オリジナル・オブ・ラヴ
俺とハルナさんに連行されて入って来た佐奈田3曹を見ると、藪龍所長は怪訝そうな顔をした。
「……防衛隊の……マッスル・バカくんじゃないか。白目を剥いてどうした?」
俺は回転椅子に座らせた佐奈田をさらにロープでぐるぐる巻きにすると、報告した。
「所長! コイツ獣星人に体を乗っ取られているようです! 色々と聞き出すチャンスですよ!」
「ミ……ミルク……は?」
佐奈田は怒り出した。
「ミルクは何処ダ!?」
牛乳なんて代物は現在入手不可能になっている。缶の粉ミルクをぬるま湯で溶かして与えると、佐奈田は縛られたまま、犬のように舌を出してピチャピチャと夢中でそれを飲みはじめた。
ミルクを飲み終え、まったりと落ち着いた様子のそいつに、俺と所長は尋問を開始した。
俺が聞く。
「おまえらはなぜ、人間を殺す?」
佐奈田がまったりしたまま黙っているので、所長が代わりに答えた。
「決まっとる。侵略のためだろう?」
すると佐奈田がゆっくりとした動きで3回うなずいた。
「おまえたちは銀が苦手で、ゆえに地下には入って来れないんだよな? どうやって佐奈田の体に入り、ここまで来た?」
俺が聞くと、佐奈田はまったりと視線を泳がせ、また所長が代わりに答える。
「おそらく寄生生物型のメカをこのマッスル・バカの体内に仕込んだんだろう。それで遠隔操作しとるんだ」
佐奈田がまた貧乏ゆすりをするようにうなずく。
「佐奈田さんの中から出なさい!」
ハルナさんが佐奈田のがっしりとした肩を揺らしながら命じたが、出られて会話が出来なくなっては困る。俺と所長が彼女をなだめた。
俺が聞く。
「オリジナル・オブ・ラヴとは何だ?」
「オ前タチガ、ソレヲ知ラナイと、イウノカ?」
佐奈田が噛みつくように俺を振り向いた。白い目で睨んでくる。
「シラバックレルナ! 銀星人ヲ守ロウトナド、スルナ!」
「オリジナル・オブ・ラヴ? 何だそれは?」
所長が俺に聞いた。
「何かの歌のタイトルか?」
「銀星人の弱点となる物質だそうです。獣星人はオオカミを使ってそれを探し出し、銀星人に対抗しようとしているのだとか」
「本当ニ、知ラナイノカ?」
佐奈田が本心を窺うように俺たちを見る。どうやら獣星人には人間の思念を読み取る能力はないようだ。
「地上ニアル、ピンク色ヲシタ鉱石ダゾ?」
「ここはオオカミが襲来する前までは鉱物の研究所だったが、そのような鉱石は聞いたこともない」
所長がいつもの偉そうな態度を発揮して、言う。
「人間にとって有用でない物質まで取り扱っていたが、そんな名前のものはなかった。ピンク色の鉱石といえばピンクダイヤモンド等、女の好むような宝石ばかりだ。そしてそれがある種のエイリアンにとって有害であるとはとても思えん」
俺も首をひねった。
「しかも地下ではなく、地上に露出しているだなんて……? どんなものだ、それ?」
ハルナさんがうっとりとした声を出す。
「ピンク色の鉱石で……名前がオリジナル・オブ・ラヴですって? ……ウフフ。あたしもそれ、欲しいなあっ」
所長が佐奈田に聞く。
「とにかく……それを入手出来たらおまえらは地球から出て行くのか?」
「ソウダナ……。入手出切レバ、スグに銀星ヘ攻メ込厶ダロウナ」
佐奈田が白目を剥きながら、ニヤッと笑った。
「コノ星ヲ破壊シ続ケルノモ楽シクハアルガ、出テ行ッテヤロウ」
思わず俺は佐奈田の胸ぐらを掴んでいた。
さんざん地球を荒らし回り、さんざん人を殺しておいて……、俺から最愛のものを奪っておいて……! 出て行くだけでは済まさせたくなかった。
「大神くん──」
所長の声が俺をなだめようとする。
「情で動くな。オオカミが地球から出て行ってくれるなら、それですべては収まるではないか」
「収まらない……ッ!」
佐奈田の脳の中にいる獣星人を睨みつけるように、俺は激しく歯軋りの音を立てながら、吠えた。
「おまえらを許さないッ! 必ず……ッ! アーリンと力を合わせ、おまえらを滅ぼすッ!」
「事を荒立てるな、大神くん。これは獣星人と平和調停を結ぶチャンスだ。国に報告し、あらゆる人員を総動員してオリジナル・オブ・ラヴとやらを探すのだ」
俺は佐奈田を椅子ごと床に突き飛ばすと、息を荒くしながら、指を突きつけ、吐き捨ててやった。
「俺とシルバー・アーリンがおまえたちを滅ぼす! 覚えておけ!」
床に倒れた佐奈田の顔がニヤリと笑ったかと思うと苦痛に歪んだ。その口がありえないほどおおきく開く。そこから何やら一つ目のオタマジャクシのようなものが覗くと、そいつが飛び出し、俺に素速く襲いかかってきた。
「むんっ!」
横からそれ以上に素速く、藪龍所長がそれを掴んでいた。
「すっごーーい! ですわ! 所長さん!」
ハルナさんがピンク色の声で賞賛する。
さすがは柔道の有段者だ。どうやら体を乗っ取られかけたらしいのを救われ、俺はヘナヘナと床に腰を抜かしてしまった。
