6 ある騎士団長子息の崇拝
ユーゴ視点からです。
「なぁんか、最近アルフレッド忙しそうにしてるよねぇ」
学園で行われている授業の合間、レンドルは大きな藍の瞳を細め、クリーム色の癖っ毛をふわふわ揺らしながら、テーブルに両肘をついて、口を尖らせた。
その言葉につられて、俺達はアルフレッドの席を見る。
今日も我らの主の席は、空席になっている。
リーゼンバイス王国の王太子が留学してくる予定になっている事も、アルフレッドに仕事を増やしている原因なのだろうと思う。
「リンクなんか会わなくなって半年近くになるよなー」
寂しそうにドイルは呟く。
思い出してみると、確かにリンクと全然会っていない。
代々王家に仕える裏家業の一族にして、俺達と同じくアルフレッドの側近でもあるリンク。
しかし、表立ってアルフレッドの側近を務める俺達とは違って、リンクは裏からアルフレッドを支えている。
日頃から仕事であちこち飛び回ってるリンクはまだしも、アルフレッドとは最低でも1週間に1回は会っていたのに。
「仕事が忙しいなら、我々にも頼って欲しいですね」
エリアの言葉に、俺達全員が頷いた。
俺達は、俺達の意思でアルフレッドに忠誠を捧げた。
彼こそが国王になるべきだと、出会った瞬間に思ったのだ。
◇◆◇◆◇◆
忘れもしない、長閑な春日和の日。侯爵家の自宅とは比べ物にならない位、豪華で立派な一室に俺達5人は集められていた。
「ユーゴ。ドキドキ、するね」
「うん」
父親が騎士団長と魔術師団長。同じような地位にいた為、昔から交流があったレンドル以外は初めての顔ぶれだった。
お互い簡単な自己紹介は、とうに済ませている。
紺髪に琥珀色の瞳の少年ドイルはとても気さくそうな感じ、黒髪黒眼の少年リンクは冷めたような雰囲気で、金髪金眼の少年エリアは堅そうな性格らしい。
俺達は国王陛下と第一妾妃様から直々に、王太子殿下の側近にと選ばれた。
大変名誉な事だと、12歳にして理解していた。
ここに集まったのは、将来の同僚。若くして側に上がったという事は、将来を期待されていると言っていい。
期待に応えられるように、頑張ろう。
俺はそんな決意を固めていた。
少しの時間だったのか、長い間だったのか。時間感覚が狂う程の緊張の中、俺達の目の前に、漸くその少年は姿を見せた。
一番最初に浮かんだ感想は、――綺麗。
男に使うべきではないが、中性的で穏和な見た目の少年を表すには、その言葉がピッタリだった。
国王陛下と第一妾妃様も美形だったから、王太子殿下も美形だろうと勝手にイメージしていたが、想像以上。
そして、内面から滲み出る高貴さがそれを更に助長している。
金髪碧眼という、ベルンハルト王家やベルンハルト王国高位貴族ではさほど珍しくない色彩が、とても貴く思えたのは初めてだった。
「はじめまして。私の名はアルフレッド・ベルンハルト。皆、今日は来てくれてありがとう」
ニコニコと優しそうな笑みで自己紹介をした王太子は、俺達と同い年なんて思えなかった。
到底及ばない存在。
12歳の春、自分達とは別の人間。神々に偏愛されたとしか思えない主人。俺はそんな尊い人に仕えられる事を誇りに思ったのだ。
同い年という事もあってか、6人が仲良くなるのに時間は掛からなかった。それから間もなく、アルフレッドと名前を呼び捨てにして良いと彼から言われ、俺達は喜んだものだ。
優しい主人を身近に感じる事が出来る――と。
しかし、その思いはすぐに自分達の思い上がりであった事を思い知らされる。
「今日は婚約者を王城に呼んでるんだ。将来、私の妻となる人だからね。早めに紹介した方が良いかなって」
「ああ、そーいえば、エリアのお義姉さんだったよねー?」
「うん」
何時もと比べて些細な変化でしかなかったが、アルフレッドははにかみながら首を傾げたドイルに頷く。
「……出来損ないですよ。母上が仰ってました」
「エリア?」
ボソリと呟いたエリアの小さな声は、アルフレッドには届かなかったらしく、キョトンとした不思議そうな顔をした。
「……アルフレッド、早く、紹介してください」
「え?あ、うん」
いまいち腑に落ちない顔をしていたが、アルフレッドは俺の言葉に急かされて、婚約者を連れてくる為にと一旦部屋から出ていった。
完全に部屋から出ていったのを確認して、俺とレンドル、ドイルはエリアに詰め寄った。
「おい、出来損ないってどーゆーことだよ?!」
「別に。そのままの意味ですよ」
焦った声を出したドイルとは対照的に、エリアは冷え冷えとした氷のような表情でバッサリと切って捨てる。
「だからってなー……。言っちゃダメだろそんな事!」
ガシガシと頭をかいて難しい顔をするドイルに続けて、リンクがエリアに向かって口を開いた。
「つまり、仲が悪いんでしょ?君とお義姉さんはお母さんが違う。前妻と後妻の子供の仲が悪いのはよくある話。お義姉さんのお母さんがいたから、君のお母さんはお父さんと結婚出来なかった。そうでしょ?」
職業柄か、本人の才能からか、既に一人前の仕事をしていたリンクは、俺達側近の誰よりも精神年齢が高くて物知りだった。
だから、5人の側近が揃った時は自然と彼がまとめ役になっていた。
