25.やあ、久しぶり
生徒会室に来てみれば、先に来ていたガルツに、じっとりとした目を向けられた。実に一週間ぶりに見る顔だが、最後に会った時よりも、幾分かやつれている気がする。
「あら、体調でも崩してました、ガルツ?」
それほど交換視察で気を遣ってきたのだろうか。しかし、気遣い程度でやつれる男ではないはずだが。
疑問に首を傾げていれば、ガルツの代わりに横からブリックが言葉を挟む。
「ああ、ガルツね。向こうの学院で、毎日選取り見取りの花々に囲まれてたらしいよ」
「語弊がある。何が選取り見取りの花々だよ、全部食虫花だよ」
どれも選びたくない、と憔悴しきった顔で、沈鬱な溜め息をつくガルツ。
なるほど。やはりどこの学院でも、『公爵家令息』というブランドは魅力的に映るのだろう。しかも三大公爵家、ただの公爵家よりも輝いて見えたはずだ。
「ったく、公爵家っていう餌に群がる蟻かよ。気分悪ぃ」
余程辛酸を舐めさせられたのだろう。思い出すのも嫌だと言うように、首を緩く振るガルツ。
ロンバルディアでは、彼の一年生の頃の行いや、いつも絶世の美女であるスフィアの隣にいる事で、そこまでの包囲網は築かれない。しかし一般的に見れば、やはりその家格も相まって、モテる部類なのだろう。
「うわー羨ましい。一度で良いからそこの池で溺れてきてよ、ガルツ」
「最近辛辣過ぎじゃね? ブリック」
ブリックもガルツのモテっぷりに、ド直球な嫉妬を口にしていた。
「いや、俺の話題はどうでも良い。それより問題はお前だ! 今度は何をやったんだよ!」
ガルツが、ギロリ、と据わった目をスフィアに向ける。
「何もやってませんが? 普通に学院に来て、お勉強して、ちょっと除草作業を――」
「最後最後! 最後のソレェ! なんだ除草作業って!? そんな活動は、生徒の日常に普通は入ってねえんだよ!」
ガルツは、今にも椅子を蹴倒さんばかりに、机の上に乗り出し叫んだ。
「ディートリヒ学院からの意見書に、【魔王嬢がいる魔王城】って書かれてんだよ! どんな意見だよ!? どこだよココは! 魔王嬢も魔王城も初めて聞くわ! 絶対ぇお前のせいだろ!」
「あら、嬢と城をかけてるんですね。お上手」
「あながち間違いじゃないよね」
まあ、と口に手をあてがい、清楚な令嬢を装うスフィアと、意見書の言葉に特に驚くこともなく、納得に深く頷くブリック。
「お前ら、反応がおかしいんだよ!」
スフィアとブリックの反応に、ガルツは自分の方がおかしいのかと頭を抱え、項垂れてしまった。するとそこへ、気の強そうな甲高い声が飛び込んできた。
「ちょっとぉ、外まで聞こえてるわよ。はしたない生徒会長ね」
リシュリーであった。長い足を大きくスライドさせ、スカートの裾を翻しながら歩く姿はまるでモデルのようだ。その後ろからは、カドーレがリシュリーとは対照的に、静かな物腰で入ってくる。彼の父親はリシュリーの父親の秘書をしていると言っていたが、まるでその縮図を見ているようだった。
「俺ははしたなくねえよ。この学院じゃ飽き足らず、他の学院の奴にまで手を出すコイツの方が、はしたねえだろうがよ」
この場合の『手を出す』が、本来の色欲的意味で使われていない事は、暗黙の了解的共通認識であった。ロンバルディアに在籍する生徒であれば、詳しい方法は知らないにしても、スフィアが手を出せば、どのような結果に見舞われるか承知済みである。
リシュリーは自分の執務机に鞄を置くと、当然のごとくスフィアの元へ向かう。
「あら、ガルツったら。スフィアは何も悪くないわよ。ただ友人の恋路を応援しただけじゃない」
「そうですよ。私は友人の恋を手伝って成就させたまでですから。あともうおひと方には、ご自分の発言の責任というものを、理解していただいただけですよ」
スフィアとリシュリーは、仲良さげ顔を見合わせ、「ねえー」と一緒に首を傾げた。
「あれ? やっぱり俺がおかしいのか? あれ?」
「ガルツ、深く考えたら負けだよ。常識を持って付き合うと、自分が馬鹿をみるだけだから、常識はさっさと捨てることをオススメする」
「この学院で何があったっていうんだよ…………」
戦慄に顔を青くし、再度頭を抱えて執務机に突っ伏すガルツ。その背を、ブリックが優しく撫でてやっていた。意外とメンタルが頑強なのは、ブリックの方なのかもしれない。
「まあまあ、そんな気を落とさないでください。ほら、クッキーあげますから」
「あたしのマカロンは、スフィア専用だからあげないわよ」
「んがあっ!」
咆哮と共に、全てを振り払うかのごとく上体を仰け反らせたガルツ。とうとう壊れた。
そこへ、場を収拾させる、パンパン、と手を打つ音が響く。
「はい、漫才はそこまででいいですか?」
「いや、漫才じゃ……」
「カドーレって、大人しそうに見えて、意外とドスッて刺すんだね」
「そうよ。カドーレってば、意外とわがままな男なのよ」
「きゃあ、ギャップ萌えですか」
「僕はガルツのように一々取り合いませんよ」
ヤンヤヤンヤとの揶揄いの声を一刀両断にするカドーレを、ガルツが眩しそうに見ていた。
そんなに羨望を込めて見つめても、出会い頭に『俺様』なんて一人称を使用する奴にクールキャラは無理なので、そんな夢は常識と共に早々に捨ててほしいものである。
するとカドーレは、鞄から一冊の冊子を取り出し、会長机に置いた。
「交換視察が終わったばかりですが、再びの視察です」
「はぁ? 次はどこの学院からの……」
そこまで言ったところで、つまらなさそうに冊子を捲っていたガルツの手が止まる。手だけではない。瞬きも言葉も全てが停止していた。
どうしたのか、と次々に書類を覗きこみに集まってくる面々。そして、ガルツが開いたままにしたページを見て、皆ガルツ同様に石化したように動きを止めた。
もちろん、スフィアも。
ただ彼女の心中だけは、他の者とは異質なものであった。
固まってしまった皆の前から、カドーレが冊子を抜きとる。
「第三王子が、この学院の視察にいらっしゃいます」
皆がその『王子』という身分を恐れ多く感じていた一方、スフィアは背中を冷たいものが滑り落ちていくのを感じていた。
彼の行動は正直予測できない。ついでに、その超合金メンタルの硬度も、未だにはかりかねている。
――せめて、許嫁って事だけは言わせないようにしないと。いや、認めてないけど。
スフィアは、平穏無事に視察が終わってくれる事を祈るしかなかった。




