嘘のつけない銀星人
「愛毒って何だそれはって?」
俺は何も言っていないのに、ヒメカ・オイは俺の思考に答えた。
「そんなことをオレが言うわけないだろう。オマエラがもつ愛情とかいうやつは銀星人にとって毒であり、だからオレが造ったこのアンドロイドにとっても毒だったなんてことは」
「い……、言ってるじゃないか」
「言ってない。そんな銀星人が地球人に対して弱みを曝すようなことをオレが言うわけがない。オレを愛したりしないでくれよ。オレまでコイツみたいに溶かされちまう」
所長の言ったことを思い出した。
思考を読める異星人は、その思考がダダ漏れだから、嘘をつくことが出来ない。そういう異星人の国には嘘という概念がないのだ。
あの老人トクダ・ナリも直接会って話したらこんな感じなのだろう。だから頑なにモニター越しでしか会話をせず、所長が「直接会って握手でもしよう」と言ったら拒んだのだ。
「ああ、まぁ、そういうことだな。トクダ・ナリはオマエラと直接会うつもりはないぞ」
「……筒抜けだな」
「ああ。だからオマエ、口で喋るなんて面倒臭いことをするな。そんなのモニター通話の時だけでいいだろう。わけがわからん」
アーリンの様子をチェックしながらそんな思念をダダ漏れにさせるヒメカを呆然と見つめながら、俺は思った。思ったことに対する言葉をすぐにヒメカが頭の中に送って来る。
「オレが男か女かなんて、どうでもいいだろう。そんなに重要か、そこ?」
とりあえず身に着けている白い宇宙スーツのような服の上からは、どちらとも読み取ることは出来なかった。膨らみもくびれもなく、つまようじのように華奢な体型だ。これならひ弱な研究員の俺でも……
「戦ったら簡単に勝てそうとか思うんじゃない。怖いだろ」
「あっ……、すまない。つい、思ってしまった」
「こう見えてほんとうは強いんだぞ、オレ。襲いかかって来たら後悔させてやるぞ。なんてのは口だけで、ほんとうは何も出来ないんだけどな」
プッと吹き出してしまった。
なんだかコイツはいいやつだと思えた。口は悪いというか何も包み隠さないが、それだけに悪い企みを隠していないのもバレバレだ。
俺もみんなから『嘘が苦手なヤツ』とか『裏表がない』とかよく言われる。自分がそういうやつでよかったと思った。
「裏表ないって、そんなの当たり前だろ。ってか、何度も言うがオレを愛するなよ?」
そんな思念を俺に送りながらアーリンを診るヒメカに、試しに俺は口を動かさずに思念で聞いてみた。
「直りそうか?」
「まぁ……、大丈夫だろう」
「ほんとうか!?」
「ああ……。幸いAIチップは無事だ。体さえ動かせるようになれば生き返る。さすがは天才であるこのオレが造った傑作アンドロイドだ」
俺の頭の中に、生き返ったアーリンの笑顔が花開いた。嬉しそうに抱きついて来ると、俺の唇をついばんで来る。ヒメカにツッコまれた。
「……っていうかオマエ、へんな妄想するな。まぁ、オマエラから見てコレは相当かわいいだろうから無理もないんだろうが……」
「うん。アーリンはとてもかわいい」
思わずお礼の言葉を思念で伝えてしまった。
「アーリンを造ってくれてありがとう」
「どういたしまして。コレは地球人に気に入られることを目的として地球人好みのデザインに造ったから当然なんだけどな。ユイ・コレルの造ったあの新しい男性型イケメン・アンドロイドも地球人の女性からキャーキャー言われてるらしいな。オレの造ったコイツのほうがグッド・デザインだと思ってくれてありがとうな、オマエ」
「俺に出来ることはないか? 協力する」
「っていうか、オマエの協力がないと出来ない。部品を調達してくれ。パーツショップ街みたいなものはあるか? あるんだな? じゃあそこで部品を集めて来てほしい。オレ? オレは行けない。そんな地球人の多いところに行ったら頭の中が汚物でいっぱいになっちまうだろうが」
ヒメカに必要なものを聞き、それをメモしたものを持って地下道に車を走らせた。
あいつは『パーツショップ』と言っていたが、地球の常識とは色々と違うようで、どう考えても八百屋でないと入手出来ないものや、いかがわしい夜の店で手に入るものなども含まれていた。幸い、入手出来ないものは含まれていない。すべて仕入れて帰ることが出来るはずだ。貴金属類も多くあったが、それらは研究所に既にあるものだった。
地下街はたくさんの人で賑わっていた。
アーリンの複雑怪奇な構造に触れ、銀星人の科学技術力に劣等感を抱きそうになっていたが、ここに来ると地球人のそれも大したものだと思え、矜持を持てる。
開放感のある空気を地下に作り出しているのは意外なほどにコンパクトな空調装置だ。さまざまな色のLEDが色とりどりの建物を飾り立て、楽しげな雰囲気を醸し出している。
頭上には空のヴァーチュアル映像が広がっている。
しかし、それはあくまでも偽物だ。
手を伸ばしても空に触れることなど出来ないが、それでも本物の空には触れられそうな親しみやすさと永遠の謎のような神秘性があった。
偽物の空には、特に俺のような科学者には、仕組みのわかりきっている退屈さしかないとも言えた。
同じような雲の動きが、けっして悪化することのない青空を流れているのを見続けていると、ミアが外に出たがった気持ちがよくわかる。
そして地下に海は、ない。