淡々と述べたリンクに、コクリと頷くエリア。
エリアに何と言葉を掛けて良いか分からない空気の中で、アルフレッドが婚約者を連れてやって来た。
「あれ?皆どうしたの?」
鋭いアルフレッドは、この場の異様な空気に気付いたが、何でもないと首を横に振った俺達を見て、追及を止める。
「じゃあ、紹介するね。此方が私の婚約者のエリザベス嬢だよ」
アルフレッドが紹介した少女はプラチナブロンドの緩くウェーブが掛かった髪に、宝石のような紫眼。
アルフレッドと並ぶとまるで対の人形のような、異国情緒溢れる美人だった。
「はじめまして、皆様。エリザベス・フィレイゼルと申しますわ」
身に纏った水色のドレスをつまみ、優雅にお辞儀をする様子は、とてもエリアの言う出来損ないには見えない。好印象さえ、持っていたのだ。
ーーその時は。
◆◇◆◇◆◇
袈裟懸けに振り下ろした剣先を、軽くいなすように刀身で弾かれる。
大幅に逸れた太刀筋に、俺は一瞬息を詰める。
僅かに出来た隙を彼女が見逃す訳がなく、ピタリと俺の首筋にヒンヤリとしたものが当てられた。
「ふふっ、これで五分五分ね」
そう言いながら、刃を潰した剣を引いた彼女ーーエリザベス・フィレイゼル公爵令嬢は、1つに括った輝くプラチナブロンドの長い髪を揺らした。
無意識に止めていた息を大きく吐き出すと、赤髪に琥珀色の瞳という俺と同じ色彩を持つ男ーー父親である近衛騎士団長が恐ろしい顔でこちらを見ているのに気付いた。
近衛騎士団の練習場で、一介の公爵令嬢と互角で戦っているのだ。
次期近衛騎士団長と言われている俺が。
父親の面を汚しているのだ。
俺が弱いから。
エリザベス嬢に負けたら、その日は修行漬けの1日になる。いつもの友達と遊べない。趣味である城下を散策したりも出来ない。
これでも、他の現役の近衛騎士よりも強くなるだろうと言われているのに。
エリザベス嬢さえ、居なければ。
俺は胸を張って、アルフレッドの矛になれるのに。
父親から、怒られなくて済むのに。
――後日。エリアとリンクから、アルフレッドとエリザベスの婚約について、俺達は詳しく聞いた。
「国の為の政略結婚なんだって。アルフレッドとエリザベス嬢は」
相も変わらず淡々と述べるリンクに、俺達は無意識に拳を握り締めた。
王太子殿下という事だけで、アルフレッドには自由がない。
分かっていた、事だった。
それでも、自分達の主人が愛する人を決められないという事実を、俺達は受け入れられなかった。
長剣技では俺の父親である騎士団長と良い勝負をし、将来確実に騎士団長を抜くと言われ、魔術の扱いは一流の域に片足を突っ込んでいる。
勉強も同級生は遥か及ばず、上級生でさえも舌を巻く程。
それなのに自慢せず、温厚で誰にでも優しい。
まるで絵本から抜け出てきたかのような、完璧な王太子様。
アルフレッドは常に国に縛られているのに、息をつく時間さえも与えられないのか?
確かにエリザベス嬢は優秀で、アルフレッドと並んでもお似合いの美形だ。
でも、俺はどうしてもこの婚約に賛成出来なかった。
「……アルフレッドが、可哀想だ。国の為の犠牲じゃないか」
俺の呟きに、皆口々に賛同した。
当たり前だ。
それから、俺達のエリザベス嬢を見る眼はとても厳しくなった。
彼女がアルフレッドと競い合うように学園で首席の取り合いをするのも、アルフレッドと外務大臣と一緒に外交についての話し合いをするのも、彼女がアルフレッドと二人きりで遊ぶのも気に食わない。
彼女が女にも関わらず、俺の父親が長を務める騎士団に出入りするのも、気に食わない。
おまけに騎士見習いを圧倒している程強いから、納得いかない。
アルフレッドの隣にいるべきなのは、男勝りな女ではなくて、アルフレッドを癒してくれるような女だ。
断じてエリザベス嬢なんかじゃない。
アルフレッドは将来王妃になるのだから、男勝りであるくらいが丁度良いと穏やかに微笑んでいたけれど、俺達は納得出来なかった。
だから、ジェニーが現れた時は、漸く理想の女性を見付けたと感じた。
可憐で、元気がよくて、一緒にいると癒されるような少女。アルフレッドと並んでもお似合いの美形。
だから俺が一番最初にジェニーに惚れたけれど、他の皆がジェニーを好きになっていくのを見て、嫉妬はしなかった。
アルフレッドとお似合いの女性だ。皆から好かれるのも頷ける。
幸いジェニーもアルフレッドの事を好いてくれた。アルフレッドの態度はいまいち分からないが、エリザベス嬢と婚約破棄した位だから、ジェニーに惚れているのだろう。
ただ、王太子という身分にいる為、表立って好き嫌いを言うことが出来ないだけで。
アルフレッドの負担を少しでも減らすのが、俺達の仕事。
せめて彼が自分で愛する人を決められるように――。
王太子の矛という役目を、女なんかに盗られたくない。
自分の友達が困ってると助けたくなる。
そんな友情に狂信者の崇拝と、醜い男の嫉妬が重なった結果。
まだまだホラー感が足りない気がす(((
誤字があったので3と4話改稿しました。
タグにホラーを付けようか、どうしようか、迷い中……。




