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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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8.そっちでも三角関係!?

 スフィアの言葉に、一気に部屋の空気が色めき立った。


「スフィアッ!」


 隣に座っていたガルツが、批難めいた声と共に立ち上がった。その拳は固く握られ、唇は震えている。

 誰だとて、目の前で自分の彼女が他の男の結婚の申し出を了承していたら、そうなるだろう。


 しかし、スフィアがこの場で言い訳など出来る訳もない――『これには裏がある』などと、仕掛ける相手を目の前にして言えるはずがない。

 それに彼女はガルツを信じていた。

 何年、自分の『悪辣』を隣で見てきたのか。きっと彼ならば、驚きつつも意図を理解してくれているだろうと。


「嬉しいです、スフィア嬢!」


 今この場で喜べるのは、ウェリスただ一人だった。

 ウェリスはさらに握り締める手を強め、スフィアへと身体を寄せる。

 その不愉快な状況にまたガルツが声を上げようとすれば、先にスフィアの「ただし」という、全てを制する声が響いた。

 ウェリスの顔の前に、ヌッとスフィアの掌が挟まれる。


「――ただし、私と剣で戦って勝てたらです」

「は?」


 ウェリスの言葉は、その場にいた者達の心の声を代弁していた。

 明らかに誰もが戸惑っていた。


「わ、わたくしとスフィア嬢が……け、剣で戦う……ですか……? いやしかし、女性に剣を向けるなどと……」

「私、強い殿方が好きなんですの。それともウェリス様は、剣の腕に自信がないということですか」


 まあ、と残念そうに眉を下げたスフィアを見て、慌ててウェリスが否定する。


「そ、そんなことはありません! 今は内政側ですが、貴上院は騎士を多く輩出するあの『レイザール学院』でしたし、剣はわたくしの最も得意とするものです。そこらの騎士よりも強い自信もあります」

「でしたら、それを証明していただければよろしいだけですわ」


 にこり、と顔を傾け微笑むスフィア。

 一体どこからその笑みは来るのだろうか、とウェリスは躊躇いがちに、スフィアの身体に目を向けた。

 剣などまともに握ったことないであろう、滑らかな掌。筋肉などまるでついていない薄く華奢な腰は、一撃で折れてしまいそうだ。ドレスの裾から見える足首は細く、ヒールを美しく履くためだけのものとしか思えない。

 たとえ、密かに彼女に剣の嗜みがあったとしても、素人少年の方が勝つに決まっている。男と女で、生まれついての力の差は歴然なのだから。

 ましてや、剣を得意とする自分に勝つことなど到底不可能だ。


「……それで、スフィア嬢のお気が済むのでしたら」


 結果は見えているが、これで彼女が納得して妻になってくれるのであれば文句はない。

 もしかすると彼女は、一目惚れしたという自分に、華を用意してくれたのかもしれない。彼女を娶るに相応しい理由を、こうして与えてくれたのだとすると、彼女も実は自分の事を、憎からず思ってくれているのではないか。


「たしかに、無理矢理に妻にした、などとあらぬ噂を立てられても困りますしね」


 スフィアの本当の狙いに気付けた、と思っているウェリスは、表情を一変させにこやかに頷いた。


「――ちょっと待った」


 その言葉と一緒に、ウェリスに白いものが投げつけられた。

 パサリ、と床に落ちたそれは、白いハンカチ。


「さすがに手袋は持ってませんでしたからね。ソレを代わりに受け取ってくださいよ」


 ハンカチを投げた主は、ガルツだった。


「手袋の代わり――という事であれば、これはつまり、()()()()()()ということでよろしいでしょうか? ガルツ卿」

「もちろんです」


 そういう意味――つまり、決闘だ。

 貴族社会において、『手袋を相手に投げる』というのは、決闘の申し込みと見なされる。相手が拾えば決闘成立である。

 なんだその風習。時折、街中に落ちている手袋は、拾って貰えなかった可哀想な無念手袋ということか。片方投げた後、もう片方の手袋は使えなくなるのでは。もったいない。


「ちょっと、ガルツ!? 待ってくだ――」

「黙ってろ。これは俺達の問題だ」


 ウェリスは、スフィアとガルツとを交互に見遣ると、「なるほど」と頷いた。


「あなたも彼女の事を…………良いでしょう!」


 ウェリスは床のハンカチを拾い上げた。


「このハンカチで、あなたの涙を拭って差し上げましょう。たとえ負けても、決して家格など持ち出さないでくださいね、アントーニオ公爵御令息」


 二人の間で、激しい火花が散っていた。

 一方、二人に挟まれ、スフィアは額を押さえていた。

 完全に飛び失火である。



 

        ◆




「……待ってください、ガルツ」


 さすがに、決闘を申し込んだ者と申し込まれた者が、和やかにお茶を出来るはずもなく、スフィア達一行はブリュンヒルト家の別荘へと戻ってきていた。

 そんな中、一人部屋に戻ろうとしていたガルツを、スフィアが呼び止める。


「ガルツ、どうしたあのような事を……!」


 振り向いたガルツの顔は、不機嫌そのものだ。


「……お前は俺の彼女だろ」

「そうですが」

「この関係が……一時的なものだって分かってる。それを了承したのも俺だしな。でも、だからこそ俺は、その一時的でしかない期間に、お前との関係を本物にする必要があるんだよ」


