35.真摯な想い
「これはこれは。スフィア様、ようこそいらっしゃいませ」
ドアを開けた宝石のように美しい少女に、エイカーは人好きのしそうな笑みで挨拶を告げた。
「こんにちは、エイカーさん」
「今回は、どのようなものをお探しでしょう?」
エイカーは椅子を引いて、店内に一つだけ置かれた丸テーブル、スフィアの着席を促す。スフィアも分かったもので、促された椅子に腰を下ろす。
「そうですね、贈る相手は前と一緒なので同じイメージで……それでいて、ヴァイオレットの宝石を使ったものが良いなって」
「かしこまりました」
二人の会話はすっかり馴染みのもののそれであった。
事実、スフィアが『グランエイカー』を訪ねるのは、これでもう六回目になる。エイカーが黒毛氈のトレーに、選んだ宝飾品をいくつか乗せて戻ってくる。そのどれもが一級品であり、窓から射し込んだ僅かな光でも、眩いばかりの輝きを放つ。
「本当……エイカーさんのは、いつ見ても惚れ惚れするようなものばかりですね」
宝飾品にさほど興味のないスフィアでも、思わずうっとりとした声を漏らしてしまう。マルコーに貰ったピンクダイヤも美しかったが、目の前に並ぶ宝飾品にはどれも、作り手の心とも言える温度が宿っていた。
スフィアは並んだ中の一つに自然と手が向いた。それが一番、贈り物の相手――マルコーに似合うものだと感じたから。すると、エイカーは相好を崩す。
「やはり、そちらをお選びになりましたか」
嬉しそうに言うエイカーに、どういう意味だとスフィアは首を傾げる。
「実はそちら、今までのスフィア様が選ばれたものを参考に、わたくしなりにお相手の方の事をイメージして作ったものでして……」
面映ゆそうに頬を掻くエイカー。手にした宝飾品とエイカーの表情とを見比べ、スフィアは緩く首を横に振った。
「……そうですよね。本来、贈り物とはそのようなものですものね。相手のことを思い、その気持ちを大切にしてこそですもの。大切なことを気付かせていただき、感謝いたしますわ」
「とんでもない。わたくしも誰かを想って作るのは久しぶりでしたので、とても心踊る一時でした。こちらこそお礼申し上げます」
本当にエイカーにとっては、細工をしているときが一番楽しいのだろう。彼の言葉には微塵も偽りなどみられず、聞いているこちらも嬉しくなるような声だ。
スフィアは、そういえば、と不意に思い至って店内を見回す。何度も店を訪ねているが、従業員どころか家族など、彼以外の者を見たことがない。
「あの、エイカーさんには、贈りたい方はいらっしゃらないのですか? ご家族のどなたかなど……」
遠回しに聞いてみれば、エイカーは眉尻を下げて困ったように笑い、首を横に振った。
「あいにく、ご縁に恵まれませんで……細工ばかりしていたら、いつの間にかこのような年に。後継者にも恵まれず、きっとこの店も私の代で最後ですね」
店内を見回す彼の目には、感慨が滲んでいた。端から見ればただのニスの剥げた腰板でも、彼には、その一つ一つに忘れがたい思い出が詰まっているだろう。
「『グランエイカー』――偉大なるエイカー。今では名前負けしていますが、この名をいただいた頃は、それはそれは店は賑わっていたそうでして。わたくしも、この子達を一度で良いから大勢の方々の目に……日の目を見せてやりたかった」
まるで愛し子を撫でるように、エイカーは宝飾品を指で撫でた。
スフィアもエイカーと同じ気持ちだった。もっと多くの者達に彼の作品を見て欲しかった。
彼は作った宝飾品を自ら自慢したりしない。並べられた宝飾品はどれも、目を瞠るようなものばかり。しかしどれだけ褒めても、彼は居丈高に鼻を高くしたりもしない。
ただ真摯に自分と作品とだけに向き合ってる。それがスフィアには、とても尊いものに感じられた。だからこそ、これ程までに彼の作ったものは美しいのだろう。これ程に、人の心を動かすのだろう。
高純度の素直な想いで作られたものだからこそ。
「はは、いけませんね。このようなしみったれた考え方ばかりしているから、いつまでも日陰者なんですよね」
「きっと、伝わりますよ。エイカーさんのその真摯な想いは」
スフィアは、エイカーが贈る者の事を考えて作成した宝飾品――ループタイの飾りを手に帰路についた。
それから二日後である。マルコーからの招待状が届いたのは。




