27.こういう奴だよお前は
スフィアが先を歩くようにして、校舎内を案内して回る。
「こちらの南棟が下級生の教室が入る、下級生棟です」
「へえ、棟が分かれてるのですね」
副音声で立派に会話できていることに関しては、深く考えてはならない。以心伝心に他ならない芸当なのだが、それを認めれば何か負けたような心地になるので、これは都合の良い乙女ゲーム世界のなんたらかんたらの力であると、スフィアは自分を納得させる。
「上級生棟と下級生棟を繋ぐ東西の棟には、特別教室などが」
「図書室などの特別教室も見てみたいですね」
「うわっ、変態」
「逆ぎゃ――いや、逆ですらないな」
本音と建前が一致した稀有な発言であった。グレイの顔に哀愁が滲む。
「ヤバッ」とスフィアは慌てて口を押さえたが、皆、スフィア達からは少々離れて付いてきていたため、今の発言を聞かれることはなかったようだ。
スフィアはホッと胸を撫で下ろした。
――隣に面倒の象徴がいるってのに、これ以上の面倒事は勘弁だわ。
教師達はそれぞれの仕事に戻り、校内の案内は生徒会の面々と、グレイの僅かな側近のみ。他の生徒達は授業中だという事もあり、粛々として案内は進む。
「ねえ、なんだか殿下とスフィアの距離って近くない?」
先を歩くスフィアとグレイの様子に、リシュリーがぼそっと呟く。
何を話しているかは分からないが、グレイは楽しそうに笑っていた。時折、耳打ちするような仕草もあり、初対面にしては少々距離が近すぎのような気もする。
「まあ、スフィアは綺麗だからね。殿下も気に入ったんじゃないの」
いつものことだ、とブリックは特に気にした様子もない。
「あ、じゃあもしかしたら今回もスフィアは、あの精神破壊活動をするのかしら」
「いや、さすがに王子相手にはしないでしょ」
「何ですか、その不穏な活動は……」
カドーレがリシュリーの言葉に眉を顰めるが、スフィアの破壊活動を知っている他の三人は首を横に振った。知らぬが仏だと。
「この世には、知らない方が幸せなことがあるんだよ」
ガルツの有無を言わせぬ言葉の圧と、肩に乗せられた手の重みに、カドーレは分からずとも、触れてはならぬと口をつぐんだ。
「いやぁ、けれど本当に、殿下とスフィアってなんか親しげだよね。僕だったら、殿下の隣とか緊張しちゃいそうだけどさ」
「隣が殿下じゃなければ、あたしが割り込んで行くものを……っ! あたしのスフィアを独り占めしてずるいわ!」
「スフィアはリシュリーのものではありませんよ」
「お黙り、カドーレ!」
「ちょっと、他の生徒達は授業中なんだし静かにしてよ」
リシュリーが叫喚するのをブリックが宥める。
「ほら、ガルツも会長らしく何とか言っ――」
八つ当たりでカドーレの首を絞めはじめたリシュリーの凶行に、ブリックは「止めてくれ」とガルツに目を向けた。しかし、ガルツはまるで騒ぎなど気付かないとばかりに、足を止め廊下に視線を落としていた。
「ガルツ……?」
俯いていたことで、ブリックにはガルツがどのような表情をしているのか、分からなかった。
「――こちらで、案内は最後になります」
案内の最終地は温室であった。半円形のドーム天井に、真っ白な支柱。天井も壁面も全てガラス張りであり、内側で咲き誇る花々の色艶やかさが、外からでも見てとれる。
まるで、花を生けられた巨大な鳥籠。
「では、どうぞ。赤髪のお姫様」
「……ありがとうございます、殿下」
案内役であるスフィアより先にグレイが温室のドアを開け、紳士の如くスフィアの入室を促した。スフィアの表情は遺憾千万とばかりに歪められていたが、ここで下手に抵抗するのも変なので、大人しくグレイと共に温室へと入る。
後ろからガヤガヤとした声も聞こえるので、控え目に付いてきていたガルツ達一同も、温室に入ったのだろう。
――案内っていっても温室だし、さらっと一周して終わりましょ。
今のところ、最初に手に挨拶をされたくらいで、他には何の問題も起こっていない。グレイはしっかりと王子としての公務を果たしているし、スフィアも『殿下』と言い、訪問先の一生徒を貫けている。実に順調である。
だからこそ、順調のうちにさっさと幕を下ろしたかった。
「それでは殿下、歩道に沿って――ぇえええええええ!?」
しかし、予定通り進まないのがこの世界。
突然腕を引かれたかと思えば、そのままグレイが猛スピードで駆け出した。後方でもスフィアと同じく驚きの声が上がっている。
「ちょちょちょ!? グ、グレイ様!?」
あまりの唐突なことに、思わずスフィアの殿下呼びも崩れる。制止の言葉をかけるも、振り向いたグレイは口の前で人差し指を立て、ウインクでスフィアに返答する。実に楽しそうである。
温室といっても、通路にまで木々や花々がせり出してきている所もあり、見通しはすこぶる悪い。人の背丈ほどの巨大な葉もあれば、天井近くまで育った背の高い樹もある。歩道を歩いていれば、人を見つけるのも比較的容易であるが、ひとたび木々の中に紛れてしまえば、あっという間に要捜索隊である。
そして今現在、慌てふためいた護衛と生徒会一同という名の捜索隊が、絶賛活動中である。