 苛立たしげに髪をくしゃくしゃに掻き混ぜるガルツ。どうやら、スフィアが思っていたより、彼は動揺していたようだ。


「それを、急に一目惚れだなんて言って現れた男に、一足飛びで嫁に取られたら堪ったもんじゃねえ……っ」


 眇められ細くなった金の瞳が、スフィアを射貫く。


「すみません、ガルツ。あなたに不快な思いをさせてしまい……でも、これは――」

「『強い男が好き』『決闘に勝てば妻になる』――なら、俺がお前に勝っても妻に出来るって事だろ。俺はウェリス卿に勝って、先にその挑戦権を手に入れる」


 スフィアの言葉など聞かず、己の決意だけを口にすると、ガルツは踵を返し部屋へと入っていってしまった。

 バタン、と少し強く閉められたドアが、『今は一人にしてくれ』と彼の拒絶を表わしているようだった。

 廊下に一人取り残されたスフィア。くしゃり、と前髪を乱す。

 彼に申し訳なく思う気持ちはある。


「……っでも……」


 それよりも――


「年の割にはしっかりしているとは思っていたが、やはりまだまだ子供だったね」

「――ッグレイ様!」


 突然、背後から肩を叩かれ、スフィアは驚きに肩を跳ねさせた。

 スフィアは見上げるようにして、グレイの様子を窺う。

 彼もガルツと同じく、自分に思いを寄せているはずなのだが。ウェリスがスフィアに近付く度に、ガルツ同様に視線の鋭さを増していたはずなのだが、今の彼の反応はどう見てもガルツと同じとは言い難い。

 何事もなかったかのように、あっさりとしている。


「ん? どうしたんだい、スフィア。ウェリス卿と比べて、やっぱり俺の方が良い男だなって再認識した?」

「都合の良い男、という意味ですかね」


 彼を介せば、アルティナに会える頻度が増えるため、確かに都合の良い男ではある。


「……この国の第三王子を、都合の良い男呼ばわりできるなんて、この世に君くらいしかいないよ」


「悪女だなぁ」と言いつつも、その口は弧を描いている。


「グレイ様は、私がウェリス様に勝てると思っているんですか」


 なぜ、彼はこうも落ち着いていられるのか。

 グレイは顎を指で持ち上げ「うーん」と思案の声を漏らす。


「彼が本当にレイザール学院出身なら……スフィアが騎士団長から日夜欠かさず訓練を受け、かつ、剣の才能を開花させていれば、勝てるんじゃないかな」

「それ、実質無理ってことでしょう」

「そうとも言うね!」

「だとすると、私はウェリス様の妻に…………もしくは、ガルツの妻になってしまうのですが、よろしいので?」

「あれ、君は俺に嫉妬でもしてほしいんだ? 俺に、明日の決闘で勝った方に、手袋を投げつけてほしいって聞こえるけど」

「うふふ、町医者でも呼びましょうか?」


 一度、メンタルの強度を測定してみたいものだ。硬度最高値の十は優に超えてくるはずだ。


「まあ、正直……ガルツ卿が彼氏という肩書きを得たのは、腸が煮えくり返る思いだけど……」


 煮えくっている割りには、全くその温度が伝わってこないのだが。


「俺は……もうずっと長いこと、君に片想いしているんだ」


 最初に出会ったのは、初めて王宮へ行った日だ。初対面からだったとしても五年。確かに五年は長いが、『もうずっと長いこと』などと言うだろうか。

 グレイの指が、肩に落ちるスフィアの髪を指に巻き付ける。


「きっと、君はこの先も、そう簡単には落ちてきてはくれないだろう? であれば俺は、その長い過程での一時の幸福より、最後に全てを手に入れる方を選ぶ」


 まるで誓いの口づけかのように、指に絡んだ赤にキスするグレイ。

 しかし、向けられた瞳は『誓い』などと言える程、従順ではない。


 ――またこの目だわ。


 かつて温室で向き合った時のような、全てを見透かすような眼差し。

 彼は、自分をどこまで知っているのだろうか。どこまで理解しているのだろうか。


「ちなみに、ウェリス様とガルツ、どちらが勝つと思いますか」


 ウェリスの剣の腕は、攻略キャラ情報からかなりのもので、それに対し高い自信を持っている事は知っていた。

 文官的立場なのに、剣まで騎士団レベルで使える――それが、彼のプライドとなっている描写もあった。

 しかし、ガルツの腕については情報がない。


「それは、君が勝つ時の条件と同じだよ」

「つまり不可能だと?」

「ただ彼は、公爵家の跡取りでもある。だとすると、剣術を習っていてもおかしくはないな。その技倆がどこまでかって話だけど……つまり、俺にもサッパリ分からないって話だよ」


 お手上げだとばかりに、両手を上げて肩を竦ませるグレイ。


「どちらにせよ、君はどうせ誰にも負けないんだろ?」


 変な信用を得てしまったものだ。しかし、その信頼はどこ由来なのか。相変わらず、彼はようとして掴めない。


「グレイ様は、私がどうやってこの勝負に勝つつもりか……もしかして、既に分かってらっしゃいます?」

「やっぱり勝算はあるんだ?」


 スフィアは「さあ」と、意味深に笑みを深める。


「そうだなあ……君は突拍子もないことばかりするからねえ……でも、代理戦争をするつもりなら、相手を納得させる相応の理由は用意しとくべきだよ」


 グレイは、もう一度髪にキスを落とすと、キザなウインクを残して来た道を戻って行った。

 まったく、貴幼院生を相手にして言う助言ではないだろう。


「代理戦争。うーん…………ギリギリ不合格、ってとこかしら」


 思ったよりも、彼はまだまだ自分の理解度が甘いようだ。

 一人廊下でほくそ笑むと、スフィアは勝利の鍵を握る者のところへと向かった。



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