサ・ガウゾやネリナは、当初の臨時政府と自治都市連合側の協議に話を戻そうとするが、柏木が横槍を入れて、
「あ~、えっと、その前に……エッサ代表にネリナ提督。あの~、先程の話ですけど、我が方のセルカッツさんが貴方がたの知る神の、その御使いと仰るその根拠というか、物的な証拠ですか。そうですねぇ、例えば何がしらの古代遺跡の壁画に描かれているとか、そのような感じのものか何か、そのようなものがあるのでしょうか?」
するとエッサが「そちらの話の方が重要なのか?」といった訝しがる表情をして、
『は、はあ……勿論存在しますが、それが何か』
「ふむ……では、その『ファヌマ教』と仰いましたか、その宗教の総本山か何かを司る、教義の代表か何かの方は、いらっしゃるのですか?」
『あ、はい……ファヌマ教の教皇は、ランドラ皇帝陛下が兼任していらっしゃいます。そして、総本山は、ベルサラ宮殿。つまりランドラ皇帝の居城でもある施設が兼ねております。そのベルサラ宮殿の中の壁画や、彫刻に、ファヌマの神々達の御使いが描かれています』
柏木はその説明で、グロウム側の勢力の構造というものが段々と理解できてきた。それは日本の神道と、キリスト教的な一神教の構造を足したような宗教の考え方を基本理念、倫理規範とする種族なのだろうと推察する彼。
そして普通、法律に基づいているとはいえ国の皇帝が有事に国民を置いて退避する、即ち『逃げる』という行為を行えば、反体制勢力に革命でも起こされて国を乗っ取られでもしそうなものだが、どうにもそういう様な感じではなく、この残された自治都市勢力側もランドラ皇帝を有事、故に『逃してやった』という意識で話をしているようである。
話の節々からそんな感じを受けていた柏木であったが、今のファヌマ教の説明で、柏木も「なるほどな」と合点がいった。
だが柏木の質問は、グロウム側からすれば、今更そんな話を自分達に尋ねてどうするんだという表情である。彼らからすれば、当たり前の日常的な話だからだ。
グロウム側と同じような疑義を持つのはティ連側も同じくで、高速タイプでこの会議の様子を打ち込みまくっている月丘も手を少し休めて、
「(柏木長官、そのような話をグロウム側に尋ねてなにをしようって魂胆なんですか?)」
と柏木に尋ねる。すると柏木は、
「(月丘君。ま、色々と方法論って奴をね? ははは)」
「(やはり何か考えあっての事ですか……なるほど分かりました)」
ということで、柏木は、かっちーも絡んでのこの一件についての話を一通り聞いて情報を収集すると、次は仲裁者としての役割……というわけではないが、今後のこのグロウム本星のあり方を協議するわけだが、現状このような情勢だと、やはり今後の話として国家の主導権を誰が握るかという方向性にどうしてもなってしまうのは致し方のないところではある。
『なんだと? では今、サージャル大公領臨時政府では、サージャル大公殿下が摂政になっておられるというのか? ネリナ提督』
『左様です。この件はランドラ陛下が、例のバルターがもたらした病の件もあって、事後の話となりますが、陛下も了承している事であります。なんでしたら陛下より賜った信任状もお見せすることができます』
『だが、そうなればこのグロウムに選抜民法で残された市民国民の立場はどうなる! 確かに法とはいえ、放射能にまみれたこの星をなんとか持たせた我々の意志が反映された今後の国家運営にはほど遠い』
『確かに我々は逃げた身ではあります。だが、「必ず帰ってくる」とも申し上げた……それにエッサ殿、よく考えてみてほしい。もし我々が……いや、サージャル大公領においては「私達」が更に逃避行の旅を続けていなければ……彼らニホン人やティ連の方々とも邂逅することがなかった……この出会いがなければ、我々もあの時終わっていたかもしれない……はっきり申し上げて貴殿らにも、『政治』というものを考えての発言もあるのだろうとは思う。それに選抜民から漏れた人々の思いもあろうが……私見ではあるが、あの時我々だけでの話であれば、遅かれ早かれグロウムは終わっていたやもしれません』
ネリナの冷静でありながら熱の入った言葉に、エッサ代表も腕を組んで唸ってしまう。
彼も今はこのグロウム自治都市を束ねる代表ではあるが、所謂この混乱した情勢を利用して、内なる野望を果たそうというようなタイプの人間ではないらしい。
