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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第三章 もしかして恋愛ルート突入ですか!?

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2.そうだ、合宿、しよう。

 開いて早々入ってきたのは、彼女よりも彼女の声の方が先だった。


「きゃああああああああ!」


 今し方入り口で鞄を落とし、かまいたちの夜でも聞かないだろうド級の悲鳴をあげたのは、彼女――リシュリーである。血の気の失せた顔に両手を這わせ、カタカタと身体を震わせている。どうした。


「あぁあぁぁああたしのスフィアから離れなさいよぉぉぉッ!」

「……悲鳴あげるほどのことかよ」


 同感である。


「一体俺を何だと思ってんだ」と、ガルツは言うが、恐らく彼女の表情からするに、怨霊の類いに見えているのだろう。スフィアの背後から顔を出すガルツはなるほど、背後霊に見えなくもない。

 お焚き上げでもすれば、この腰に巻き付いている腕も離れるだろうか。


「リシュリー、スフィアはリシュリーのものではありませんよ」

「お黙り、カドーレ!」


 一緒にやって来たカドーレはリシュリーの理不尽を聞き流し、粛々と床に落ちた鞄を拾いあげていた。実に手慣れた対応である。さすがは幼馴染みというところか。




「――で、スフィア。本当の本当にガルツと付き合ったってのは本当なの?」


 三回も言った。

 この件に関しては、学院に噂が出回った当初に説明した覚えがあるのだが。どうやら彼女の記憶からは抹消されているらしい。


「リシュリー、落ち着いてください。私がガルツと付き合ったのは、まあ本当ですよ」


 スフィアは、懇切丁寧に再び同じ説明を繰り返す。

 しかし、リシュリーはスフィアの肩を勢いよく掴むと、千切れんばかりに首を横に振り回した。


「そんな事ないわ!」


 まさかの全否定。


「あぁ、可哀想にスフィア……きっとガルツに何か脅されたのね!? 分かるわ、公爵家だからって生意気よね」

「後半はただの悪口だろ。いや、つーか脅してねえよ、ふざけんな」

「ふざけんなが、ふざけんなだわ」


 躊躇いもなくリシュリーの舌打ちが飛ぶ。百合のような令嬢の口から飛び出すものとしては、あまりに毒が効きすぎている。


「つーか、リシュリーが何と言おうが、スフィアは俺の彼女なんだよ!」


 ぐっ、と腹を抱くガルツの手に力がこもる。それ以上は勘弁してほしい。ボロネーゼが。

 すると、リシュリーの鞄をソファに運んでいたカドーレが、執務机周辺の様子を眺めポツリと漏らす。


「スフィアとガルツが付き合うことに、僕は異論などありませんが……」


 一旦そこで言葉を切ると、カドーレは首を傾げた。


「ガルツはスフィアと付き合った割りには、どこか余裕がありませんね」

「なあ……っ!?」


「必死ですね」と、衝撃を受けているガルツに、更なる無意識の追撃をかけるカドーレ。


「あははははは! 知ってるガルツゥ? 必死って必ず死ぬって書くのよ!」


 どうやら、リシュリーは容赦というものを知らないらしい。実にイキイキとした高笑いである。

すると、さすがにガルツを憐れに思ったのか、今まで口を挟まずにいたブリックが溜め息と共に、ガルツを擁護する。


「二人共、それ以上はやめてあげてよね。ガルツだって、花畑に浸りたいのに出来なくて焦ってるんだよ。なんせ、条件付きのお付き合いだからね」

「条件付き?」


 怪訝に眉を潜ませたリシュリーが、語尾を上げて詳細をとブリックに目を向けた。

 ガルツが「おい、ブリック!」と、言うなよとばかりの焦った声を出すが、ブリックは首を横に振る。


「公私混同するなら、それ相応の説明は必要でしょ。説明責任だよ、生徒会長」

「敵しかいねぇ!」


 ガルツは己の不遇に、頭を抱え天を仰いだ。スフィアは、その肩をドンマイと叩いてやった。


