銀星人
医務室のモニターにその宇宙人は顔を現した。『銀星人』と名乗る通りギラギラした銀色の肌の、しかしそれを除いては地球人と変わらない容姿だ。奇抜な未来風コスプレをしている禿頭の爺さんという印象だった。
『地球の皆さん、こんにちは』
銀色宇宙人の爺さんは舐め回すように俺たちを見ながら、自己紹介をする。
『私は銀星人のトクダ・ナリと申します。突然の通信に驚かれただろうと思いますが、無礼をお許しください』
そう言いながら、ナリと名乗った老人の顔は俺たちを小馬鹿にするように笑っていた。『慇懃無礼』という言葉が俺の頭に浮かんだ。
「オオカミ対策研究所所長の藪龍だ」
所長も相手の態度に見下すような印象を受けたのか、お辞儀もせず、敬語もなしで挨拶した。
「本当にいきなりだな。宇宙人が一体何の用だ? また、なぜ首相や防衛軍ではなくウチに?」
『直接オオカミと戦っているのは貴方たちだと感知しましてね』
「感知だと?」
『ああ……、これは失礼。貴方がたにはわからない次元の話でしたね。キャハハ』
「へんな笑い方するな。早く要件を言え」
見とれるようにモニターを見つめるハルナさんにうつ伏せの背中を撫で回されながら、俺にはなんとなく宇宙人の要件に察しがついていた。
銀色の肌の宇宙人──と、いうことは……シルバー・アーリンを作ったのは、もしかして──
『貴方がたがシルバー・アーリンと呼んでいるあのロボットを作ったのは私どもです』
やはり──
『どうです? 素晴らしいでしょう? オオカミ撃退に特化して作った自動戦闘兵器です。今朝の戦いぶりを見てくれましたか?』
「なるほど……。あれは君たちが作ったのか。……うんうん、確かに凄かったな」
所長はなんだか悔しそうに言った。
「ところで要件を、早よう言え」
『地球は私たちが守ってあげます。感謝してください』
「だから……要件を早く言えと言ってるんだ! 見返りに何が望みなんだ!?」
『感謝してくださるだけでいいのですよ』
そう言って、銀星人の爺さんは我々を見下すように、モニター越しにニヤリと笑った。
「感謝はしている。だが、おまえが不気味でしょうがない」
所長がやり返す。
「感謝されたいだけで、ふつう何の利害もなく他人の惑星を守ったりはしない。貴様ら、何を企んでるんだ?」
『正直に言いましょう』
嘘をついている顔で銀星人の爺さんは言った。
『我々には精神感応能力があります。我々銀星人同士では言葉など必要はなく、テレパシーで通じ合うことが出来ます。今は貴方がたと意思を通じ合うために、面倒な言語など使わざるを得ないのですがね』
また小馬鹿にするように俺たちをチラリと見る。
『──ですから、貴方がたが我々に感謝してくだされば、我々にその感情が伝わり、我々はいい気分になれます。それが我々の栄養になるのです』
どう見ても嘘をついている顔だった。
「フン……。精神感応力か。何かのSF小説で読んだことがあるが、言語を用いずにテレパシーでコミュニケーションが可能な異星人が登場するものだった」
所長がなんだかよくわからないことを言い始めた。
「その小説によると、心の内が筒抜けだから、そういう異星人には『嘘』という概念がなく、地球人がなぜ嘘をつくのかが理解出来んそうだな」
『はい。仰る通りです』
銀色の爺さんがニヤリと笑った。
『だから私の言うことはすべて本心です』
「信じよう」
所長が簡単に相手を信用してしまった。
「我々としてもシルバー・アーリンのあの能力は参考とすべきものだ。是非技術提携を願いたい」
『貴方がたは何もしなくていいのですよ。我々が守ってあげます』
「なんかムカつくな。……とりあえず、友好でも結ぼう。おまえ、そこから出て、こっちへ来い。直接会って握手でもしようじゃないか」
所長の申し出に、モニターの中の笑顔に一瞬、怯えた色が見えた。すぐにそれを隠すようにわざとらしく大笑いすると、トクダ・ナリは言った。
『だめですよ。言った通り、我々は貴方がたの思考を読み取ってしまう。ゆえに、直接触れあったりしたら、貴方がたの汚い内面が私どもの中に流れ込んで来て、我々は大変なダメージを食らうことになる。モニター越しの通信なら、それは最小限に食い止められる。おわかりください』
はっとした。
俺はうつ伏せになったベッドの上から顔を起こすと、おそるおそるという気持ちで銀星人に聞いていた。
「その精神感応能力……、シルバー・アーリンにもあるのですか?」
銀星人の爺さんが俺のほうを見た。
なんだか哀れなものを見るように笑いながら、俺の質問に答えてくれた。
『あります。あれは貴方の思考を読み取って、貴方の名前や、貴方が誰かとした約束のことを口にしたそうですね。でも勘違いしてはだめですよ? 自律的に動けるよう、あれにはAIが搭載されています。そのAIが貴方を学習し、貴方を守る方向性で動いているだけです』
謎が──解けた。
解けてしまった──
彼女はミアの生まれ変わりなどではなかった。俺の思考を読み取り、俺の記憶の中のミアを観察し、それを真似ていただけだったのだ。
