31 ただいま
戴冠式の招待客が全員帰国し、漸く全ての事が落ち着いてきた。
王城の大規模な人員替えをした最初の頃は、混乱する所がいくつもあって俺も対応に追われていたが、今はほとんどない。
新体制が正常に機能し始めていた。
そんなある日の昼下がり、俺は正装をして鏡の前でどこかおかしい部分がないか確認していた時の事だった。
俺の様子をアンクとセイドリックがおかしそうに見る。セイドリックはあれから拷問を受けたらしく重傷で救出されたが、流石は暗部の人間というべきか、次の日にはピンピンしていた。それでも今でもガーゼや包帯は取れていない痛々しい姿ではあるが。
そんなセイドリックが不意に思い出したように言った。
「王子、そろそろ俺も後継者作らないといけないなって思ってるんですよ。寿命もあんまり残っていないだろうし」
「え」
セイドリックの言葉に、俺は目を見開く。
魅了持ちは珍しい。俺が受け継いでいないように必ず親子に受け継がれるとは限らないみたいだが、受け継がれる可能性があるのなら、為政者としてはセイドリックに子供を沢山作れと命令するべきなのだろう。
「って事で、休暇下さい休暇。子作り休暇ですよ。ちょっと良さげな女の子何人か見つけてるんで、子供作ってきます」
「子供って……こんな軽い感じで作るものなのか?……いや、絶対違うよな。セイドリックがちょっとズレた考え方してるだけか?」
「いえ、ちょっとじゃなくて、かなり俺達ズレてるんですけどね」
首を捻った俺に何故かセイドリックが突っ込む。やっぱり暗部の思考がズレているのは自覚していたらしい。
為政者としては歓迎すべき申し出だったので、少しの後ろめたさを感じながら休暇を出す。今回の件でセイドリックはかなり働いてくれていたし。
「セイドリック。子供作るのはいいが、ちゃんと可愛がれよ」
「勿論ですよ。俺めっちゃ子供好きなんで、ちゃんと暗部の技術仕込みます!」
「可愛がり方が違う気がする?!」
俺の叫びにアンクが少しだけ柔らかい表情を見せながら、説明してくれた。
「伝わりにくい知れませんが、やっぱり実の子はほんと少しだけ違います。可愛いからこそ手元に置いて可愛がるだけじゃないんです。彼らの為になりませんから」
「そうなんですよ。手元に置いておくだけじゃ、将来困るのは子供なんすよ」
「それはそうなんだが、少しズレてる気もする……」
やっぱり、アンクでも自分の子供には情を感じるのか……。
「王子の父親である先王陛下もまあ私達と似たり寄ったりかもしれませんね」
「……え?父上が?」
「ええ」
いきなり父親が出てくるとは思わずに、眉をひそめる。アンクは頷いた。
「第一妾妃様から王子を遠ざけたのも、王子に私達を付けたのも、王妃様に王子の教育をお願いしたのも、全部先王陛下のご指示です」
「は?!そうなの?!」
「ええ。第一妾妃様の魅了が原因だと我々が気付けたのも、先王陛下のお陰です。最初は、先王陛下の豹変は精神のご病気だと思われていたんですよ」
脳裏に、父上の最後が蘇る。
逃げろと、俺に言った。何が何だか分からなかったけれど、全部俺を逃がすために父上が動いていたんだとしたら。
「どうして……、どうしてそれを言わなかったんだ?」
「先王陛下の、ご命令でしたので。全部終わるまで言うなとの」
「そっ……か」
「王子が産まれたすぐ後には、先王陛下の自我はほとんど残っていなかったように思います。第一妾妃様付近へ暗部を送り込んでも返り討ちにあったり、帰ってこなかったり。それに、先王陛下ご自身が第一妾妃様を害するような言葉を仰ることが出来ない。そして、先王陛下は諦めたのです。自分自身が助かる事を」
考えてみれば、おかしかったんだ。
国のトップが狂った国が、なんでここまで長い間機能できてたのかって。
「議会や大臣達や文官達に自分が居なくても政治が回るように細かく仕事を預け、国家の重要機密に関する記憶を禁術の魔法で消してくれと我らにご命令なさいました。そうして、先王陛下自身が傀儡となりました。王妃様と王子を逃がすために、国を少しでも長く存続させるために、先王陛下ご自身が王妃様達を害さない為に」
「おれは……、俺は、大切に思われていたんだな」
「ええ、それはもう。そしてそっくりですよ。先王陛下も王子も」
「……そうか」
なんだか実感が湧かない。父上の行動はなんだか今回の俺と通ずる所がありすぎて、思わず苦笑いをこぼした。
そんな俺にアンクは思い出したといったように、瞳を瞬かせて爆弾発言をした。
「ああ、子供と言えば王子と同い年の私の長子が修行の旅から帰ってきたんですよ。かなり使える人間になって帰ってきたので、私の後継として育てていきます」
「…………は?」
「ちょ、アンクの兄貴結婚してたんすか?!つか、子供いたんすか?!しかも王子と同い年?!それ突っ込み追いつかないんだけど?!」
あんぐりと口を開けた俺と、同業者なのに知らなかったらしい引きつった顔をしたセイドリック。