だが、この星に残されることを法で決められた立場とすれば、去った人々との立場の差を考慮してもらって然るべきと考えるのは、まあ道理といえば道理ではある。
……と、議論白熱する臨時政府側と、自治都市連合側の会談だが、柏木はこの議論を冷静に、何ら口を挟まず聞いていた。で、大体彼の予想する方向性へと話は進んでいるようだ。
柏木の所見だと、ネリナはまあ、真面目一徹で情熱家の女性将校というイメージは、もうみんなそういう認識ではあるが、エッサ・ガウゾ代表の方も、そんな野心家の如きタイプの人間ではないようである。
聞くところでは、彼は本来宇宙物理学の学者で、この国の賞持ち学者なのだそうだが、そんな経緯もあって所謂、日本や地球世界でも良くある、ネームバリューで市長に担ぎ上げられた類の市長さんだったそうだが、此度の一件で学者の知識が役に立ったのか、こういった残された人達の代表みたいになってしまった、という経緯があるのだそうだ。
臨時政府と本星自治都市連合の交渉は、よくありがちな罵り合いのような論争ではなく、冷静な論戦で終始しているのは救いである。
柏木達ティ連勢、こればかりは横槍を入れる訳にはいかない。ここは互いの言い分を吐き出したほうがいいのである。
かといって、あまりに白熱し、互いに振り上げた拳を降ろせなくなるような事になってもこれまずいわけで、そういうときは「まあまあ」と割って入るのも彼らの役目でもある。
『(カシワギ、議論ガ白熱スルノモ体力ヲ使ウ。コノアタリデ一度休憩ヲイレテハドウナノダ?)』
「(ええシエさん、私もそのつもりでしたから……)えーっと、そろそろ一旦終わって、休憩を挟みませんか?」
ネリナとエッサに問いかける柏木。
『ふむ、確かに……あまり感情的に走りすぎても仕方ありませんしな』
エッサは流石この星で著名な学者ということもあって、そのあたりは自分を制御できてはいるようだ。まぁ、取り巻きの軍人や活動家のような体の連中は、まだ少々興奮気味ではあるが、皆がセルカッツの方を見ると、急に表情を締めて冷静に努めようとする。
「(カズキ、やっぱマドモアゼル・セルカッツの威光ってやつか? なんか彼女がこの話し合いで、いい感じにリミッターになってるみたいだが)」
「(のようですね。ですが相当セルカッツさんのお姿が神々しいんでしょうか、なんか妙な感じですよね)」
と、クロードと月丘。月丘は休憩ということなので、VMCノートパソコンの天板を閉じる。と同時に霧散して消える……このPVMCGもグロウム人にとってはよっぽど珍しいのか、月丘のそんな所作にも注目の視線が集中したり。グロウムの方が、ティ連科学を差っ引けば、遥かに地球より科学が進んでいる種族ではあるが、このあたりは一〇年前の日本人と同じ感じである。
……で、休憩時間と相成ったが、セルカッツが柏木の横にチョンと座って耳元でなにかゴニョゴニョ言っている。
それを頷いて聞く柏木長官。するとわかりましたと所作して、席を立とうとするエッサに声を掛ける。
「あ、すみませんエッサ代表」
『ん? 何でしょう』
すると呼び止めた柏木に変わって、セルカッツが、
『ケラー・エッサ。あの~、もしよろしければ、その『ふぁぬまの使徒』というものが描かれているシュウキョウ施設を案内していただくことは出来ないでしょうか?』
ファヌマ神の使徒、かっちーからの思いがけぬ依頼。エッサは急なセルカッツの要望に焦って、
『は!? 使徒様が使徒様の身姿を描いたものを見たいと!?』
『あ、いやですかラ、私達はそのファヌマの……』
というと、柏木がセルカッツの話を遮るように、
『ええ、すみませんがエッサ代表、こちらも少々込み入った事情がありまして、この休憩時間を利用して、できればその施設へと行くことはできませんか?』
するとエッサは少し考え、何やら側近らと話したあと、
「畏まりました猊下。では……先程のベルサラ宮殿はランドラ陛下のおわす場所ですので、今陛下はご退避あそばされているとしても無断でというわけには参りませんので、ベルサラ宮殿の次に大きい施設である、『ガッシール寺院』の方へご案内しましょう……ですが、その寺院も現在、バルターの撒き散らした病原の影響と、放射能の影響で、現在かなり危険な場所になっておりますから、相応の装備を整えて行かなければ……」
