21.任務完了【優】
ラヴィーユは、態度には決して出さなかったが、その日は朝からソワソワしていた。
交換視察、最終日。
もうこの日しかないという状況であった――告白するのなら。
もちろんラヴィーユだけでなく、周囲も今か今かとソワソワしっぱなしである。
ラヴィーユは確信していた。スフィアは自分に惚れていると。
最初からスフィアの事は気になっていた。しかし他の者達と同じように口説きに走っても、決してスフィアは了承しないだろう事も理解していた。
ああいうモテてきたタイプは、来る者拒んで、去る者を追う。であれば、有象無象に数えられないように、とラヴィーユはスフィアに無関心を通してきた。
そして、目論見は成功した。
「さて、あとは網に掛かった魚を釣り上げるだけだ」
ラヴィーユは、口元を覆った手の下でほくそ笑んだ。
しかし、スフィアは昨日と変わらずにラヴィーユの元を訪ねるも、一向に想いを告げようとする気配がない。朝も休み時間も昼休みも、スフィアはごく普通の会話をするばかり。そうして、とうとう放課後になってしまった。
「なんでだ!」とラヴィーユは心の中で叫んだ。もう、残された時間はあと僅かである。
これだけ大っぴらにアピールしてくるものだから、てっきり告白も生徒達が見守る中でするつもりだろう、とラヴィーユは思っていた。あれだけ明け透けな態度だったのは、周囲の囃し立てという後ろ盾を得て、告白を断られないようにする為の布石だと。
事実、もしこの状況でスフィアに告白されれば、ラヴィーユは断るつもりなどなかった。『仕方ないな』という態度をとりつつも、了承するつもりでいたのだ。
ラヴィーユはどういう事だ、と密かに唇を噛む。
既に、周囲にも『もしかしてこのまま終わるのか』という、残念な空気が流れはじめている。
「……仕方ないが、最後くらいは俺の方から手を差し伸べてやるか」
やはり告白は女性からはし辛いのだろう、と一人納得し、ラヴィーユはスフィアのクラスへと向かった。
「あら、ラヴィーユさん。一緒に生徒会室へ行きます?」
「スフィア嬢、君の気持ちは十分に伝わった」
「はあ……」
真剣な表情のラヴィーユに対し、スフィアは気の抜けた相槌を打つ。しかし、自分の目論見は成功していると信じてやまないラヴィーユには、そのスフィアの反応さえも照れ隠しに見える。
「俺も男だ。君にそこまでされたら、レディに恥はかかせられないからな」
帰り支度をしていた生徒達の手が一斉に止まる。廊下では、ラヴィーユに付いてきた野次馬達が固唾をのんで見守り、フィオーナ、リシュリー、ブリックの三人は、教室の隅で各自準備を始める。
因みに準備の内容は、フィオーナは祝う準備で、リシュリーは殴りかかる準備、そしてブリックはメンタルフォローの準備である。
ラヴィーユはコホンと咳払いをすると、肩口に垂れたスフィアの髪を手に取った。
「スフィア嬢、俺は君の気持ちに応えてやることができる」
「ええっと、つまりは?」
スフィアの、より直接的な言葉を求めるような切り返しに、ラヴィーユは歯痒そうに口を引きつらせた。その先までも言わせるか、と。
しかし、スフィアが手に入るのならと、とうとうラヴィーユの方からその言葉を口にした。
「俺は君と付き合ってもいい」
『ついに言ったああああ!』と教室の内外全てが沸き立った。もはや、お祭り騒ぎを通り越した狂喜乱舞ぶり。『とうとうあのスフィアが陥落する世紀の瞬間だ!』と、誰もが目を皿にして、耳に全神経を集中させた。
期待に満ちた視線が全方位からスフィアに注がれ、そしてその期待に応えるように、スフィアはおもむろに口を開く。
「いえ、結構です」
時が止まった。
「は」と、ラヴィーユ。
「は!?」と、フィオーナ。
「は?」と、リシュリー。
「はぁ……」と、ブリック。
そして、「はああああああ!?」と衆人の大合唱。
「え、えぇ!? き、君は俺の事が好きなんじゃ…!?」
「一度もそのような事を口にした覚えはありませんが」
「だだだだって、俺のことが気になるって」
「一緒にお仕事する方ですもの。気にするのは当たり前では」
「俺だけに優しくして」
「交換視察先の生徒さんですから、それ相応におもてなしはしますよね」
ラヴィーユは、開いた口が塞がらないとばかりに、口をポカンと開け、「うぁ」やら「えぇ」やらと、言葉にならない呻きを漏らしていた。
「あの、何をそんなに驚かれてるんです? だって、ラヴィーユさんは――」
スフィアは目を細めて、ラヴィーユの顔を下から覗き込む。
「――私に興味がないんですよね」
「アガ……ッ!」
ラヴィーユは雷に打たれたかのように、全身を硬直させた。彼の手に握られていた真っ赤な髪がスルリと逃げる。
「私も、私に興味のない方は興味ありませんから。ですので、どうぞお気遣いなく。付き合っていただかなくて結構ですよ」
スフィアは鞄を手に取ると、颯爽と身を翻した。
「では、先に生徒会室に行ってます。今日で最後ですから、しっかりご挨拶させてくださいね」
『最後』という部分を強調して言うと、スフィアは「皆様、ごきげんよう」と教室を出て行ってしまった。
途端に、壁のように教室を取り囲んでいた人垣がバラバラと散り始める。皆口々に「やっぱり勘違いだったか」、「はーい、今回も既定路線」、「散った散った~」などと言いながら、祭りは終わったとばかりに帰っていった。
祭りの火が消えた後の教室には、呆然として立ち尽くすラヴィーユだけになる。彼のその肩を、ストーゼンが優しく叩いてやっていた。
「あ~ん! せっかくダブルデートとか出来ると思ってたのに!」とフィオーナが残念がる横で、ブリックがリシュリーの肩を叩く。
「……ね、大丈夫だったでしょ」
「スフィアは……奥が深いわね」
「その奥を覗かないことをオススメするよ」
果たして彼は一体何を見たのか、とリシュリーは気になったが、それは聞いてはいけないのだろうと、ブリックの瞳の暗さを目の当たりにして口を閉ざした。
「それにしても、最終日にきっちりカタをつけるなんてさすがだよ……棘の薔薇姫は」
こうして、交換視察は何事もなく終わった。仕事という点においては。後に、ディートリヒ貴幼院でも、スフィアの異名が広まったのは言うまでもない。
――――ディートリヒ貴幼院渉外・ラヴィーユ=サルバ 改変完了