見ようと思えば海の映像を見ることは出来る。しかし、潮風に吹かれ、海水に足を浸すことは、本物の海へ行かないと叶えることは出来なかった。
生命の源たる海に、今は誰も行くことが出来ない。
波と戯れているところにオオカミがやって来れば、人間は豆腐になって波に攫われる。それどころか海に辿り着く前の道端で崩れた豆腐にされることだろう。
「おや、大神先生。珍しいですね」
俺が顔を覗かせると、八百屋のおばちゃんが気さくに話しかけて来た。
「今日は奥さんはご一緒じゃないんですか?」
俺は曖昧に笑いで答え、ヒメカに頼まれていたオクラを買った。
頼まれたものをすべて入手し、ヒメカの待つ研究所へ車を走らせた。
オクラ、蠟燭、避妊具、わかめオイル、針金、木炭──魚介類がないのが幸いだった。地下街に魚屋はない。それが必要だと言われたら海まで行って獲って来なければいけないところだった。
「よし、じゅうぶんだ」
ヒメカは俺が買い揃えて来たものを見ると、無表情にうなずいた。
「これでアンドロイドを修復出来るぞ」
その言葉を聞いて、俺は笑顔が漏れた。
修復作業を始めたヒメカの魔法のような手つきを見ながら、気になっていたことを色々と聞いてみることにする。
「ところでアーリンはどうしてかわいいんだ? おまえたちがアンドロイドを魅力的なデザインにして造るのは一体なぜなんだ?」
「戦うことなくして地球人を支配するために決まってるだろ。オマエラを気持ちよくさせて、オレたちに対する印象をよくして、警戒心を緩ませて、懐柔するんだ。こんなこと地球人に知られたらヤバいんだけどな」
「アンドロイドを派遣して地球を守ってくれるのも、やはり行く行くは支配するためなのか?」
「当たり前だろ。オレらの星は資源が枯渇してて、環境も破壊し尽くしちまってるから、地球に移住したいんだ。だがオマエラの思念は汚すぎて毒だから、そのまま地下に籠もっててほしいんだよ。こんなこと地球人に知られるわけにはいかないんだけどな」
なるほど、オオカミから地球人を守ったことを恩に着せて、地上に銀星人の国を作りたいわけか、と納得した。ヒメカは面白いやつだが、そんなことは拒まなければなと思った。
「ほら、拒むだろ? だから地球人に知られちゃいけないんだ」
「大丈夫だよ。銀星人と仲良くなれそうな気はして来た。特におまえとは、な。仲良くやって行けそうだ」
「褒めるな、気持ち悪い、バカ。絶対にオレのこと、愛したりするなよ?」
そう言いながら、ヒメカの無表情が少し崩れ、照れ笑いのようなものが浮かぶ。
いきなり部屋のモニターが点いた。
その中にトクダ・ナリの顔が現れるなり、言った。
『オイ、帰って来い』
「はあ?」
ヒメカが初めて口を開け、そこから声を出した。
「何言ってんだ、トクダ・ナリ。オレはコイツを修復するんだよ」
思念とまったく同じ、男なんだか女なんだかさっぱりわからない声だった。
『オマエ、地球人に情報を漏らしすぎだ。けしからん。帰って来たら刑罰だ』
「け……、刑罰?」
たじろいだのはヒメカでなく、俺だった。
「刑罰って、どんな……?」
「構わん。何をされようが、オレはこのアンドロイドを修復する」
ヒメカが無表情にそう言い切った。弱そうなその横顔が初めてかっこよく見えた。
『いいから帰れ。オマエは我々の計画を破綻させる気か。今、年老いたものをそちらに遣った。強引にでも連れ戻す』
「あっ」
ヒメカが俺に口で言った。
「こりゃだめだ。オレ、連れ戻されるわ。年老いたものにはとても勝てん」
「そうなのか?」
「ああ。だからオマエ、オレに代わってコイツを修復してくれ」
「そんなこと言われたって……! 俺にはさっぱり……!」
「オレの知識をオマエの脳に移す」
ヒメカがそう言うなり、俺の頭が激しく軋むように痛んだ。
「それを使ってどうかオレの最高傑作を蘇らせてくれ」
「刑罰って何をされるんだ?」
心配だった。相棒と呼んでもいいと思い始めていたヒメカがどんなことをされるのか、想像すると胸が痛んだ。
「まさか……殺されたりは……」
「銀星人は平和なものたちだ」
ヒメカはその、彼らにとっておぞましいらしい刑罰の正体を口にした。
「愛玩犬にたくさん囲まれて、やつらからさんざん懐かれるんだ。おぞましいが、死ぬわけではない」
「なんだ天国じゃないか」
「地獄だよ」
空間に裂け目が生まれたかと思うと、そこからヒョロガリの銀色のカマキリみたいな老人が二人、出て来た。
「オイ、オマエを連れ戻す」
「メスカマキリには勝てんぞ」
意味のわからない言葉でヒメカを両側から捕捉すると、にっこり微笑み、やわらかな物腰でヒメカを連行して行く。
「ヒメカ! 最後に教えてくれ!」
俺はその背中に向かって叫んだ。
「アーリンの動力はほんとうに銀なのか? 水銀ではなく? 銀は鉄より重いはずだ! あのアーリンの羽毛のような軽さは、一体……!?」
しかしヒメカは俺に気さくに手を振ると、カマキリのような老人二人とともに空間の裂け目に消えてしまった。
最後まで悲壮感などひとつもなかった。あいつが言った通り、銀星人というのはどうやら平和なものたちなのだろう。モニター越しの会話では不快に思っていたが、なんだかこの宇宙人たちとなら友好的にやれそうだと俺は感じ始めていた。