いやだから猊下って……と突っ込みそうになる柏木。んで『猊下』の意味がイマイチよくわかっていないかっちー。月丘に耳元でポヨポヨと解説されて、イヤイヤイヤ! と両手を振る、
で、まあそこはそんなこんなで、『ティ連・驚異の科学力』である。
対ABC装備なんぞはどうということはない。コマンドローダーに、移動式環境シールド。まあそういうことだ。
* *
さて、ということで仮設司令部から特危のトランスポーター、チヌークTRに搭乗して、そのガッシール寺院という宗教施設へ移動するセルカッツ。
他に同伴するは柏木と月丘とプリルにシエ、ゼスさんからはシビアにネメア。そしてジェフリー・マーカスUSSTC大佐。もちろんマーカスが同伴するのは、サマルカの友好国故ということ。
寺院の案内はネリナが買って出てくれた。
ネリナは現在、サージャル大公領に家を持っているが、もともとはこのグロウム帝国本星出身である。
……ということでしばし空中を飛行すると、本星首都ベッカルド市郊外の小高い丘に、見た感じで細かい細工の施された芸術的な建築物が雄壮に建っていた。
その建物の周りには、城下町ではないが、寺院を中心として街が栄えていたことがよくわかる。が、現在はヂラールとの戦闘や、核兵器使用の影響で、脆弱な建築物は跡形もなく吹き飛び、戦闘の残滓を残すように、大型火器の着弾痕が多数残り、付近にはシェイザー型機動兵器の残骸や、ヂラールの風化した遺骸の痕などが多数散乱している。
それでもこの寺院が、まだその原型を残しているということは、相当頑丈な構造物なのか?
寺院上空をぐるりと一周すると、チヌークTRは寺院前の大きな庭……であった場所に着陸する。
……ちなみにこの特危のチヌークTR。当初はヤル研の試作品だったものなのだが、非常に使い勝手の良いトランスポーターだということで、元々チヌークをライセンス生産していた君島重工が政府の調達依賴を正式に受け量産を開始。諸々改良加えて、特危、陸自、海自、空自に正式採用されたトランスポーターである。現在のチヌークTRには、対探知偽装装置も搭載されており、各種兵装も取付可能……
「ふ〜む、やっぱり遠目から見るのと、近くで見るのとは違いますね」
月丘が渋い顔で寺院の壁を触りながら話す。彼はかつて中東で見たことのある激戦地での建物を思い出す。
『その言葉が、この寺院の勇壮さを称える言葉なら良かったんですけどね〜』
と言うはプリル。なるほど『遠目から見るのと、近くで見るのとは……』なんて言えば、普通はその建築物の美しさや芸術性を称える言葉が後に続く。
だが、近くで見るこの寺院は、歴史ある建材で作られたのであろうその石壁も弾痕でボコボコになり、やっぱり所々に爆砕痕がいくつかある。
第一本来綺麗な薔薇の如き花を植えた、この今立っている場所が、本来この寺院での有名な『庭』だってんだから、そりゃ色々思うところはある。
現在、この寺院のある地区も放射能濃度が地球人やティ連系の知的生命体にとって危険値に達している。
ティ連人、勿論日本人もそうだが、彼らはティ連技術の宇宙服を着用している……宇宙服とはいえ、ヘルメット状の防護マスク以外はいたって軽装なツナギのような服を着用していた。環境シールドを展開できるので、これで十分なのである。
で、ここで特別なのはシビアにネメア。彼女ら二人だけ、シビアは例の白いスーツ姿にネメアは露出度高いいつもの素の格好。流石にグロウム側から、
『そんな危険な格好で!』
と注意を受けるが、柏木が「まあまあまあ」と、これでいいんですと、理由は後で説明しますからと、そんな感じで取り敢えず納得してもらう。
で、グロウム人側の格好は、ちょっとティ連よりはゴツ目のそんなような服。彼らにも環境シールドを貸与してやったので、活動時間に制限は無くなっている。
護衛の兵士達はロボットスーツを着用。ティ連の護衛は、所謂特危の『L型コマンドローダー』というヤツだ。
……グロウムの兵士が銃を構え、先行して寺院の中に入っていく。勿論これは万が一を警戒しての為だ。
まあ大丈夫とは思うが、ヂラールの生き残りがいましたとなったらちょっとマズイ。
ティ連・特危の兵士もグロウム兵に続いて中に入る……地球独特のコンバットスタイルだ。