「まぁ……、大神くんの言うことにも一理ある」
所長は掴んだそいつを物凄い握力でギリギリと締めつけながら、冷静な口調で言った。
「オオカミの弱点がわかりそうであり、銀星人の弱点の名前も判明した今、我々地球人の取るべき道は?」
グシャッ! と、握り潰す音が響いた。
「あくまで抗戦だ!」
早速俺たちはこのことを国に報告すると、オリジナル・オブ・ラヴという鉱石についての調査と、超高純度の銀を使ったシールドの開発に乗り出した。
昼休憩と称してシェルターに帰った。もちろんアーリンが訪ねて来ていると思ったからだ。
正午ぴったりに扉を開こうとしたら、向こうから勝手に開いた。銀色の長い髪を揺らし、踊るような動作で、嬉しそうにこちらを覗き込むアーリンが見えた。どうやら昨日、俺の記憶から自動扉の開け方を学習していたようだ。
「タカシ、ただいま」
当然のようにそう言うので、思わず笑ってしまいながら、俺も当然のように返した。
「お帰り、アーリン」
彼女が昼飯をまた作ってくれた。今日はスパゲティーのわさびふりかけ和えだ。ミアのエプロンを着けて、ミアのスリッパを履いて、ミアと同じように長い髪をヘアゴムでまとめ上げ、楽しそうに料理をする彼女を見ていると心が安らいだ。
「うまい!」
食卓で向き合いながら、スパゲティーを口に入れ、俺は目つきで彼女を『やるな、コノヤロー』と褒めながら笑う。
「タカシはこれ、好きだった」
ツインテールにした銀色の長い髪を傾け、アーリンがくすぐったい笑顔で俺を見つめてくれる。
「だんだん表情が豊かになってきたね」
俺は思ったままのことを言った。
「どんどん笑顔がかわいくなってくる」
「やん、もぉ〜……。褒めても何も出ないんだからっ」
両手を頬に当てて、アーリンが照れた。
懐かしくて、眩しかった。ミアと同じ反応だったから。
研究所に獣星人が侵入して来たことをアーリンに知らせた。佐奈田3曹の体に寄生生物のようなものを入り込ませ、遠隔操作していたこと、そいつと会話をしたことを。寄生生物のようなものは所長が怪力で握り潰したが、まだ生きてはいるようで、生体研究室に保管してある。
アーリンはそれを聞くと、また15秒ぐらい固まった。すぐにまばたきを再開すると、無表情に言った。
「タカシがO.O.Lの情報を獣星人に伝えたら、わたしはマスターに消去されます」
「教えないよ! 教えないどころか、それを知らないんだから」
「って、いうか……」
アーリンが少女のようにまた笑う。
「わたしはオオカミと戦うだけの専門バカなんですけどねっ」
「さっき言ってた『マスター』って、銀星人のことか」
俺は少し前から気になっていたことを彼女に聞いてみた。
「銀星人はなぜ、地球人を守ってくれるんだ? 見返りもなしにふつう、そんなことしないよな? 何が目的なんだ?」
「感謝です」
にっこりとアーリンは即答した。
銀星人の老人トクダ・ナリから所長が聞いた時と同じ答えだ。銀星人は精神感応力があるから、地球人の感謝を感じ取って気持ちよくなれることが見返りだとか、そんなとても信用出来ないようなことを言っていた。アーリンはおそらくそれを信じさせられているだけだろう。だからそれ以上聞かなかった。
「ん……、わかった。とりあえず……」
俺が立ち上がろうとすると──
「タカシ」
アーリンが俺のほうへ身を乗り出して来た。
「ごちそうさまのキスがまだです」
ちゅっと音を立てて、アーリンのほうから俺の唇をついばんで来た。
これはミアはしなかったことだ。彼女の意思、彼女の欲求からの行為だと思えた。
形だけアーリンの前にも置かれてあったスパゲティーの入った皿にラップをかけながら、彼女が妻のように言う。
「これは夕食にしてください。ごめんなさい、ロボットですので一緒に食べることが出来なくて……」
アーリンがぴくりと動きを止めた。
ゆっくりと扉のほうを振り向く。
「オオカミの動きを感知しました」
彼女がそう言った直後、俺の腕にはめたレーダーにも反応があった。
「あっ……! 待って、アーリン!」
俺が止める間もなく、彼女の体が強く発光し、銀色のフラッシュが瞬いた。「今度から正午じゃなく、夕方に帰っておいで」と伝えようと思っていたのを口に出来なかった。光はすぐにかき消えて、アーリンの姿も消えていた。
ちくしょう、オオカミめ……! もっと彼女と一緒にいたかった。もっと彼女と話がしたかった。アーリンは会うたびに表情豊かに、そして愛しくなって行く。俺の、俺だけの彼女になって行く。
レーダーでオオカミのやって来る方角を確認すると、少し遠かった。
シェルターの扉を開けて外へ出て、そちらを見やると、紫色の空に銀の大爆発が見えた。
「いつもと違うな……?」
俺は首を傾げた。渦を巻くのではなく、アルミホイルの破片を散らしたような、デジタルノイズが広がるような爆発が、遠い空に見えていた。