「……彼女なら、少しは擁護しろよ……俺、お前の事で色々と身を粉にしてるんだが」

「はいはい、いつも助かってますよダーリン。ありがとうございます~」


 スフィアは腕が離れたのを良いことに、ガルツの膝から飛び下り、再捕獲されないように執務机を挟んだ対面へと逃げる。


「はぁ、やっと解放されました」


 腹部を撫で、ほっと息をつくスフィアの様子は、まさしく安堵そのもの。彼氏彼女の甘やかな空気など、どこにもない。


「……なあ、俺こいつの彼氏だよな?」

「だと思うよダーリン」

「とりあえず、この書類にサイン貰っても良いですか、ダーリン?」

「あひゃひゃひゃ! ざまぁだわダーリン!」

「敵しかいねぇぇぇぇ!」


 恐らく、彼の安らぎの場所は、もはや学園内のどこにも存在しないのだろう。





「――それで、スフィア。ガルツとの条件ってのは?」


 やはり、ブリックの言葉が気になるのだろう。

 リシュリーはガルツへの当てつけなのか、スフィアの背にくっつくようにして、肩口から顔を出している。


「知りたいですか?」

「スフィアの事なら、一日の爪の伸びしろすら知りたくあるわ」


 中々の狂気である。

 しかし、こればかりは教えたところで彼女達にも意味は分からないだろう。事実、条件をのんだガルツも、意味が分からないまま頷いたのだから。それを傍らで聞いていたブリックも同じだ。


「詳しくは言えませんが、このお付き合いは、『ガルツが、とある方に認知されるまで』のものです」

「その、とある方ってのは?」


「内緒です」と、スフィアがウインクして口の前で人差し指を立てれば、なぜかリシュリーは至って真面目な顔で「好き」と告白する。

 すると、ガルツとリシュリーの争いの気配をいち早く察知したブリックが、「あ~そういえば~」と、無理矢理な声を上げた。


「み、皆って、今度の創立休は何して過ごす予定なの?」

「ああ、そういえば来週だったな」

「あまり気にしていませんでしたね。まあ、僕はいつも通り家で過ごすつもりですが。読めていない本も随分と溜まっていますし」


 貴幼院には創立休というものが存在する。

 元の世界にも、学校によっては創立記念日というものがあったが、なんとこちらの創立休というものは、休日が一日ではなく丸々一週間用意されているのだ。素晴らしい。

 休むことに寛容なのか、はたまた貴族故にゆるされた優雅な時間なのか。どちらにせよ、あって損はないので、有り難く享受する。

「そうですねぇ」と、スフィアは顎を指で撫でながら唸る。


 この間までの夏休みで、やりたいことはある程度やってしまった感がある。恐らく、他の者達も同じ感じなのだろう。ガルツもブリックも腕を抱えている。

 すると、背後で「そうだ!」と、実に嬉々とした声が上がった。

 皆の視線が背後の声の主――リシュリーに注がれる。


「皆で海に行きましょうよ!」


 話を聞けば、『アルザス』という南西の地に、ブリュンヒルト家の別荘があるらしい。


「元々あたしは行く予定だったから、メイド達もいるし。夏の残り香でも楽しみに行きましょ」


 唐突な提案ではあったが、スフィアを含めガルツもブリックも「海かぁ」と、満更でもなさそうな声を漏らしている。


「でもリシュリー、あそこは――」


 ただ一人、カドーレを除いては。しかし、何か言おうとしたカドーレの言葉を、いつもの「お黙り、カドーレ!」が遮れば、カドーレも口を噤んだ。


「じゃあ、生徒会の秋合宿ってことで、ね!」


 その一言で、生徒会のアルザス合宿が決定した。


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― 新着の感想 ―
[一言] どんな理由であれ、膝の上に乗せて抱き締められるシチュエーションを得ただけで勝ち組だぞガルツ! まぁ相手は終始ボロネーゼへの意識が強かったけど笑
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