16.パーティーの準備
「キアラ、帰ってきたのね。今いいかな?」
腹黒王子との口論とも言えない一方的な話に疲れ果てて寮に帰ると、カリナとソフィアが話をしているところに出くわした。
「……ん?」
「明日の新入生歓迎パーティーのことですわ。キアラちゃんも行くと思いますけれど、どうするのか聞いてみようと思いまして」
「……行きます」
「あらそう、それは良かったわ。一緒に行きましょうね」
ソフィアは嬉しそうだが、キアラにとっては裁判所からの出頭命令の方がまだマシ、と思っている。
「ちなみになんだけどさ、キアラはちゃんとした服持ってるよね?」
「……?」
「パーティーに行けるような、ドレスかワンピースよ。無いなんて言わないよね?」
キアラは、そもそも人生でドレスなんて着たことが無かった。
ワンピースだって、村にいた頃の粗末な木綿の普段着だけで、村を出てからはローブ一択。
魔導六師《殲滅の魔女》としての仕事の時には、専用のちょっと豪華なローブがあるのでそれを着ていた。
その専用ローブは制服のようなものなので、明日も制服で行けばいいかと思っていたのだ。
「……制服で……」
「いいわけないでしょ。ほら、部屋行くよ。
キアラが荷物を準備したんじゃないよね?
真っ当な人なら、ワンピースの1枚くらい、入れてくれてるでしょ」
カリナ的には制服では許せないらしく、キアラの手を引いて部屋へ行く。そこにソフィアが苦笑いをしながらついてきた。
「全然荷解きしてないじゃん! ちゃんとしなさいよ」
カリナの言う通りである。
キアラは基本的に面倒くさがりな性格なので、今いるものをゴソゴソと荷物の中から取り出す、という運用で今日まで来てしまった。
「ほらほら、ここに入れっぱなしだと服もシワになっちゃうよ。
……あっ、やっぱりあるじゃん!
ちょっとシンプルめだけど、学校内のパーティーならこのワンピースでも良いでしょ」
荷物の中から、使えそうな紺色のワンピースを探し出してくれた。
ちなみに出した服はソフィアが備え付けのクローゼットに仕舞ってくれていて、キアラは申し訳ないから手伝おうと思うのに手際が悪すぎて邪魔にしかなっていない。
「必要なものは一通り準備してあるわ、良かったじゃないの。
この荷物、誰が用意してくれたの?」
ぎくり、と思って必死に脳内の設定書をめくる。
たしか……。
「……ぇっと、同じ村のお兄ちゃん。王都で、働いてるの」
「そんな人がキアラにも居たんだね。魔法学園は特殊な物が必要になるのに、ちゃんと揃えてくれているわよ。
凄く頑張って準備してくれただろうから、お礼言っておきなさいよ」
「ぅん」
同郷のお兄ちゃん、というのは部下に与えられた設定だ。もし何かトラブルがあれば、それなりの変装をして学校に来る手筈になっている。
それに、彼も魔法兵団に所属しているということは恐らくこの学校の卒業生だろうから、必要なものを抜かりなく準備出来たのだろう。
「キアラちゃんの荷解き、しちゃいましょうよ。
じゃないと、キアラちゃん一人じゃあしなさそうだもの」
ソフィアにまで呆れた目を向けられてキアラは縮こまる。
でもその視線は出来の悪い妹に向けるような、温かなものを含んでいた。
ものの10分ほどで手際よく荷解きされたものが作り付けの家具に仕舞われ、薬の棚には『キアラちゃんに何かあった時、誰が見ても分かるように』とソフィアが丁寧にラベルを付けてくれた。
友人2人が帰っていった自分の部屋を見ると、なんだか普通の子の部屋のようでキアラは嬉しくなった。
(初めての、私のお部屋。こんなにかわいいなんて!)
踊り出したいくらいにワクワクしていると、勝手に指先から火花が散った。
(あっ、ダメだ!)
意識して気持ちを落ち着け、暴走を抑える。
(やっぱり、気をつけていないと、変な魔法が発動しちゃうな……)
そうやって村の人達を傷つけ、怖がられたのだから、油断してはいけない。
そうだ、とキアラは思いつく。
今日教えて貰った魔力操作をもっと練習したい。
あれがとっても上手になれば、魔法の暴走も減るかもしれない。
ベッドに腰掛けたまま、部屋中に見えない魔力の腕を伸ばす。
鋭くすることも、薄く広げることも出来るけれど、やっぱり自分にとって馴染みのある腕の形が一番コントロールしやすそうだ。
うにょうにょ動く魔力の腕は、この部屋くらいの狭さならどこまででも動かせる。
本棚のような重すぎる物は持ち上げられないけれど、キアラくらいの重さなら平気だ。
「ほにゃあっ」
自分を動かそうとして、盛大に転がってしまった。
「んぎゃっ」
自分が止まっていて、他のものを動かすのは簡単だけれど、自分が動いていると難しい。
試しに部屋の中をぐるぐる歩きながら枕を動かそうとすると。
「わわっ」
落っことしてしまった。
でも、これは練習したら出来るようになれそうだ。
自分を魔力の腕に乗せて運ぶのはそれより更に難しい。見えないし怖いし、どう動かすか迷っているうちに自分が落ちてしまう。
そうしてキアラが魔力操作に夢中になっている間に、アシェは飽きたのか、ぱたぱたと窓から飛んで出て行った。
別にいいや、と思ってしたいようにさせていたが、6時になっても戻って来ない。
(アシェ、何してるんだろう)
いつもキアラの点滴の時間には帰ってきて手伝ってくれるのに、と少し心配になる。
それに、点滴を打つのはひとりで出来るとはいえ、手伝って貰えた方が格段に楽なのだが……。
「……そうだ」
今のキアラには3本目、4本目の腕があるのだ。
魔力操作が楽しくなっているのでベッドに寝転んだまま戸棚から点滴瓶を取り出し、チューブや消毒液も準備する。
鼻唄機嫌で点滴を打ってから、気づいた。
(これ、点滴を魔力で固定しておけば動けるじゃん!)
30分ほどベッドでじっとしているのは仕方ないと思っていたけれど、動けるなら動きたい。
点滴瓶を魔力の腕で浮かせ、ベッドから降りる。
「痛っ!」
うっかり針と腕を固定せずに動いてしまったから、血管の中で針が動いてとても痛かった。
それもちゃんと固定すれば、
(わぁーい。自由だ!)
好きに動けるし、痛くない。
なのでキアラは魔力操作の練習の続きをすることにした。
キアラにとって、魔法は息をするのと同じくらい自由に使えるもので、練習の必要なんてまるで無い。
でも魔力操作は練習すればするほど自分のものになるような感じがするから、人生で初めての感覚にのめり込んでいた。




