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【連載版】シルバー・アーリン 〜 人間型兵器彼女との約束 〜  作者: しいな ここみ


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8/11

愛毒に死す

 アーリンが戻って来るかと期待し、1時間ほど待っていたので、遅くなった。研究所に戻ると、みんながなんだか騒いでいる。


「どうしたんですか?」


 廊下に立って二人で何やら深刻そうに会話をしている女性研究員たちに声をかけると、信じられない答えが返って来た。


「アーリンが……」

「シルバー・アーリンが……オオカミに負けたのよ!」


 彼女らが何を言っているのかわからず、一瞬言葉を失った。


「まさか……」

 冗談だと思って、俺は笑った。

「ありえないでしょう。そんな……」


「遺骸を防衛隊の方たちが回収して、これからここに運んで来るらしいわ」

「もう着いてる頃かも」


 口から何も言葉が出て来なかった。

 信じたくなかったが、彼女らに冗談を言っている様子はまったくなかった。

 運び込まれるなら、あそこだ。──第1ラボラトリー。

 無言で女性研究員二人に背を向け俺は廊下を駆け出した。




 駆け込むようにラボラトリーに入ると、藪龍そうりゅう所長の背中が影に濡れていた。それがゆっくりと振り返る。


「大神くん……」

 厳つい顔に、ニイッと笑いが浮かぶ。

「いい実験体が手に入ったぞ」


 所長の前にあるガラス台の上に乗っているものを見て、俺は絶句した。


 アーリンだったものだった。

 腰から下のなくなった、アーリンの上半身だけが、壊れた機械部品のように、そこに乗せられていた。

 やわらかだった銀の長髪は熱で縮れ、頬には抉られたように、おおきな傷が刻まれている。俺を見つめて笑っていた青い瞳からは光が失われていた。


「あ……ああ……」

 絶句していた俺の口からようやく漏れたのは、言葉というより嗚咽だった。

「アーリン!」


 おそるおそる近づいて、傷のついていないほうの頬に触れた。ニセモノなんじゃないかと疑い、その顔をあらゆる角度から眺めた。つい二時間ほど前まで愛くるしかったその姿が失われてしまったことを、俺はようやく認めざるをえなかった。


「なんだ、またメソメソと……」

 所長が呆れて言う。

「ただの機械じゃないか。しかもあのいけすかん銀星人の作ったものだぞ? 情なんぞ移しおって」


「所長、準備が出来ました」

 若い女性研究員が言った。

「どこから分解いたしましょう?」


「分……解?」


「ああ。これを分解して解析し、構造を調べるんだ。ほんとうにいい物が手に入ったものだ。我々の手でシルバー・アーリンを量産出来るかもしれん」


 所長のおぞましい言葉に激昂してしまった。


「待ってください! なんでそんなひどいことを……!」


「ひどい? 何を言っとるんだね、君は」


「彼女は機械だが、人格がありました! 一人の人間でした! それを……」


「めんどくさいな、君……。銀星人も言ってただろう、勘違いするなと。君は人工知能に人格を認めるのか?」


 アーリンを守るように、その頭から腰までを抱くと、俺は所長に聞いた。

「……一体なぜ、シルバー・アーリンはオオカミに負けたのですか?」


「ウム……。それがわからん。モニターで見ていたが──、オオカミの光線を例の翼で防いだかと思ったら、あっさりと空中で爆発し、撃ち落とされた」


「所長!」

 自動扉を開け、依吹いぶきアヤ隊員が顔を覗かせ、部屋に甲高い声を響かせた。

「銀星人から通信が入りました! 受けますか?」


 とても面倒臭そうな顔をしながら、所長が言った。

「繋げ」



 ラボに設置されている大型モニターに銀星人の老人トクダ・ナリの顔が映った。シワだらけの銀色の顔をわざとらしく笑わせると、見下すような態度で丁寧な言葉を繰り出す。


『またお目にかかれて光栄です、地球人の諸君』


 所長がぶっきらぼうに対応した。

「要件はなんだ。早く言え」


『我々が派遣したアンドロイドがオオカミにやられたそうですな。その残骸を回収したいのですが、よろしいですかな』


「だめだ。これはこっちで処分しておく」


『まさか……それを解析して同じものを作ろうという気ではありますまいな?』

 トクダ・ナリはその顔に最大限の侮りを込め、言った。

『無理ですよ。貴方がたごときの科学力のレベルでは魔法のようにしか見えないことでしょう。首をひねって思わず我々の技術力に両手を挙げたのち拍手をしてしまうしかないことでしょう。近いうちに若い者に引き取りに伺わせます。地球人がたむろしていると臭くて近づけないと思いますので、アンドロイドを置いて皆さんは部屋を出て行ってください』


 舌打ちをしてから何か言い返そうとした所長を遮り、俺が銀星人に答えた。


「お願いです! 彼女を俺にください!」


 モニターの中の銀色の老人がニヤリと笑った。そして、うなずいた。


『いいでしょう。そのアンドロイドは貴方が壊したようなものだ。責任を取って、貴方が処分してもらえますかな』


「俺が……殺したようなもの……?」


 意味がわからなかった。

 俺がアーリンを殺すわけがないじゃないか。


『そちらの周辺には新たなアンドロイドを派遣いたしますのでご安心を』

 トクダ・ナリはそう言うと、再び俺に言う。

『そのアンドロイドを分解などしたら、貴方がたにとって有毒なものが溢れ出しますので、ご注意を。……オオガミ・タカシさん、貴方はそう忠告しておいてもきっと毒に触れてしまうのでしょうけどね』