……しばし待つ諸氏……
グロウム兵が寺院の潜戸のようなところから出てきて、「問題ない」とネリナに報告。
同行していたティ連・特危の兵士達は、先んじて何かを見たのだろうか、セルカッツにチラと視線を送る。
『どうぞこちらです』
ネリナに誘われ、中に入る諸氏。
『! ……はあ……』
落胆の表情を見せるネリナ。手に持つライトで周囲を照らし、悲しげな表情を見せる。
その理由は、この寺院の中だ……恐らく核攻撃の影響だろう。
かなり頑丈に作られ、グロウム帝国としては、宗教上の重要な施設であろうから、相応の防護措置も施されてはいたのであろうが、それでも外観の破壊度に比例した寺院の中である。
地球で言う巨大な教会の、言うなればフランスの『モン・サン・ミッシェル』にも匹敵する大きな寺院がここである。そんな大きく広い寺院の、所謂祈りかなにかを捧げる場所は、机に椅子、催事用の備品道具一式が大地震食らったかのように吹き飛び、天井の装飾物も一部落ちてきている。
「暗いですね……プリちゃん、アレを」と月丘が気を利かせると、『了解ですっ。ほい』っと、プリルがカバンから球状の物体を三個取り出すと、「えいっ!」と、空中へそれらを放り投げる。
すると三つの物体は、明るい光を放ちながら空中へ浮かんだ。
『これは便利な照明道具ですね』と、ネリナが感心していたり。
明るくなった寺院の中、だがその全容が見えると、ネリナ以下グロウム人の方々が、やはり溜息ついて肩を落とす。
「多分……この戦争の前は、とても美しい寺院だったのでしょうね」
柏木も周囲を見渡して、そんな感想を漏らす。ご存知の通り彼は芸術系大学の出だ。今の瓦解しているこの施設の、こうなる前の情景ぐらい彼は想像できる……多分、地球世界の芸術様式で言えば、バロック調に似たイメージの様式で、この場所は厳か、かつ綺羅びやかに飾られていたい違いない。
『あの壁にある、六本の腕を持つ羽の生えたヒューマノイドのような彫り物。あれが我が国の国教、ファヌマ教の主神、ファヌマガウドです』
説明を受け、頷く柏木。で、シビアが質問。
『質問。では、本国家の君主であるランドラと呼称される生体が乗っていた、司令部旗艦クラスの大型艦艇は、このシュウキョウの最上位存在の名を取った艦であるという理解で良いのか?』
「はい、そうです。そしてこの国では帝府の許可がなければ、一般の商品や、乗り物に『ファヌマガウド』の名称を用いることは、法で禁止されています」
そんな説明を受け、寺院の中を拝観する柏木達。するとネメアが兵に制止される。
「どうしたのですか?」
とグロウム兵に問う月丘。
『あ、いや、その……ここから先は、ネメア殿のその姿では……』
ティ連に特危勢について言えば、最近はもう慣れたネメアのセクシーなお姿。少々露出面が多い。
これから以降は所謂ファヌマ教の神聖な儀式などで使われる区画だそうなので、ネメアのお姿はちょっと彼女達の教義的に問題ありということで……
『理解した。では素体本体の露出を抑える衣服を着用する』
ネメアは少し目をつむると、体を光らせてシビアと同じような白いボディスーツを身に着用させた……んだけど、そこはシエとタメをはる御仁である。白いピチピチスーツになったらなったで余計に官能的になってしまったり。まあでも一応ファヌマ教の教義的にはOKとなったので、先へ進む……
すると、大きな祭場のような場所に出る。
『ん~?』
プリルが足に引っかかった瓦礫の中に、気になるものを見つけたようで、それを拾うと、
『あ、これ、サマルカさんでわっ!』
ビヨンと前に突き出し、ペットボトルほどの大きさの石像を皆に見せる。
『オ、ホントウダナ』とシエもそれを手に取り眺め、『YES、ミス・セルカッツそっくりですね』とマーカスも確認。
『フーム、でもこれはもう似てるというか、私達サマルカそのものではないですか』
とかっちーもその石像を手に持って眺め、益々この寺院の謎に興味を抱く。
『その石像は、恐らくこの崩落した壁に彫られていた彫刻の一部でしょう……悲しいことですが、この彫刻は、それは美しい彫刻でした』
とネリナ。また一つため息ついて目が悲しげになる。それはそうだ、信心している神様の社、そしてこの施設は地球で言うところの『世界遺産』級の建物だったのだろう。