あの約束も、ミアの言葉を真似ただけの、口だけのものだったのか──
何も喋る気力がなくなった。
あとは所長と銀星人のやり取りを茫然としながら俺は聞いているだけだった。
「あれの本当の名前は何というんだね? これからはシルバー・アーリンではなく、本当の名前で呼びたい」
『あれに名前なんてありませんよ。お好きにお呼びください』
「今朝の戦闘では翼が生え、オオカミのあの緑色の光線を防いだな? あの翼はどういう物質で出来ているのか教えてくれ」
『我々が貴方がたを守りますので、貴方はそんなことは知らなくてもいいのですよ』
「……ムカつくな。ところであの『オオカミ』のことも我々は何もわかっていない。あれは何なんだ? 別の宇宙人が作ったものか?」
『我々と敵対している獣星人の自動殺戮兵器です』
「獣星人だと?」
『はい。とても野蛮で醜い姿をしたエイリアンです。やつらの弱点は銀です。獣星では銀は猛毒のようなものとして恐れられています。地球の鉱石には銀が含まれていると思ってやつらは恐れ、やつらの作ったオオカミも地中には入って来ませんから安心してください。そして、我々は、ご覧の通り、我々自身が銀で出来ていますので、いわばやつらの天敵となっております。フフフ……』
会話を聞き流しながら、今まで不思議に思っていたことの理由が次々と判明した。しかし俺はなんだかすべてがどうでもよくなってしまっていた。
シルバー・アーリンに見ていた希望が幻想だったと知らされ、再燃していた研究への意欲が再びかき消えてしまった。
所長はいつも『情で動くやつはくだらん』と口にするが、その通りだ。
俺は地球を守ることよりも、ミア一人のほうが大事なのだ。
ミアさえいてくれれば、世界などどうなってもよかったのだ。
最近ずっと研究所に篭っていたが、久しぶりに自分のベッドで眠りたくなり、地下道を車で帰った。
一週間以上振りにシェルターに帰ると、一口も飲まれていないブラックコーヒーの入ったカップがそのままテーブルの上にあった。あの日にアーリンが残して行ったままだ。
まるで妻の遺品のようで、片付ける気になれなかったそれを簡単に流しに捨てると、俺は疲れた体をベッドに横たえた。
シーツに銀色の小さな玉のようなものが所々に付着している。負傷したアーリンの傷口からポタポタと滴っていた銀色の液体のことを思い出す。
どうでもよかった。ただ死んだように俺は横になり、死ぬことばかりを考えながら、けっして死ぬことなど出来ないただの木偶の棒だった。
ベッドの上は広かった。あまりにも広すぎた。ここでミアと並んで寝ていた時には幸せで満ちていた場所なのに──
「海など……一生見られないな」
自分の独り言が、固い壁に吸われて死人の声のように聞こえた。
「もう……一生、俺は海なんて見ることはないだろう」
目を開き、ぼんやりとシェルターの中を眺める。あそこのキッチンの前にかわいいエプロン姿で立ち、焼き飯を作ってくれたミアが薄暗い中に浮かび上がる。
「ごめんね、タカシ。いっつも簡単なもので」
……まったくだ。食堂でアルバイトをしていたくせに、ミアはいつも簡素な料理しか作ってくれなかった。
オオカミのせいだった。早くオオカミの脅威が消えて、地上でしか作れない色々な食材が入手出来るようになれば、ミアもその腕を遺憾なく発揮することが出来ただろうに。
もう、俺の最愛の妻は、いない。
戻って来てくれたものと信じ、生きる気力を取り戻しかけたが、夢幻だった。
あれはミアではなかった。
ただの、俺の記憶を盗み見るだけの、ただの機械……
現実から逃げるように横を向いた。すると、モニターフォンが緑色の点滅を繰り返しているのに気がついた。
シェルターの前に誰かが立つと、顔認証システムが働き、その映像を録画保存する仕組みになっている。俺が約一週間留守にしている間に、誰かがここを訪ねて来たのだ。一体、誰が……
だるい体を立ち上がらせ、モニターフォンのところまで歩いた。ボタンをひとつ押せば、訪ねて来ていたのが誰なのかがわかる。それは人間であるはずだ。オオカミや風に舞って扉の前を通り過ぎたゴミなら、人間とは認識されず、自動的に録画されるわけがない。俺はボタンを、押した。
再生された映像を見て、俺は息を呑んだ。
シルバー・アーリンが、困ったような顔をして、扉の前をウロウロしている。呼鈴の押し方を知らないのか、ただ泣きそうな顔をしながら、たまにノックらしき動きをしようとするものの、びっくりしたように手を引っ込めては、オロオロとその銀色の長い髪を揺らしていた。
そんな映像が、毎日録画されていた。
時間はいつも決まって正午──俺は時計を見た。ちょうど11時59分からひとつ、時が進んだところだった。俺は飛び起きると、扉のほうへ走り、ボタンを押して扉を開いた。
「あっ!」
いた。シルバー・アーリンがそこに立っていて、俺の顔を見ると嬉しそうに声を発し、その美しい顔を笑わせた。
そしてその薄い唇で、俺の名前を呼んだ。
「タカシ」




