2 居なくなった婚約者
携帯の機種変更等でバタバタしてました。
今までとは勝手が違うので、操作が難しい⋯⋯。
多分これで、今まで通りに投稿出来てると⋯⋯思う。
「いいですか?貴方は将来国王となられるお方です。国王は国の頂点に立つ身分故、常に全ての者が貴方に膝をつくでしょう。国王は彼らを平等に扱わなければならないのです。愛も、情けも、施しも。しかし、王妃となる方は例外です。貴方と対等に接する事が出来、貴方が唯一特別視することが出来る存在なのです」
この件が決まってから、今日に至る間まで、口酸っぱく王妃様に同じ事を言い含められてきた。またか、と思いながら頷く。
「わかっております。将来、私の妻となる人でしょう?大切にしたいと思っています」
――8歳。自分を取り巻く環境が特別だと、理解し始めている頃だった。
俺を育てて下さっている王妃様が、俺の生みの母親ではない事、王妃様が国王陛下から見向きもされていない事も、周囲にいる召し使い達の噂話で知っていた。
自分が子供らしい子供ではない事も、時折訪ねてくる貴族達も品定めしているような不躾な視線を俺に向けてくる理由も分かっていた。
常に俺は試されているのだ。
次代の国王として。
一人称を俺から私に変えて、精一杯弱味を見せないように、聡明であるかのように振る舞った。
俺の為、というよりは、王妃様の為に近かった。
王妃様の教育はとても厳しくても、頑張っていた。
それでも俺の“母親”だった。王妃様を毛嫌いして、王妃様の元にいる実の息子に滅多に会いに来ない生みの母親より、王妃様は俺の“母親”だった。
だから、女として国王陛下に愛されず、臣下からも蔑ろにされ続けてきた王妃様が俺の教育に失敗したら、王妃様の立場が完全に無くなってしまうのだ。
何よりも、俺の唯一の“親”の為に。
動機はそんな感じだったと思う。
俺の祖父である先代ベルンハルト王国国王は、隣国リーゼンバイス王国との関係を強化する為に俺の父上とリーゼンバイス王国の王妹殿下であった王妃様を婚約させた。そして次代ベルンハルト王国国王の血にリーゼンバイス王国を混ぜようとしたのだ。
この思惑は、父上が王妃様を蔑ろにした事で崩れる事となる。
大国ベルンハルト王国と同じく大国であるリーゼンバイス王国の政略結婚は、周辺諸国への牽制でもあったのだ。
だから、何としてでも父上と王妃様の結婚は成功させなければならなかった。
結果は、失敗。
父上が俺の生みの母親である第一妾妃ばかりを可愛がり、王妃様をベルンハルト王国から追い出してしまったせいで、リーゼンバイス王国との友好関係は揺らいでいるのが現状。
だから、少しでも友好関係を周辺諸国にアピールする為、俺はリーゼンバイス王国に留学していた。
俺とエリザベス嬢が婚約を結んだのも、これが大きく関係している。
王城の一角にある一室で、俺と彼女は出会った。
俺は王妃様に連れられて、彼女は父親であるフィレイゼル公爵に連れられていた。
「はじめまして、エリザベス・フィレイゼルと申します」
俺と同い年の小さな令嬢は、ふわふわとした桃色のドレスを手でちょこんと摘まみ、優雅にお辞儀をする。
誰もケチを付けられない程の整った完璧な仕草。それだけで、彼女がちゃんとした教育を受けているのだと分かる。
結い上げたプラチナブロンドの髪、アメジストを連想させる大きな瞳。人形のように整った顔立ちの彼女の色彩は、王妃様と同じ。
異国情緒溢れる彼女の母親は、王妃様のご出身であるリーゼンバイス王国の公爵令嬢だという。
フィレイゼル公爵と見比べて、彼女は母親の血が現れたのだろうと、瞬時に推測した。
俺は彼女の前で片膝をつき、手を差し出す。
「はじめまして、私の名はアルフレッド・ベルンハルト。今日は来てくれてありがとう。これから末永くよろしくね」
ニコリと微笑むと、彼女はゆっくりと差し出した俺の手に自身の手を重ねた。
ほんの少しの違和感を感じたが、その白い手に俺はキスをする。
決められたシナリオ通りのやり取り。それを終えて王妃様がフィレイゼル公爵に、後は二人きりにさせようと提案し、フィレイゼル公爵は頷いた。
パタンと彼らが出ていった扉が閉まると、沈黙が降る。部屋には俺と彼女が残された。
俺と彼女の二人だけ。
取り敢えず彼女に席を勧め、ソファに座らせる。俺は彼女の向かいに座った。
弱った……と、真っ先に俺は困惑した。
令嬢を楽しませる話術等、身に付けていない。
男同士の話題は事欠かないが、相手は女の子。どうしたものか、と途方に暮れる。
でも、これから先の長い人生は、彼女と一緒に過ごすのだ。距離は縮めておいた方が絶対に良い。
「エリザベス嬢。よければ、愛称で呼んでも?」
悩み抜いた末、出てきたのはそんな言葉。まぁ、悪くはない話題だった。
「ええ。構いませんわ」
「親しい方には、なんと呼ばれてるの?」
「エリザベスと」
そのまんまなのか。
これは俺もエリザベスと呼んだ方が良いのか?
