8・次はあなたのハートを狙い撃ち♪
応援が力になります!
以前から思っていた事だが――
人は他人に後押しの言葉を貰うと、それを頼りにして選択肢を選んでしまう。そうするとその選択肢が良くない結果をもたらした時に、その責任を後押ししてくれた他人に求める傾向にあると。
「最後の選択を本人に委ねる。簡単な事だけど、とっても大切な事よねぇ……」
重要なのは、最後の一線を本人に跨がせる事。
介添えも応援もしてはならない。ただ目の前に置いて、「どうする?」と提示するだけだ。そして、そこに時間の制約も加えればなお良し!
そうすると人は何ともいとも容易く、呆気なく、易き方に踏み出してしまう。
そして、その結果が――
「ほら、ちゃっちゃと掘っちゃって下さいよ~。皆来ちゃうじゃないですか~」
「だったら手伝いなよ!!」
彼、ブリック=ラウロフだ。
先日からめでたくも、スフィアの子分となった。
「っていうか、僕今これ何させられてんの!?」
ブリックはシャベルを突き立てその柄に顎を乗せると、疲れたように溜息をついた。
穴の底で。
「ブリックは知らない方が良いですよ? 知ってて手伝ったのと、知らずに手伝ったのでは罪の重さが違いますからねぇ?」
穴の縁にしゃがみ込み、地上から穴の中のブリックを笑って見下ろすスフィア。
彼女は笑っているはずなのに、その笑みが仄暗く見えたのはきっと逆光のせいだからだとブリックは自身に言い聞かせる。
彼は無言でシャベルを手に取った。
◆
「おはようございます」と朝のしとやかな挨拶が教室のあちらこちらで聞こえる。
しかし、相変わらずスフィアにその声が掛かる事はない。が、代わりに最早日課と化している声が掛けられた。
「今日もむかつくくらいに赤毛だな!」
お前は赤毛に親でも殺されたのか。と思うが、心の中に留めておく。
「おはようございます、ガルツ」
ガルツの挨拶とは言えない悪口を、スフィアは普通の挨拶で何事も無いように受け流す。
「で、やってきてるんだろうな?」
スフィアは鞄からノートを取り出しガルツに手渡す。
ノートに書かれた持ち主の名は『ガルツ=アントーニオ』となっていた。スフィアが手渡したのは、例の如く昨日ガルツに押し付けられた算数の宿題だった。
「俺が言うのもなんだけどよ、よくやるよなお前も。ブリックのもあるしよ……」
ガルツは受取ったノートをパラララと適当に捲る。
解答を確認しているというよりは、手遊びで捲っているだけのようだった。中をチラとも見ようとしない。
「しかも、赤毛にしては一応勉強は出来るみたいだしよ」
それ、赤毛関係あるか? とも思ったが、口には出さない。
今までスフィアは幾度もガルツの宿題を肩代わりさせられてきた。しかし、決して手を抜く事はしなかった。全てに真摯に向き合ってきた。
そのおかげで学力については彼の絶対的信頼を勝ち取っていた。
と言っても、所詮は小学生レベルの問題ばかりなのでスフィアは大して苦労もしていない。
「そういや……ブリック知らねぇか? あいつまだ来てないのか?」
ガルツは丸めたノートで自身の肩叩きながら、きょろきょろと顔を巡らし教室を確認する。
「さあ? 私もブリックの事はあまり分かりませんので」
スフィアは目を伏せ、心配げな様子を漂わせた。
するとガルツは鼻を鳴らし「ま、いいか」と、肩を叩きながら自身の席へと戻って行った。
それから五分程経ってブリックは現れた。
手で制服の袖をはたきながら入ってくる彼に、スフィアはチラと視線を向けた。
「ああ、ブリック。おはようございます。これ、ノートです」
今朝の事などまるで何もなかったかのように、今初めて会いましたと言わんばかりのスフィアの態度にブリックの口角が引きつる。
ノートを受取る際に「何か企んでるのか」と湿ったような目つきでスフィアを凝視するも、彼女は「なにか?」と目を丸くするだけだった。
その、スフィアの本当に分からないといった反応に、ブリックは表情を明るくさせた。
もしかしたら、今朝会ったのは彼女ではなかったんだと、子分とか全部夢だったんだと。
しかし、彼のその希望はすぐに打ち砕かれる。
唐突にブリックの握っていたノートが引っ張られた。
ブリックは体勢を崩し、スフィアの机に肘を突いて倒れ込む。
「――余計な詮索はおすすめしませんわ」
近付いた距離の中で、密かに告げられた彼女の言葉に、ブリックの顔は見るも無惨に絶望の色を浮かべた。
やはり夢ではなかった、と。
今朝の事も、子分になった事も、そして今、目の前で人畜無害な顔をして素知らぬふりをする彼女も何もかも現実だったんだ、と。
「怖っわ!!」
思わずブリックはスフィアから距離を取った。
スフィアは楚々として笑っていた。
「あーあ、僕の学院生活どうなるんだろう……」
ブリックは天を仰ぐと、肩を落として隣の席へと着いた。
◆
四時間目。始業のチャイムと同時に教室に算数の教師が入って来る。
教師はいつも通り、まずは宿題の答え合わせから始めた。
「皆さん、宿題はやって来ていますね? それでは、それぞれの問題に答えて貰います。では問一を――ガルツ、答えなさい」
想定通り、教師はガルツを指名した。
この教師はどうも上位貴族を優遇する節があった。
公爵家という、貴族の中では頂点の爵位にある家格のガルツを、授業中必ず一度は指名する。
その都度ガルツは誇らしげに指名されて当然と自信満々に回答しては、教師に褒められている。とはいっても、彼の宿題をやっているのは自分なのだが。
彼も最初はスフィアの学力を信じておらず、授業前に全て誤答が無いかチェックはしているようだった。
――自分でもやるんだったら、最初からやりなさいよ……。
しかし一度も誤答をしないスフィアに、ガルツはここ最近ノートを貰っても確認をしなくなっていた。確認せずとも必ず正答だったからだ。
昨日までは――。
「答えは、38です!」
今回も彼はいつも通り、自信満々に回答した。
その瞬間、教室に微妙な空気が流れる。
「えっと、38……ですか?」
「はい!」
教師は言うのを躊躇うように口をまごつかせると、申し訳なさそうな声で「違います」と呟いた。
その言葉にガルツは目を驚愕に見開いた。
「では代わりに……後ろのエルバ、答えて」
指名された女子生徒が、申し訳なさそうに、小さな声で正解を口にする。
「……はい、正解です。では問二を―――」
教師が他の生徒に解答を求めている間中、ガルツの背中は小刻みに揺れていた。
一番後ろのスフィアの席からはその様子がとてもよく見えた。
今、ガルツが開いているノートに正答は一つもない。余すところなく全て誤答を書いておいた。
「だから言いましたのに……宿題は自分でやった方が良いと……ふふ……」
隣の席のブリックは、両手で顔を覆っていた。
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