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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第二章 推し継続中につき、刈り続行!

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24.兄様! 兄様!?!?

「本当、よくできたストーリーだったわ」


 スフィアは前世の記憶に苦笑を漏らした。

 まるでどこぞの『好きな人をヒロインに片っ端から奪われる悪役令嬢』が出てくる乙女ゲームのようなストーリー。その場合、やはり詩織がヒロインで、自分が悪役令嬢なのだろう。

 そして、あの場が断罪イベントだったというわけだ。


涼花(悪役令嬢)詩織(ヒロイン)を守る者達によって、めでたく日陰者となりました」


 涼花は進学先に知人のいない大学を選び、苦い記憶からは離れた。しかし、やはり一度傷ついたものは簡単に治るはずもなく、大学では自ら一人でいる事を選んだ。そして暇を持て余して、ふらりと入った店で出逢ったのが『アルティナ』だったと言うわけだ。正確にはアルティナが描かれたゲームなのだが。


「ストーリーが笑えるくらいに似てたし……思わず制作者は詩織じゃないかって疑ったほどだもの」


 最初はアルティナの『負けない』とでもいう、強い意志のこもった瞳に惹かれた。


 ――私は諦めてしまったから。


 ゲームを進める中で彼女の持つたくましさや、最強のライバルであるヒロインにも全身全霊でぶつかって、素直に感情を吐露する姿に眩しさを覚えた。


 ――私は最後の最後まで行動できなかったから。


 境遇は同じなのに、まるで違うアルティナ。そこに涼花だった頃の自分は、強い羨望を抱いた。恋と言える程の執着。

 それは、願望の自己投影だった。


「それでヒロイン転生だもの、笑っちゃうわよ。……ヒロインも悪役令嬢も、本来は何も変わらないってのに……」


 見る方向が違うだけで。

 ヒロインを中心として回るこの世界では、アルティナは悪役令嬢だろうが、アルティナの視点に立ってみれば、想い人を片っ端から奪っていくスフィアこそが、悪役令嬢なのだ。


「ここまで涼花と似てるお姉様を……もう一度、私の手で不幸になんてできないのよ」


 それは、自分の手で『涼花』を否定することになるから。


 ――私は、未だに前世からの傷を引きずってるわ。


 だからこそ、自分を救うためにも、スフィア()悪役令嬢()を幸せにする義務があった。

 きっとこの呪縛から解放されるのは、アルティナが幸せを手に入れた時だけなのだろうから。





 辛い記憶に消耗した精神を癒やすため目を閉じ、しばらくベッドに寝転がっていると、ノックの音が部屋に響いた。

 身を起こし、入室の許可を口にすれば、入ってきたのはジークハルトだった。

 ジークハルトは、着替えもせずベッドに座ったままのスフィアに、一瞬驚いたように眉を動かした。しかしすぐに、目元を緩めると同じように彼もベッドの縁に腰を下ろす。


「スウィーティ、学院でなにかあったのかい?」


 その声音は、夕食の談話時のような『聞かせて』というものとは違い、『大丈夫か』と案じるようなものだった。言いたくなければ言わなくても良いよ、とスフィアを慮った慈愛のこもった問い掛け。

 ジークハルトはスフィアに手を伸ばし、そっとその頭を腕の中に迎え入れた。赤子をあやすように、スフィアの頭を軽く撫でる。

 いつもならば、「もう子供じゃないんですから!」と逃げ出すスフィアも、今は抵抗せずにその温かさを素直に受け入れていた。


「僕は何があろうと、スウィーティが一番だからね」


 何も言わず静かなスフィア。それでもジークハルトは、無理に口を割らせるような事はせず、ただ優しく髪を梳き、家族の誰も持ち得ない鮮やかな赤髪に頬を寄せた。

 どれくらい、そうしていただろうか。部屋には、時計の針が規則的に時を刻む音だけが響いていた。

 そうして、人の気配も空気に溶け出して消えてしまいそうになった時、ようやくスフィアの口が開いた。


「……大丈夫です。ちょっと……昔の事を思い出して、感傷に浸っていただけですから」


 まだ十数年しか生きていない小娘が『昔』などと言えば、大抵の者はマセた物言いだと笑っただろう。しかし、ジークハルトは「そう」と答えただけで、笑いもしなかった。

 スフィアの頭を撫でていた手が止まると一緒に、ジークハルトは「そうだ」と呟く。


「スウィーティ、今度一緒に街に買い物に出ようか。この間、誕生日だっただろう。欲しいものを買ってあげるよ」

「お買い物、ですか?」


 預けていた身体を離し、ジークハルトを見上げる。彼はにこやかな顔で頷いた。


「何だって良いよ、スウィーティの欲しいものなら。ご所望なら、王子の(タマ)でも()ってきてあげるよ」

「…………ん?」


 聞き間違いだろうか。今、不敬という範疇を超えた、国家反逆罪に問われかねない言葉が聞こえた気がしたが。

 しかし、その言葉を口にした張本人は、『卵をとってきてあげる』と言っただけだとばかりに、無垢な笑みを浮かべている。むしろ、スフィアの疑惑の視線をうけ、どうしたとばかりに首を傾げている。やはり聞き間違いか。


「も、もうっ、兄様ったらぁ。卵はちゃんとメイドが買ってきますか――」

「この間、あいつと一緒の馬車に乗ったんだって?」


 サァーッ、とスフィアの顔から、尋常じゃない速さで血の気が失せていく。


「しかも、往・復。二度も」

「ぃいいいえ……ぁ、あの……そそそれは、アルティナお姉様に会うため、し、仕方なくと言いますか……ぇと、その……」


 スフィアの視線は、壊れた時計の振り子のように高速で左右に揺れ、言葉はしどろもどろになり、背中は次第に丸くなっていく。というか、どうして彼はそのような事まで知っているのか。

 ジークハルトは「さて」と立ち上がると、ドアへと足を向けた。


「じゃあ、スウィーティは欲しいものを考えておくんだよ。今度の休みにでも、一緒に王都へ行こう」


 追求されることもなく、案外あっさりと終わった事に、スフィアは拍子抜けしながらも、安堵に胸を撫で下ろした。彼の行動は、レイランド家の存亡に関わりかねない。


「分かりました、楽しみにしてますね」


 スフィアが頷けば、ジークハルトも嬉しそうに頷いた。

 肩をブンブンと回しながら。


「…………」


 ブンブンぶん回している。肩が凝ったからマッサージを、というレベルではない。まるで、なにかのウォーミングアップ。


「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、その……なにを?」

「ほら、狩りのシーズンは終わってしまったけれど、腕がなまらないように適宜練習は必要だろう? …………ちょっと王都に行ってくる」

「王都にはライチョウもキツネもいませんが!?」

「大丈夫、大物を狩ってくるよ!」

「自重! 兄様、自重っ!!」


 レイランド家だけでなく、王家の存亡も彼にかかっているのだろう。



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