いや、でも愛称で呼んで良いか聞いちゃったし、それを撤回するのはいかがなものか。
「じゃあ、愛称を考えてもいい?」
「ええ」
緊張しているのか、そうでないのかは分からないが、エリザベス嬢は機械的に頷く。
それが更に、彼女を人形のように見せていた。
「エリザベス……、エリザ、エリ……。うん、エリにしよう。じゃあ、改めて。これからよろしくね、エリ」
「はい」
先程とは違い、握手を求めるように手を差し出すと、彼女は躊躇いなく、俺の手を握り返す。
再び感じた違和感。
それは、令嬢には出来ないはずの剣だこがあった事だ。
何か武芸でもやっているのか?公爵家の令嬢なのに。
まあ、それは追々聞こうと決め、俺は彼女に笑かけた。
これから先を共に過ごす唯一の存在。
俺が特別視して良い存在。
王妃様が選んだのだ。血の繋がりも重要だろうが、それだけではなく、彼女は優秀で信頼出来る人なのだろう。
今までに居なかった婚約者という存在に、俺は歓喜したのだ。
今まで数多くのモノを与えられてきた。それでも、手に入らないものがあった。
俺が一番欲しかった存在。
部下相手では絶対出来ない、俺を俺個人として、王太子じゃない俺を見てくれる人が欲しかったのだ。
「エリ、俺の事はアルと呼んでくれると嬉しい。敬語も要らないよ。俺達は夫婦になるのだから、お互いを信頼し合って、支えられるような関係になりたい」
俺の希望に彼女は目を瞬かせる。そして、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべた。
ここで初めて、彼女の人間らしい顔を見た。
「うん。アル、よろしくね」
俺より一回り小さい手にギュッと力が籠る。その仕種だけで、俺の胸にじんわりと温かいものが広がった。
政略的な婚約だった。
それでも間違いなく、この時俺は彼女に恋していた。
芽が出たばかりの、小さな恋だったのだ。
◇◆◇◆◇◆
それからというもの、頻繁にエリザベス嬢は城に遊びに来て、俺も度々彼女の家にお邪魔した。
城へ来る理由は、遊びだけじゃなくて、王妃教育の為もあったけれど、一緒に過ごせる時間はとても楽しかった。
側近達が出来ても、彼女と二人の時間を大事にした。
それでも、側近達が出来たことに対して彼女は“アルを取られたみたい”と、嫉妬したけれど。
少しだけ嫉妬深い、優秀で綺麗な婚約者だった。
常に何もかも与えられてきた俺が、とても欲しかったものをくれた人だった。
――彼女の美しいプラチナブロンドが、脳裏に焼き付いて離れない。何もかも見透かしてしまうような、アメジスト色の瞳が俺を射抜く。
『アル、約束ね。破っちゃ駄目よ?』
『うん。いつか必ず』
無邪気に笑い合ったあの頃から、彼女は大切なものをずっと俺にくれていた。
俺達の間にあった想いは、きっと言葉では表せない位、複雑に絡み合っていて、マイナスの感情もプラスの感情も多すぎる。
俺は、守れなかった。
“親”だった王妃様が俺の前から去り、“婚約者”だった公爵令嬢は死んだ。
俺の大切なものは、俺の手のひらからポロポロと抜け落ちていくように。
彼女も一緒に落としてしまったのかもしれない。




