41.ボスと子分
ブリックが「今日行ってくるね」と、スフィアの家を訪ねた翌日。
その席には、久しぶりに見るルビーのように輝く赤髪の少女が、何食わぬ顔して座っていた。
「……そこ、俺の席なんだけどな」
「あら、おはようございます、ガルツ」
あまりの以前と全く変わらない態度に、ガルツの方が面食らって押し黙ってしまう。もしかして、自分だけ別世界に来てしまったのだろうか、と一瞬頭を悩ませる。
「子分達が寂しい思いをしてると聞きまして。ボスとしては、子分のメンタルケアも必要ですし」
「今日は随分と余裕があるみてえだな」
先日は可愛らしく慌てふためいていたというのに。
スフィアのその態度は、完全に答えを出しているように見受けられた。しかもそのサッパリとした感じから、恐らく自分の望む結果は得られないだろうとガルツは悟る。
心の片隅で『欠席届貰っておけば良かった』と、多少なりの後悔がわいた。
「さて、お話でもしましょうか、ガルツ」
「じっくりと」と言って目を細めたスフィアに、ガルツは背中を冷たくした。
◆
「――って、なんでブリックまでついてくるんだよ」
スフィアとガルツ、そしてブリックまでもが屋上に来ていた。
「基本的に邪魔はしないけど……一応、ね? ガルツにはこの間の前科があるからね」
どこに入っていたのか、ブリックは懐からボールを出した。軟式ではなく硬式の方。
そのボールを見て、ガルツが口をへの字にして後頭部を押さえた。すっかりたんこぶは消えたというのに、その時の事を思い出せば、後頭部がありもしない痛みを訴える。
先日――スフィアに迫った日、ガルツは、ブリックから後頭部に同じボールをくらっていた。
「はぁ……あの時は間一髪だったよ。心配になって探してみたら、まさかガルツが、スフィアを木に押し付けて無理矢理致そうとしてるなんて……。言っとくけど、僕はガルツ、君を助けた方なんだからね! 勿論、無理矢理はダメだけど、あの時のスフィア……拳握って君の脇腹狙ってたからね?」
「……殴られるまでは拒否じゃねえだろ」
「殴られて無駄にメンタルとボディに傷を負うよりも、ちゃんと話し合ってメンタル負傷だけの方がマシじゃん」
「お前……」
ガルツは口と目をひくつかせた。
「とりあえず、今日はちゃんと口で話し合って。実力行使厳禁!」
ガルツを指さし、見せつけるように手の上でボールを跳ねさせると、ブリックは二人から距離を置いた。あとは二人でどうぞ、ということなのだろう。
しかし、どうぞ、と改めて仕切られると、なんとも口を開きづらいものがある。どうやって切り出そうか、とスフィアが頭を悩ませていれば、先にガルツが言葉を発する。
「休んでた間、どうしてたんだよ」
「ちょっと、とある高飛車な殿方の人格矯正にいそしんでました」
ガルツは、うんざりした声で「通常営業かよ」と、肩を落とした。
「少しは、俺の事で頭を悩ませてるかと期待したんだがな」
「安心してください。しっかりとガルツの気持ちとは向き合いましたから。高飛車殿方のほうは、ついでのハプニングです」
「片手間で人の精神破壊してんなよ」
思ったよりも普通に会話出来ていることに、スフィアは胸を撫で下ろした。
「本当に……ガルツの気持ちとは、しっかりと向き合いましたから……」
どうしてガルツに対してだけ、これ程に悩むのだろうかと思った。他の攻略伽キャラに対しては、情け容赦ない対応が出来ているというのに。
しかし、本当はスフィアもその理由に気付いていた。
彼の言葉が、心からのものだったからだ。欲望に任せて『俺の女に』というのであれば、スフィアは一考の余地もなく断っただろう。しかし、彼はスフィアの『誰のものにもならない』という想いを掬いとり、そのうえで、自分と一緒になれと言っているのだと分かった。
だからこそ、その優しさがスフィアを悩ませるはめになったのだが。
今、自分を見つめてくるガルツの目は、期待と諦念の相反する心が浮かんでいた。恐らく、スフィアがどのような答えを出したとしても、ガルツは声を荒げて食い下がるような真似はしないだろう。彼の優しさは十分に伝わっている。
――心には心を……ね。
心に対しては心を返す。それはエイカーの一件から学んだ。
ガルツが向ける自分への好意は、攻略キャラだからと作られた思いでないことは分かっていた。共に過ごす中で芽生えた、彼自身の想いだ。
その思いをぶつけられたからには、こちらも誠意をもって答えねばなるまい。
「私、昔からお慕いしている方がいるんです」
「え、もしかして、俺ってもう振られた?」
告白のお断り常套句をあまりにもサラリと述べられ、ガルツは理解が追いつかないと、目をまたたかせた。しかし、スフィアは肯定も否定もせず、ただ続きの台詞を口にする。
「私は、その方がただ笑ってくれれば良いんです。幸せでいてくれるのなら。決してその方を自分だけのものにしたいとは思ってはいません」
ガルツの眉間に深い皺が寄る。何を言いたいのかサッパリ分からない、といった風情である。スフィアは、クスリと笑みを漏らした。きっとこの後の自分の答えは、彼を一層混乱させるのだろうなと。
「いいでしょう、ガルツ」
スフィアは自身の唇に指を這わせ妖艶に微笑んだ。
「あなたの女になりましょう」
全てが時を止めた。屋上に吹く風さえも止まったかのように。
離れた場所で話を聞いていたブリック。彼の手の中にあったボールが、てんてんと屋上に転がり、動きを止めれば、漸く屋上に時が戻ってくる。
ガルツとブリックは驚愕に目と口を丸くしてしており、スフィアはにこやかに微笑んでいた。
「……とりあえず……ガルツはそこの池で溺れるの決定だからね」
「………………おう」
スフィアとガルツが付き合いだしたという衝撃的な噂は、翌日には全校生徒が知る事となった。
【第二部・了】
二部、お付き合い下さりありがとうございました!
三部は、半月くらい休憩をいただいてまた12月あたりからあげていきたいと思いますので、ぜひブクマやフォローなどで更新通知をお待ちいただければと思います。
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