29.ガルツという男
「――――ッスフィア!」
突然の声と共に、眩い光が二人の上から降り注いだ。
頭上を覆っていた蔦がガサリと払われ、ガラス天井から射し込む陽光がそのまま、スフィアとグレイを照らしていた。
突然の眩しさにスフィアが視界を閉ざせば、次の瞬間、腰に何かが巻き付き、グッと強い力で後ろへと引き起こされる。驚きに閉じていた目を開け振り向けば、そこにあった顔にスフィアは目を丸くした。
「ガ、ガルツ!?」
ガルツの額には薄らと汗が滲んでおり、息も僅かだが上がっている。まさか、ずっと探していたとでも言うのか。グレイが言ったように、既に探すのを諦めて入り口で待っているかと思っていたが。
ガルツが眉間に皺を寄せ、「お前」と口を開きかけたとき、ガサガサと一気に周囲が騒がしくなる。
「あ、いたいた。全く、もう! 探したのよ、スフィアったら」
「うわぁ、こんな場所あったんだ。こりゃ分からないよ。よく見つけたね、ガルツ」
「すごい蔦ですね。伸び放題だ……これは、温室の手入れも考えないといけませんね」
ガルツの後から生徒会の面々もスフィアの元へと到着する。後を追うようにして、グレイの護衛達もワラワラと集まり始めた。
スフィアは、一人密かに息をついた。
――しっかりしなさい、私。今はスフィアなんだから、前世なんか気にしないのよ。
それもこれも、先日、前世の記憶を振り返ってしまったせいだろう。頭をフリーズさせる暇があるなら、相手をフリーズさせる術を考えるべきだった。
「ありがとうございます、ガルツ。もう一人で立てますから、手を離してくださって結構ですよ」
ガルツの腕は、まだ腰に絡みついていた。しかし、スフィアが声をかけてもその腕が緩む気配はない。不思議に思ったスフィアが振り返ってみれば、ガルツの目はスフィアの方を向いていなかった。
その視線は、スフィアの正面にいるグレイを捉えている。
一方グレイは、「殿下! 勝手な行動は慎まれてください!」と、護衛達に注意を受けていた。しかし不意に、その護衛達の合間を縫って、グレイの目がこちらを向いた。
しかし、スフィアはグレイと目が合わない。グレイの視線は、スフィアの後ろ――ガルツに注がれていた。
なにやら穏やかとは言い難い空気。
その空気を先に壊したのはガルツだった。
「殿下、そろそろ次のご予定のお時間です。校内も温室も、十分にご覧いただけたと思いますので、次の目的地へは私がお連れいたしましょう」
普段とはまるで違う、ガルツの慇懃な口調に、スフィアは口をポカンと開けて目を瞬かせた。
「そうですね。校内も温室もじっくりと見ることができましたからね、そちらのご令嬢と。彼女も疲れたでしょうし、次はあなたにお願いすることとしましょう」
グレイが「そちらのご令嬢」と言った瞬間、空気がピリついた。
「それで、あなたは?」
そこで漸くガルツはスフィアを解放し、グレイに向かって腰を折った。
「これは大変失礼をいたしました。アントーニオ公爵家が長男のガルツと申します。当学院の生徒会長を任されております」
「ああ、アントーニオ公爵の……」
グレイは「へえ」とばかりに、片口を上げた。
「リシュリー、スフィアと一緒に先に生徒会室に戻っていてくれ。他の二人も」
「え、ええ、分かったわ」
ガルツはスフィアの手を掴み、そのままリシュリーへと渡した。そのガルツのいつもと違う強引な様子に、スフィアだけでなくリシュリーや他の二人も軽く驚きをあらわにする。
スフィア達はグレイに向かって辞去の挨拶をし終えると、踵を返して温室を後にした。
◆◆◆
なぜ、このような状況に置かれているのだろうか。
これでは五年前の再現ではないか。
しかし今度は落とし穴も準備していなければ、おそらく彼はもう落ちてはくれない。
それほどに――彼は自分の行動を予想できてしまうほどに、長い時間を共にしている。
「――ッガルツ」
◆◆◆




