18.恋の気配を察知?
「ごきげんよう、ラヴィーユさん。どう? もう四日目だし、少しはこちらの学院生活にも慣れたかしら」
声を掛けられたラヴィーユは、「やあ、リシュリー嬢」と片手で挨拶を返す。
「そうだな。校舎が違うくらいで、うちのディートリヒと大して変わりないな。授業も差はほとんど感じられないし、生徒達の雰囲気も似たり寄ったりだ。ただ、うちでももう少し生徒会の活動が広報を通じて発信されてるのに、こっちじゃ生徒会の活動は、ほとんど一般生徒からは見えないんだな」
「ええ、あたし達生徒会は裏方って感じね。そもそもうちには広報って役職もないし」
同じクラスに配されてから、二人はこうして挨拶を交わしては互いの学院についての見識を深めあっていた。隣のクラスの誰か達とは違い、よっぽど仕事に真面目である。
「いやぁ、リシュリー嬢は優秀だな。君との会話は実にスムーズで楽しいよ」
「あら、ありがとう。ディートリヒの渉外担当にそう言われるのは光栄ね」
ラヴィーユは満足げに、自分の肩に掛かる尻尾のような髪を背中へ払った。
アシンメトリーに整えられた前髪に、後頭部で一つに纏められた腰まである長い後ろ髪。切れ上がった鋭い目付きからは、ストーゼンと比べ少々粗野な印象を受けるが、その実、渉外という役職に抜擢されるほどの頭脳派である。
「それはそうと、昨日からなにやらストーゼンの様子がおかしいんだが。リシュリー嬢は、何か知っているか?」
昨日と言えば、朝の礼拝堂での件だろう。確かに、放課後、生徒会室で見たストーゼンの顔は、それまでの精彩が嘘だったかのように暗く、目は虚ろだった。
間違いなく彼の異変の原因はスフィアなのだが、ここで実は、と昨日の経緯を話すのも憚られる。なによりファンとしては、あのスフィアの二面性を知る者を増やしたくはなかった。
「……フィオーナさんと付き合いだしたらしいわよ」
リシュリーの視線がそっと逸らされた。嘘は言っていない。結果のみを言っただけである。重要な部分を除いて。
ラヴィーユは「だからか」と得心に声を漏らした。
「あんなに上機嫌なフィオーナは初めて見るなって思ったが……そういう事な」
「ほら、きっとストーゼンさんは、同じ生徒会内でフィオーナさんとくっついたものだから、あなたには言いにくかったんじゃない? だから、ちょっとだけ様子がおかしかったのよ」
「なるほど。だが、てっきり俺は、ストーゼンはスフィア嬢狙いだと思っていたんだけどな。随分と纏わり付いていたようだし。まあ、元々女好きではあったが」
呆れ混じりに嘆息したラヴィーユの様子から、ストーゼンが普段から相当な優男であったことが伺い知れる。
「スフィアは、誰のものにもならないって公言してるしね。手の届かない恋より、自分を想ってくれる人との恋の方が、幸せだって気付いたんじゃない」
リシュリーはラヴィーユの机に指を這わせ、手遊びにハートを描く。その幾重にも重ねられるハートの軌跡を眺めながら、ラヴィーユは思案に身体を傾いだ。
「へぇ……彼女、誰のものにもならないって言っているのか」
ラヴィーユは顎に添えた指で自らの唇をなぞる。なぞり終わった時、彼の口は深い弧を描いていた。言葉にせずとも、彼が「面白そうだ」と言っているのが聞こえるような、濃い笑み。
その好戦的な表情を見て、リシュリーの手遊びも止まる。
「あら、なぁに? あなたもスフィア狙いなのかしら」
クスッ、とリシュリーが眉根を寄せ揶揄いの声を漏らす。
「まあ確かに、スフィア嬢は飛び抜けて綺麗だとは思うけど……俺は興味ないよ」




