9・いらっしゃいませ、子分ズ!
応援ありがとうございます!
授業終了のチャイムが鳴った瞬間、スフィアは教室から飛び出した。
「あッ! 赤毛! てめぇ――ッ! 待て、コラ!!」
気付いたガルツも走って教室を出る。
しかし四時間目終了というのは、食堂への貴族大移動が始まるという事。
「待っ――!? おい!! 止まれ、赤毛!!」
スフィアは人混みを掻き分け、食堂とは反対の方へと進んで行く。それをガルツも追うが、同じく人混みが邪魔で思ったよりも距離が詰められないでいた。
勿論スフィアはそれを狙って、四時間目に算数の授業が入る日を選んで実行した。
「本当、この時間帯って使えるわね……」
背後でガルツの怒声が聞こえるが、スフィアは勿論足を緩める事はしない。
スフィアは校舎の中を突っ切り、裏庭の方へと抜けた。
そこは裏庭といっても、ガーデンと言って差し支えない広さがあり、手入れの行き届いた樹木が林立していた。その緑によって隔絶された空間は、最早校内であるという事を忘れてしまいそうだった。
「やっ、と……ッ……追い付いた、ぞ……!」
息を切らしながら、ガルツがスフィアを睨み付ける。
スフィアより教室から出るのが一歩遅かったせいか、予想以上に人混みに揉まれたらしい。
スフィアは大木を背にして、ガルツと正対していた。
その大木の後ろは学院を取り巻く壁だ。スフィアはそれ以上逃げられない場所に踏み込んでいた。
それを分かってか、ガルツは口端を楽しそうにつり上げると威圧的に言葉を吐いた。
「今ここで、頭を下げれば許してやる」
「あら、私は何も悪い事はしてませんわ」
ガルツのこめかみに青筋が走る。
「あぁ!? 俺に恥かかせただろうがッ! テメェ、わざとだろ!!」
噛み付きそうな勢いで、唾を飛ばして激昂する。
「……本当無駄に高いプライドですね」
スフィアはぼそりと漏らした。
「言っとくが今すぐ謝らねぇと、お前の家がどうなっても知らねえぞ?」
彼のプライドの根源である公爵家という家格。
その家格という手段を取られてしまったら、公爵家より家格の低い侯爵家であるスフィアも大人しくせざるを得ない。
「分かりました。でも、そんなに離れていては謝れませんから……大きい声でとか下品です」
しおらしく身を縮めてガルツに懇願の瞳を向ける。
ガルツも自身の優位を確認して落ち着いたのか、素直にスフィアとの距離を一歩一歩と縮める。
木々に囲まれた空間に今居るのは、二人だけだった。
ガルツの足が踏み出す度に、砂を踏むジャリッという音が響く。
「まあ……お前がどうしてもって言うな――!」
ガルツの身体が傾いだと思った瞬間――
「らぁぁぁあぁあぁぁぁああっ!?!?!!!?」という声を残して、ガルツの姿が消えた。
否、抜け落ちた地面と一緒に穴に落ちた。
穴の縁からスフィアが顔を出せば、ガルツは地面に尻餅をついて、緩衝材代わりに入れておいた木の葉に身体の半分を埋めていた。
「あら、随分と頑張ったのね。ブリックったら」
予想以上に深い穴は決して一人では上ってこれないだろう。
「赤毛ぇ……お前、本当いい加減に――」
ガルツは肩を震わせ、地上から悠々とした表情で見下ろすスフィアを睨んだ。
その瞳は、理性などとうに焼き切れたと言わんばかりに血走っている。
「助けて欲しいですか?」
「ふざけんなっ!!」
「じゃあ、そこから大声で助けを呼んだら良いですよ」
ガルツの見上げていた円の縁からスフィアの姿が消える。
「ちょっと待てって!? お前、俺にこんなことして許されると思ってんのか!?」
ガルツが焦ったように大声で叫べば、再び円の中にスフィアの顔が現れた。
「家の人に言いつけますか?」
「当たり前だろッ!」
「『女の子に無理矢理宿題させて、その解答が間違っていて、授業で赤っ恥をかいたので、追いかけ回していたら穴に落ちました』――って、言えますか?」
ガルツは穴の底で悔しそうに唇を噛んで唸った。
「今なら誰にも知られずに助けられますけど……どうします? それとも、ここで叫んで誰かに助けを求めます? 私はどちらでも構いませんよ」
「~~っ今助けろ」
余程悔しいのだろう、ガルツの声は震え、血が上った顔は真っ赤だ。
しかし、スフィアはそんな簡単には「分かった」とは言わない。
「けれど穴から引き上げたら、ガルツは真っ先に私に何かするでしょう? やっぱり、やめようかしら」
「いい加減にしろよ!? 言っただろうが! お前の家がどうにかなっても知ら――」
「構いませんよ。公爵ともあろうあなたのお父様が、子供のこんなちんけな諍いに口を出すのを恥ずかしいと思わないような方でしたら。それこそ社交界の笑いものになると思いますけどねぇ?」
そう言い放ったスフィアに、ガルツは目を剥いた。
空から降ってくる彼女の声も瞳も酷く冷たかった。影の落ちた彼女の顔の中で、両のエメラルドが不敵な光を宿している。
ガルツには彼女の表情の意味が図れなかった。
「目的……は、何だ……金か?」
そう問えば二つのエメラルドが細められる。
そうして返ってきた答えに、ガルツは一層目を見開くことになった。
「あなたは、私の子分になるんですよ」
「いや、ちょっと待――っ!?」
「簡単ですよ。『はい』か『いいえ』ですから。けれど、生徒が食堂から戻ってきたら『はい』という選択肢が無くなる事は覚えておいて下さいね」
さっきの冷たい声音が嘘のように、実に嬉々とした声だった。
「――――っはい」
長い沈黙の後、ガルツはそう呟きうなだれた。
空から縄ばしごが落ちてくる。
ガルツはまるで通夜のような面持ちで、地上へのはしごに足を掛ける。
そうしてようやく登りきった先には、見るからに上機嫌であるスフィアと、その横にブリックが居た。
「ブリック!? お前何でここに…!」
「おめでとうございます! ガルツ、今日から晴れて貴方も子分二号です!」
「二号!? 二って、どうい、う……」
スフィアの手が隣で肩をすぼめているブリックを示していた。
「……ブリック」
ガルツが全ての感情が消えた声を出す。その一言には全てが込められていた。
「やっぱりプライドが高いと折るのも簡単ですね! 実に折りやすい!」
ガルツがブリックを見る。ブリックは静かに首を横に振った。――「諦めろ」と。
「そうそう。私の言う事には『はい』か『分かりました』で答えて下さいね」
二人は肩を叩き合った。
――――いじめっ子・ガルツ=アントーニオ 子分化によりシナリオ改変完了
お読みいただき、ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが読みたい、と思っていただけたら、ブクマ、評価をよろしくお願いいたします!




