4.センセー! 知っている人が狂気です!
スフィアは、濡れるのが嫌なのか、離れたところからグレイに叱責を飛ばしているジークハルトへと近寄る。
「あの、ジークハルト兄様。兄様が保護者で帯同するという理由は分かりましたが……あちらのお二方はどのような理由でしょうか。ご公務が偶然重なったとか……ま、まさか、兄様が呼ばれて――」
「そうだよ」
「そうだよ!? えぇ、何故ですか!? 護衛も付けず危ないではありませんか!」
グリーズの身が。グレイは、きっと自分の身は自分でどうにかするだろう。平民の格好をして度々お忍びをするくらいだ、心配など不要である。
「そこは安心して、スフィア嬢」
「ひゃあ!」
突然、ジークハルトの肩口から、ひょこっと穏やかな顔立ちの美男が顔をだした。
「グ、グリーズ殿下!」
「だめだよ、殿下呼びは。今日はただのグリーズとグレイで来てるんだから。ジークと同じく君達の保護者としてね」
人差し指で鼻先をトンと軽く弾かれ、スフィアは思わず赤面してしまう。
これはまた、グレイとは違った意味で要注意人物である。やはり十も年上だからなのか、色気漂う包容力がある。攻略対象ではないが、下手に関わらない方が良いだろう。
スフィアはチラとジークハルトを盗み見る。
スフィアの様子を目にしたジークハルトが「グリーズ……」と、犬が唸るような低い声で歯噛みしていた。が、グリーズは意に介した様子もなく穏やかに微笑んでいる。
どこからどう見ても正反対の二人。果たして、ジークハルトとグリーズはどのようにして仲良くなったのか。
「それでグリーズ……様、安心してとはどういう意味ですか?」
「ああ、それはね、私達にはちゃんと護衛が付いているから安心してって意味だよ」
「……はあ」
スフィアは訝しげな声を漏らしながら、目を左右に動かし周囲を確認する。
しかし彼の周りには護衛らしき者など、人っ子一人見えない。この砂浜にいるのはスフィアを合わせた生徒会の五人と、ジークハルト、王子二人のみである。
「あはは、そんな分かりやすくは付けないよ。それだと、せっかくの君達の合宿を邪魔する事になるだろう? 護衛は私達を守る役目だけど、君達は私達が守る対象でもあるから、守る人の守る人は守る人ってことで、君達はすっごく安心なんだよ」
噛みそうだな、とジークハルトがぼそりと呟く。
「ええっと、つまりはアレと同じって事ですよね。友達の友達は友達ってのと……」
「その通り!」
横から、尋ねた人物とは別の者の声が飛んできた。
「それに、何かあれば私達も守りますし。あ、もちろん、スフィア嬢は私が守りますよ」
『私が』の部分が妙に強調されている。
いつもと口調が違っていたが、誰かは容易に分かる。スフィアが一応の礼儀として顔を向ければ、そこにはなぜかずぶ濡れ姿の彼がいた。
救いなのは、彼がいつもの貴族服でなく平民服という軽装だったことだろう。貴族服でずぶ濡れになれば、その重さで砂浜にめり込んでいたことだろう。
「……どうされたんですか、グレイ様」
波に攫われのかと思いきや、彼の表情は実に輝いていた。
「スフィア嬢、私があなたを守ります……永久に」
突然跪かれ、柔らかく取られた手に何かを握らされる。
「これが私の気持ちです。受け取ってください、マイ・レディ」
掌を開けば、中にあったのは薄青色の貝。
その今にも白く抜けてしまいそうな程、儚い青色の貝に、スフィアの口からは思わず感嘆がもれる。
「珍しい貝ですね」
ありがとうございます、と礼を言って、これは素直に受け取る。やはり何歳だろうと、女の子は綺麗なものが好きなのだ。
しかし、受け取るのは良いが、疑問点が一つ。
「これがグレイ様の気持ちとは?」
「ジークハルト卿が、アルザスの青い貝には恋愛成就の効果があると言っていたので」
「ああ、言ったな。うん。言った言った」
最後にボソリと、「嘘だがな」と言ったのは聞かなかったことにしよう。
スフィアは、全身ずぶ濡れのグレイを上から下までじっくりと眺めた。スフィアの視線に気付き、頬を緩ませるグレイだったが、砂浜を風が抜ければ、寒そうに顔を強張らせていた。
うん、何も聞いていない。
「あ、ありがとうございます、グレイ様。とても素敵な貝で……えと、大切にしますね」
今なら、少しは優しくなれる気がした。
背に刺さる、チクチクとしたガルツだろう視線には気付かないふりをした。
「――それで兄様、グリーズ様とグレイ様を呼んだ理由は何ですの?」
保護者であれば、彼一人でその役目は充分に果たしていると思うのだが。
「決まっているじゃないか、見守り要員さ。僕一人じゃ全員を見守るのは物理的に不可能だからね。やっぱり人数分は欲しかったし」
「人数分? それですと、あと二人足りないと思いますが……」
「あはは、スフィア! 何を言っているんだい」
ジークハルトは、おかしいことを言うね、とスフィアの頭をポンポンと撫でると、彼女の背後に向かって指さす。
「あれと、あれと、あれ…………だから、三人でちょうどだよ」
「あれ」と、カドーレを。
「あれ」と、ブリックを。
そして最後の「あれ」と、ガルツを指さしていた。
さされた三人は、それこそ刺されたかのように目を見開いて、口端を引きつらせる。
「僕の大切な天使と、夜の空間を共にしようというんだ。一挙手一投足一呼吸を隅から隅までしっかり監……いや、見守らないと」
ね、とスフィアに蕩けたような笑みをむけるが、彼以外誰も笑っていなかった。
ガルツに至っては、額に汗を浮かべ口を力強く結んでいる。伏せられた瞳は、忙しなく左右に揺れている。彼は今生きた心地がしないのだろう。
そういえば、ジークハルトなどは、噂について知らないのだろうか。一度も突っ込まれたことがない。
――まあ、学院内で広まってるからと言って、社交界まで広まるわけもないわよね。
グレイの態度もそのままであったし、余計なことには口を噤むが賢明だ。
「おっと、ジーク。君の狂気のシスコンぶりに皆が引いているよ」
「干潮だろ」
グリーズは笑っていた。笑い事ではない。
「さあ、それじゃ私の可愛い弟が風邪を引くまえに、屋敷へとご案内願えますでしょうか。リシュリー嬢」
名を呼ばれ、我に返ったリシュリーが慌てて屋敷へと向け先導する。
浜辺と反対側は小高い丘になっており、その頂には古めかしい屋敷が建っていた。屋敷というよりも古城に見える石造りのそれは、壁面を緑の蔦が覆い、まるで妖精や魔法使いが出てくるお伽話のような雰囲気がある。
それこそが、スフィア達が今日から数日間世話になる、ブリュンヒルト家の別荘であった。
「さあ、少年少女よ。有意義な合宿にしてくれたまえ」
肩越しに振り向いたジークハルトに、生徒会男子三人は「はい!」と姿勢を正した。
果たして、『普通に』生徒会合宿は行えるのだろうか。
ジークハルトとグリーズが仲良くなった経緯については、
ごめあそ小説1巻発売記念の、pixiv特典SSにあります。
いつかこちらでも掲載できたら〜と思います。