地球で例えるなら、サグラダファミリア教会が得体の知れない敵性体にぶっ壊されたようなものである。それを信心する者にはたまったものではないだろう……
『カシワギ生体。ここに興味深い物がある。確認せよ』
え? と思う諸氏。って、シビアさんが勝手に先に進んで、何か発見したようである。
『ああ、シビアさん、勝手に先にいっちゃぁ……』と、彼女に一言言う月丘だが、シビアの傍に行くと、アレを見ろとシビアは指差し、その方向を月丘も見ると……
「うわっ! ……これは……」
と息を呑んだ……
『ここは……まさか……』
ネリナもこの国の国民であるからして、国教のファヌマ教徒である。従ってこの宗教の教義やらなにやらと色々知っていて当然だが、やはり教団の関係者と呼ばれる人と、一般教徒の違いというのもあるわけで、一般信者が知ることのない教団の場所というのも相応にこういう場所では存在する。
『ここはっ! だ、駄目ですソレ以上入ってはっ!』とネリナは叫び、『そこは司祭クラスの方しか入れない神聖な祭場です。私達のような一般信者はもとより、あなた方異教徒の方々が!』
といっても、グロウム帝国はこれでも一応日本と同じく政教分離を原則としている国家である。とはいえ、その政教分離度は日本ほどではないが。しかも今や亡国寸前となっている状況、今更入れる入れないの話をしている状況ではないのではあるが……と思うが、そこはシビアが冷静に、
『我々はティエルクマスカ連合政体に加盟し、サマルカ統一連帯群国の国家的課題、問題も調査済みである。従ってその観点から我々はグロウムにおける宗教的事象と、サマルカの一件を調査しているが……』
と、シビアがその指先にある物を示して、
『この物件は、ネリナ生体達の言う「教義」の倫理性、禁忌を差し置いても、十分我々が見聞するに値する物件と判断する』
そのシビアの言葉に同意するは柏木長官。
『確かに……これはセルカッツさん達の件も含めて、色々と考えないといけませんね……』
その祭場に見えるは、それは大きな壁画であった。
壁に天井と一面に、この寺院が建てられた当時の最新技術を使った芸術作品とでも言えばいいだろうか。
喩えるなら、システィーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの天井画の如く、そこにはファヌマ教という宗教の歴史や物語が一面に表現されていた。
その画を見るセルカッツ。彼女は今までに感じた事のない高揚感に包まれていた。
……その姿はもうまるっきり、というか、どーー見てもサマルカ人にしか見えない『ファヌマの使徒』が、白く輝くように描かれて、使徒に跪くたくさんのグロウムの民。その中の恐らく時の皇帝を描いたものだろうと思われる冠を冠した人物が、使徒に手を差し出し、使徒も何か光るものを帝に手渡す。
更にその後ろには、殊更大きく人のような姿をした抽象的なタッチで描かれる六本の腕を持つ巨大な人形の存在。これが先程も説明を受けた『主神ファヌマガウド』か? ……
荘厳に描かれるその壁画を始まりとして、叙事詩のように表現されるグロウムの歴史。
『カズキサン、こりは……なんというか、トンデモクラスの物的証拠というか……』
プリルが流石にここまでのものを見せられてはと、興奮気味に話すと、
『そうですね……あ、ネリナ提督』
『え? あ、はい。なんでしょう』
『この壁画、記録させていたいて構いませんか?』
『うーん……恐らく、本当はダメなのだと思いますが……ふぅ、ここまで来ればそんなことも言ってられませんか……許可はしません。ですが、盗み撮りしてくだされば』
『はは、わかりました。盗撮しますね』
月丘はネリナに感謝しつつ、その荘厳な情景を記録する。だが残念なことにこの戦争の影響で崩落しているところも多々あり、完全な状態で、というわけにはいかなかった。
(多分、この施設でこの規模ですから、恐らくベルサラ宮殿という場所にはもっと……)
と、そんな事も思いつつ、記録に勤しむ月丘。まがりなりにも情報省の職員であるからして、そこは彼の本業である。
だが、彼はこの壁画を見て、どうにも引っかかる構図が一つあった。
それは、ファヌマの使徒のバックに描かれた、六本の腕を持つ存在である。
これは何なのだろうと……