「籍はないので内縁の嫁……という事になるんでしょうか?まあ、お互いの利害と条件が一致したので後継者作っただけです。相手は同業者だからその辺り楽ですよ」
何だろうか、この倫理観と夢のない彼らの男女関係の話は。これから恋人に会いに行く男にする話じゃないだろう。
というか、ちょっと待て。
「……アンク、お前年はいくつだ?」
「忘れました」
どう見ても二十代半ばにしか見えないアンクは、真顔で言った。
◇◆◇◆◇◆
「だ、大丈夫だよな……?どこもおかしい所ないよな?」
「さっき散々鏡の前でチェックしてたじゃないっすか。……なんでそんなにガチガチなんすか?」
「久しぶりだからだよ!」
襟元を気にしながら、後ろに控えるセイドリックに聞くと、呆れたように返される。
……あんな別れ方して、1人だけ外国へ亡命させて、やっぱりエリは怒っているだろうか?いや、怒ってそうだな……。胃が痛い。
「王子、便秘で悩んでるような顔してますよ?」
「違う!俺は本気でエリとの仲で考えてだな……」
客室の扉の前で頭を抱える俺に、セイドリックは大きな溜め息を1つついて客室のドアノブに手を掛けた。
ギョッとする俺にお構いなく、扉を開け放って俺の背中を押す。
「ちょ……?!」
「ほら、案ずるより産むが易しって言うじゃないすか。頑張ってくださいね!」
「ちょ、おい!セイドリック!?」
力ずくで部屋の中に俺を入れたセイドリックは俺の叫びをまるっと無視して、扉を閉める。
未婚の令嬢と二人きりでいいのかとか、いやそもそも二人きりとか今まで沢山あったじゃないかとか、突き放すように逃がしたから今更どんな面下げて謝ればいいんだとか、
「アル、久しぶり」
彼女の声を聞いただけで、なんだかもう、全部がどうでもよくなったんだ。
振り返ると、最後に見た時より少しだけ髪の毛が伸びたみたいで毛先もきちんと整えられている。
少し気恥しそうにはにかむ彼女は本当に愛らしくて、引き寄せられるように俺は彼女の元へと駆け寄って、自分の腕の中にぎゅっと収めた。
「……ただいま。エリ」
「ふふっ、それ逆なんじゃない?」
「確かに、そうだけどさ」
エリが俺の背中に手を回す。そして、子供をあやす様に数回俺の背を撫でた。
「なんで1人で背負い込んだのとか、私も隣に立って戦いたかったとか、会ったら沢山文句言ってやろうって、思ってたの」
「うん」
「でもね、会ったらもうそんな事どうでも良くなっちゃってね。私、アルの無事な姿見て安心した」
「……うん」
エリは俺の背中に回した腕に少し力を込めて、胸に顔を埋めたまま、静かに言った。
ーー「お疲れ様。私を、私達を守ってくれて、ありがとう」
肩の上にのしかかっていた重さが、すうっと消えて行くのを感じた。胸の奥に詰まっていた鉛が落ちて、どこかに転がって行った。
たった一言。だけど、その一言で今までの辛さが報われた気がした。
頑張ったんだ。
大好きな人を泣かせた。
もう二度と会えないかもしれないって思いながら、手を離した。俺とこの国と共に沈ませたくなかったから。
幸せになって欲しいって、願ってた。
ずっとすぐ側にいた、友達だと思っていた人達も全員居なくなった。
父親を殺された。母親を手にかけた。
それでも俺は未来を見て動かなければいけなかったから、ずっと走ってた。この国の為に。
それが当たり前で、誰かに労われることもお礼を言われることもなかったから。
「…………うん」
彼女が傷付いて悲鳴をあげる弱い心を救いあげてくれるから、俺はここに立てるんだって改めて実感した。
滲んだ視界を誤魔化すために瞬きを繰り返しながら、努めて明るい声で問い掛ける。
「そういえば、エリザベス・フィレイゼルはもういない人になっちゃったから名前どうする?」
「新しく名乗る名前よね?私は別にこだわりないから、アルが呼ぶエリでもいいのだけれど……」
「駄目。エリは駄目」
「え?なんで?」
ぱっと俺の胸から顔を離して目を丸くしたエリ。
理由を言ったら子供っぽいと思われそうで嫌だったのだが、しつこく追及してくる彼女に根負けして渋々明かす。
「なんかさ……エリって呼び名、俺だけが呼んでたから他の人に呼ばれたくないなあっていうか」
「あら、独占欲?」
とても楽しそうに目を煌めかせたエリがニヤニヤと笑うので、そうだよ!と半ばヤケになりながら認めてしまった。
「それじゃあ、エリザにするわ。呼び名がエリでも不自然ではないでしょう?」
満足そうに微笑む彼女に暫く名前の話でからかわれそうだと予感しながら、俺も彼女の新しい名前に同意する。
くっ付いたままだったエリから身体を離し、彼女の手を取り、跪く。
「それでは改めて、エリザ嬢」
「はいはい」
「俺と、結婚して下さい」
改めてしたプロポーズの言葉にエリは一瞬大きく目を見開き、やがて本当に幸せそうに穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
ーー「はい。改めて、よろしくね」