「毒だと……?」

 所長が後ずさる。


「ど……、毒ですって?」

 女性研究員たちも距離をとった。


『そのアンドロイドは愛毒にやられ、故障しました』

 トクダ・ナリが俺を見て笑う。

『貴方も銀毒にやられて死んだりなさらないように。……それでは』


 モニターから銀星人の姿が、消えた。


「ウーム……」

 所長が困ったような声を出す。

「銀毒なんてものは聞いたこともないが……毒が内蔵してあると聞くと、躊躇してしまうな。とりあえず丹念に調査をして、安全を確保せねば……」


 確かに、水銀ならいくらかの毒性はあるが、銀に毒性などひとつもない。銀毒なる言葉は未知のものに対する恐れをその場にいる者の中に生んでいた。


「所長! 銀星人は俺にアーリンをくれると言いました! 俺にやらせてください!」


「馬鹿な……。君一人に危険なことをさせるわけには……」


「危険なことはしません。分解などしませんから。俺に任せてください」


「な……、何をする気だ?」


「シルバー・アーリンを俺が再生させます」






 シルバー・アーリンが死んだのをいいことに、オオカミたちは続けてやって来た。もう邪魔をするものはいないと思い込んだのか、地上に降り立つとそこらじゅうの建物を破壊し、地下シェルターへの入口を見つけ、そこに穴を穿とうとしたオオカミたちの背後から、銀色のイケメンが甘い声を響かせた。


「キミたち、いけないねぇ」

 全身銀色に赤い目の、長身痩躯の若いイケメンだった。

「悪いことをする子にはこのボクが罰を与えるよ」


 イケメンの体を銀色の粒子弾が取り囲む。それが渦を巻き、四方八方に飛び散ったかと思うと、オオカミたちはすべてかき消えていた。


 モニターでその様子を見ながら、女性研究員たちがキャーキャーとうるさい声をあげる。


「名前、つけてあげようよ!」

「何がいいかな!」

「『シルバー・カイト』なんて、どう?」

「いいね! それ、いいね!」


 新しい銀色の守護者たちにみんな夢中になっている。俺はアーリンを抱え上げると、自分の研究室に連れて行った。前に抱き上げた時も羽毛のように軽かったが、さらに軽くなっているのが痛々しかった。






 実験用の台の上にそっと乗せると、俺はアーリンに話しかけた。


「一緒に海を見に行くまで……絶対に死なないでくれって、約束したじゃないか」


 青いその瞳は動かなかった。薄いその唇は笑わなかった。


 俺はミアを守れなかった。守ってやれなかった。それどころか彼女に守られてしまった。

 今またアーリンを守ることが出来なければ、俺はもう二度と立ち直れない気がした。


「俺が絶対に直すから……。絶対に君をまた笑わせてみせるから! 絶対に約束は叶えるからな!」


 とは言ったものの、何をどうすればいいのか、わからなかった。

 ロボットを造ったことはある。むしろそれは俺の趣味だといえた。大学で鉱物についてのことを教わりながら、副次的な教養としてロボット工学も学んだのだが、俺はそれに一時夢中になったことがあった。


 しかし地球のロボットとそれはあまりにレベルが違うものだった。彼女はロボットというよりも生命体に近く、ただのロボットというよりは兵器に近い。何より銀をエネルギーに変えて動くその仕組みがまったく理解出来ない。


 分断されたアーリンの、もう銀色の炎が揺らめかないそのヘソのところを見つめながら俺が途方に暮れていると、ふいに頭の中で声が響いた。


「オマエには無理。わかるはずないだろ」


「だ……、誰だ!?」


 驚いて部屋の中を見回したが、誰もいない。男なのか女なのかさっぱりわからない、中性的な声だった。


「あーあ……。オレの最高傑作をこんなことにしてくれやがって」


 再び頭に響いた声に振り向くと、壊れてしまったアーリンを覗き込んでいる背の低い、銀色の肌の人間がいた。いつの間にか、俺の部屋に入って来ていた。


「誰だ……? 銀星人……?」


「あんまり見るな。オマエがオレのこと気持ち悪がってるのが不快だ」

 そいつは俺をジロリと睨むと、口をまったく動かさずに喋った。

「わからないのか? 不便だな、地球人てのは。オレの名前はヒメカ・オイ。このアンドロイドの製作者だ」


「せ……、製作者?」


 思わずそいつの全身を眺め回してしまった。頭のてっぺんまで銀色の、目がやたらとおおきいわりに表情のあまりに乏しいそいつの姿を気持ち悪いと思ってしまった。グレイ型のように人間と違う姿をしているわけではなく、肌が銀色なことを除けば地球人そっくりなのに、明らかに異質な雰囲気を漂わせているのが気持ち悪かった。


「無礼だな、地球人て」

 そいつは口を動かさず、俺の頭の中に直接文句を言って来た。

「だがオマエは地球人としてはなかなか危険物の少ないタイプだ。頼むからオレのこと愛したりしないでくれよ」


 意味がわからなかったので、ただ「……は?」と言った。


「コイツはオマエの『愛毒』にやられた。わかるか? わからんだろうな」

 ヒメカ・オイはそう言うと、初めてその顔に表情を浮かべた。

「なるほど……。O.O.Lはそんなところにあったのか。怖い、怖い」

 銀色の歯を剥いて俺を威嚇するような表情だった。




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― 新着の感想 ―
半壊しても分解扱いにはならないのか。 ハッキング(?)に対するペナルティが厳しいな。
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