17.新歓パーティー
パーティー当日、一緒に来ていたはずのカリナやソフィアとはぐれてしまったキアラは、ひとり会場で絶望していた。
(…………ど、どどうしよう……)
カリナは、商人のパーティーには出たことがあるけれど、貴族のパーティーは初めてだと言って酷く緊張していた。
キアラは規模も位もこれよりずっと高い、王国新年祭やら龍害討伐式典やらに出ているのだから、大丈夫だろうと高を括っていたのだ。
だが、始まってみればオロオロと会場を彷徨うことしか出来ず、いつもどうしているか思い返せば、開会の挨拶が終わるとほぼ同時に引っ込んでいるか、護衛として壁際で突っ立っているな、と気づいた。
気づいたところでどうしようもなくうろついていたが、会場の隅にある食べ物の置かれたテーブルを見つけて、とてとてと近づこうとした時。
「やあキアラ君、昨日の話、考えてくれたかな」
腹黒王子ことルーレスト殿下が話しかけてきた。
「……ぁっ、ぇっ」
「もう一人の生徒会候補、コンラート・エルデ君を知っているかい?」
爽やかスマイルで話しかけてくるが、油断はならない。
でも、エルデのことは知っているのでこくりと頷いた。
「そうかい。それならお互い知り合いがいた方がいいだろう。こちらへおいで」
キアラがなるべく近づかないようにしていた、前の方のテーブルに誘われる。
こういう時、立食パーティーは逃げられなくて困ってしまう。
(……きあら、きあら?)
仕方なく殿下について歩いていると、珍しくアシェがテレパシーを飛ばしてきた。
出来るようになったばかりの時は珍しがってテレパシーをしていたが、アシェが疲れるそうであまりしなくなっていたのに。
(あの金のひと、しにたいの? 死にたくないよね?)
(アシェ、急にどうしたの? 死にたくなんてないと思うよ)
金のひと、とは金髪のルーレスト殿下の事だろう。死にたい、とは穏やかでない発言だ。
(だって、あの水、ニンゲンは飲んじゃダメ。毒だよ? ニンゲンは、しにたい時、毒を飲むんでしょ?)
アシェの服毒自殺知識はどこから来たのかはっきりさせたい気持ちもあるが、それは後回しだ。
キアラの仕事は、第三王子ルーレスト殿下の極秘護衛だ。
それを忘れて浮かれてしまっていた。
この魔法学園は金の卵の集まりだから、万全の結界が張られていて滅多なことでは手出し出来ない。
だからと油断していたが、なぜわざわざ対魔境の最強兵器であるキアラを魔境任務から遠ざけてまで学園に配属しているのか、思い出す必要がある。
(やっぱり、誰かが殿下の命を狙っているんだっ……!)
そうであれば、それを阻止するのがキアラの仕事。
せっかくアシェが教えてくれたのだから、実行しなければならない。
さしあたっては、毒入りの飲み物を取り上げることか。
「……でで、でんでん殿下っ!」
焦って話しかけたせいででんでん虫みたいになってしまったが、それはまぁいい。
問題は、どうやって飲み物を変えるかだ。
(やばい、何も考えずに喋っちゃったよ! こういうとこだよ、私の良くない所!
うえぇん、やっぱり極秘任務なんて無理なんだ!
元帥閣下にちゃんとお断りしなきゃいけなかったんだ!)
とはいえ今後悔しても後の祭り。
どうしよう、とキアラが思っている間にアシェがキアラの帽子からぱたぱたと飛び立って、殿下のグラスにぴとりと止まった。
「どうしたんだい、キアラ君?」
アシェが精霊だと知っているルーレスト殿下は、何か言いたげにキアラを見つめてくる。
(ん、きあら、これで大丈夫)
(アシェ、ありがとう)
アシェは帽子に戻ってきたし、解毒もできたようだ。そもそもキアラは魔境戦闘専門なので毒のことは全く分からない。
アシェが居てくれて本当に良かった、と思うキアラだった。
なおも殿下はキアラを疑いの目で見ているが、そこへ救世主が通りがかってくれた。
「キアラ嬢、君も生徒会に入るのか?」
紺髪のプライド高男、コンラート・エルデでも、今のキアラにとってはありがたい。
「……ぅ、ぅん」
「昨日は嫌がっていたのに生徒会に入るんだ? どういう風の吹き回し?」
だが、殿下はまだ離してくれそうにない。
「エルデ君と一緒ならいいのかい? そんなに仲良しなんだね」
ルーレスト殿下には誤解されているようだが、キアラが生徒会に入ろうと決意したのはエルデが居るからではない。
ルーレストに対する暗殺が、キアラが予想していたよりもずっと身近に起ころうとしているからだ。
「……ぃ、ぃぇ」
続きを待つように男2人に囲まれて、キアラは居心地悪くて長い黒髪の毛先を弄る。
「おっ、お前らが今年の生徒会候補か!」
そこへ、次の救世主がやって来てくれた。
「お前は入学式の前に迷子になってたチビじゃねぇか。
俺は3年で書記のルーク・ウェブ。よろしくな!」
「ぁっ、はぃ」
人の顔を覚えられないキアラにも、少しだけ覚えがあった。
入学式前に困っていたキアラを道案内してくれた、ムキムキマッチョな赤髪さんだ。優しい人だったような気がする。
「俺はコンラート・エルデです。生徒会に誘って頂き、大変嬉しく思います。精一杯頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」
先にエルデがしっかり自己紹介してお辞儀をしたので、キアラもしなければならないような雰囲気になってしまった。
「……ぇっと、キアラ、です。お願いします……」
3人の視線からとにかく逃げたくて、深く頭を下げる。
「僕は生徒会長のルーレスト・フォン・ガレス。2人が参加してくれて、心強いよ。
でも、今日のパーティーは生徒会主催のものだから他のメンバーも忙しくてね。
時間が取れないんだけれど、その代わり明日は打ち上げ兼顔合わせをするから、良かったら生徒会室に来てくれるかな」
「はい、もちろんです」
やる気満々なエルデが同意したので、キアラも軽く頷く。
「じゃあ、僕らはこれで。2人も新入生なんだから、歓迎パーティーを楽しんでね」
颯爽と去っていくルーレスト殿下を見送ると、エルデがくるりとキアラの方を向く。
また文句を言われるのではないかと身構えたが、
「キアラ嬢、これからよろしく」
すっ、と握手を差し出されて、キアラは驚いた。
だって、自分みたいな何も出来ない奴が生徒会に選ばれて、絶対に文句がくると思っていたのだ。
でも、エルデはキアラを認めてくれている。
それはきっと人間性じゃなくて実技試験の成績と魔力量での評価だろうけれど、それでもキアラと一緒に生徒会で活動していこうとしているのだ。
「……はぃ」
だから、キアラは精一杯の勇気を出して、その手を握り返した。
やっぱりキアラにとって、誰かの手を触ることは勇気が要る。
傷つけないか、嫌われないか。
そう思ってしまうのはやめられないけれど。
差し出してくれた手を握ると、こんなにも心が暖かくなった。




