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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第二章 推し継続中につき、刈り続行!

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25.やあ、久しぶり

 生徒会室に来てみれば、先に来ていたガルツに、じっとりとした目を向けられた。実に一週間ぶりに見る顔だが、最後に会った時よりも、幾分かやつれている気がする。


「あら、体調でも崩してました、ガルツ?」


 それほど交換視察で気を遣ってきたのだろうか。しかし、気遣い程度でやつれる男ではないはずだが。

 疑問に首を傾げていれば、ガルツの代わりに横からブリックが言葉を挟む。


「ああ、ガルツね。向こうの学院で、毎日選取り見取りの花々に囲まれてたらしいよ」

「語弊がある。何が選取り見取りの花々だよ、全部食虫花だよ」


 どれも選びたくない、と憔悴しきった顔で、沈鬱な溜め息をつくガルツ。


 なるほど。やはりどこの学院でも、『公爵家令息』というブランドは魅力的に映るのだろう。しかも三大公爵家、ただの公爵家よりも輝いて見えたはずだ。


「ったく、公爵家っていう餌に群がる蟻かよ。気分悪ぃ」


 余程辛酸を舐めさせられたのだろう。思い出すのも嫌だと言うように、首を緩く振るガルツ。

 ロンバルディアでは、彼の一年生の頃の行いや、いつも絶世の美女であるスフィアの隣にいる事で、そこまでの包囲網は築かれない。しかし一般的に見れば、やはりその家格も相まって、モテる部類なのだろう。


「うわー羨ましい。一度で良いからそこの池で溺れてきてよ、ガルツ」

「最近辛辣過ぎじゃね? ブリック」


 ブリックもガルツのモテっぷりに、ド直球な嫉妬を口にしていた。


「いや、俺の話題はどうでも良い。それより問題はお前だ! 今度は何をやったんだよ!」


 ガルツが、ギロリ、と据わった目をスフィアに向ける。


「何もやってませんが? 普通に学院に来て、お勉強して、ちょっと除草作業を――」

「最後最後! 最後のソレェ! なんだ除草作業って!? そんな活動は、生徒の日常に普通は入ってねえんだよ!」


 ガルツは、今にも椅子を蹴倒さんばかりに、机の上に乗り出し叫んだ。


「ディートリヒ学院からの意見書に、【魔王嬢がいる魔王城】って書かれてんだよ! どんな意見だよ!? どこだよココは! 魔王嬢も魔王城も初めて聞くわ! 絶対ぇお前のせいだろ!」

「あら、嬢と城をかけてるんですね。お上手」

「あながち間違いじゃないよね」


 まあ、と口に手をあてがい、清楚な令嬢を装うスフィアと、意見書の言葉に特に驚くこともなく、納得に深く頷くブリック。


「お前ら、反応がおかしいんだよ!」


 スフィアとブリックの反応に、ガルツは自分の方がおかしいのかと頭を抱え、項垂れてしまった。するとそこへ、気の強そうな甲高い声が飛び込んできた。


「ちょっとぉ、外まで聞こえてるわよ。はしたない生徒会長ね」


 リシュリーであった。長い足を大きくスライドさせ、スカートの裾を翻しながら歩く姿はまるでモデルのようだ。その後ろからは、カドーレがリシュリーとは対照的に、静かな物腰で入ってくる。彼の父親はリシュリーの父親の秘書をしていると言っていたが、まるでその縮図を見ているようだった。


「俺ははしたなくねえよ。この学院じゃ飽き足らず、他の学院の奴にまで手を出すコイツの方が、はしたねえだろうがよ」


 この場合の『手を出す』が、本来の色欲的意味で使われていない事は、暗黙の了解的共通認識であった。ロンバルディアに在籍する生徒であれば、詳しい方法は知らないにしても、スフィアが手を出せば、どのような結果に見舞われるか承知済みである。

 リシュリーは自分の執務机に鞄を置くと、当然のごとくスフィアの元へ向かう。


「あら、ガルツったら。スフィアは何も悪くないわよ。ただ友人の恋路を応援しただけじゃない」

「そうですよ。私は友人の恋を手伝って成就させたまでですから。あともうおひと方には、ご自分の発言の責任というものを、理解していただいただけですよ」


 スフィアとリシュリーは、仲良さげ顔を見合わせ、「ねえー」と一緒に首を傾げた。


「あれ? やっぱり俺がおかしいのか? あれ?」

「ガルツ、深く考えたら負けだよ。常識を持って付き合うと、自分が馬鹿をみるだけだから、常識はさっさと捨てることをオススメする」

「この学院で何があったっていうんだよ…………」


 戦慄に顔を青くし、再度頭を抱えて執務机に突っ伏すガルツ。その背を、ブリックが優しく撫でてやっていた。意外とメンタルが頑強なのは、ブリックの方なのかもしれない。


「まあまあ、そんな気を落とさないでください。ほら、クッキーあげますから」

「あたしのマカロンは、スフィア専用だからあげないわよ」

「んがあっ!」


 咆哮と共に、全てを振り払うかのごとく上体を仰け反らせたガルツ。とうとう壊れた。

 そこへ、場を収拾させる、パンパン、と手を打つ音が響く。


「はい、漫才はそこまででいいですか?」

「いや、漫才じゃ……」

「カドーレって、大人しそうに見えて、意外とドスッて刺すんだね」

「そうよ。カドーレってば、意外とわがままな男なのよ」

「きゃあ、ギャップ萌えですか」

「僕はガルツのように一々取り合いませんよ」


 ヤンヤヤンヤとの揶揄いの声を一刀両断にするカドーレを、ガルツが眩しそうに見ていた。

 そんなに羨望を込めて見つめても、出会い頭に『俺様』なんて一人称を使用する奴にクールキャラは無理なので、そんな夢は常識と共に早々に捨ててほしいものである。


 するとカドーレは、鞄から一冊の冊子を取り出し、会長机に置いた。


「交換視察が終わったばかりですが、再びの視察です」

「はぁ? 次はどこの学院からの……」


 そこまで言ったところで、つまらなさそうに冊子を捲っていたガルツの手が止まる。手だけではない。瞬きも言葉も全てが停止していた。


 どうしたのか、と次々に書類を覗きこみに集まってくる面々。そして、ガルツが開いたままにしたページを見て、皆ガルツ同様に石化したように動きを止めた。

 もちろん、スフィアも。

 ただ彼女の心中だけは、他の者とは異質なものであった。

 固まってしまった皆の前から、カドーレが冊子を抜きとる。


「第三王子が、この学院の視察にいらっしゃいます」


 皆がその『王子』という身分を恐れ多く感じていた一方、スフィアは背中を冷たいものが滑り落ちていくのを感じていた。


 彼の行動は正直予測できない。ついでに、その超合金メンタルの硬度も、未だにはかりかねている。


 ――せめて、許嫁って事だけは言わせないようにしないと。いや、認めてないけど。


 スフィアは、平穏無事に視察が終わってくれる事を祈るしかなかった。



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