16.黒い組織
「やっと見つけたわよ!」
ゼェゼェと肩で息をしながら入ってきたのは、フィオーナだった。片っ端から教室を探したのだろう。
「やあ、フィオーナ。どうしたんだい、そんなに息を切らして。何か僕達に用だった?」
「――ッス、ストーゼンじゃなくて、そ、そっちのスフィア……さんに用があったのよ」
最初のフィオーナの剣幕にも気にせず、ストーゼンはケロッとして尋ねる。するとフィオーナは、巻き髪ツインテールの毛先を指に絡め、いかにもモジモジという言葉が似合う挙動をとる。
なるほど。ストーゼンの前では気持ちを隠しているのか。
――好きな人の前では、可愛くありたいわよね。分かるわ~。
ゲームの中のアルティナが、まさしくそのタイプだった。二人共、殿方の前では立派に猫を被っている。十匹くらい。
――という事は、フィオーナもお姉様に似てるって事かしら。推せるわ~。
スフィアは頬を緩ませフィオーナを見つめた。
なるほど、彼女が金髪の巻き髪である事もアルティナに似ている。ならばもっと推せる。
「ストーゼンさん、フィオーナさんは私に用があるようですので、先に教室に戻っていてください。乙女同士の会話に殿方は不粋ですから」
ストーゼンは「仰せのままに」と、素直に生徒会室を出た。去り際に、スフィアにキザったらしいウインクを飛ばして。彼の中では、スフィアと付き合うのは確定しているのだろう。
扉が閉まれば、フィオーナが被っていた猫達は消え去る。
「私の言葉を忘れたのかしら? 私、勘違いしないようにって言ったわよね」
静かな声だったが、その分、今までとは違った威圧感があった。本当に耐えかねているといったような。普通の者ならばここで、浮気現場を正妻に見られた愛人よろしく、ごめんなさい、と狼狽えるのだろう。
しかし、スフィアは普通で括られる範疇に収まる令嬢ではない。スフィアはフィオーナの圧にも屈せず、ズカズカと彼女に近寄りその肩を力強く掴んだ。
「フィオーナさんっ!」
「な……っ、何よ」
思わず、フィオーナの方がスフィアの圧にたじろぐ。
「勘違いなさっているのはフィオーナさん、あなたの方です。私とストーゼンさんは、フィオーナさんが心配するような関係じゃありません」
「あれのどこが――!?」
「思い出してください。私の外見しか褒めていませんよ、彼」
二人の脳裏に駆け巡る、この二日間の記憶。
「…………」
「…………」
ストーゼンの軽薄な声で「やあ、今日も美しい赤髪だね」「そのエメラルドの瞳に、ずっと見つめられたいな」「雪のような肌に薔薇色の髪はよく映えるね」などなど、数多の口説き文句が耳の奥でこだまする。
「た……確かに」
思わずフィオーナも納得に頷いてしまう。
「彼は単に、綺麗な女性は口説くのが礼儀だと勘違いしたナンパ野郎です」
「言うわね。しかも、ちゃっかり自分まで上げて……でも、嫌いじゃないわ」
「光栄です」と、スフィアは胸に手を当て腰を折る。
「でも、それにしては、やたらあなたばかりに構うわよね、彼」
「外交辞令です。お忘れですか? これは交換視察であり生徒会の仕事の一環です。まず取引先のご機嫌をとるのは、外交の鉄則ですよ」
「なるほど」
一体、なんのプレゼンテーションが行われているのか。
二人の間にはいつしか、盗る女と盗られる女という、嫉妬にまみれたドロドロとした空気はなくなっている。代わりに二人は、まるで慎重派の上司と忠実な部下という、良く分からない様相を呈していた。
「実は、先ほどは彼の好きなタイプを聞いていたんですよ」
「な、ななななんですって!? そそそ、それでストーゼンはどんな子がタイプって!?」
「それはですね――」
興味津々に前のめりになるフィオーナに、スフィアはごにょごにょと耳打ちした。聞き終わったフィオーナは目から鱗だとばかりに、目を瞬かせている。
「あとはどうぞ私にお任せください」
「任せてもいいのね?」
スフィアは口端を深くつり上げた。
「きっと最良の結果を、フィオーナ様に」
誰だよお前。と、この場にガルツがいれば、そう突っ込まずにはいれなかっただろう。完全に悪の組織である。
麗らかな貴族学院の中で、密かに最悪なタッグが誕生してしまった。
「それにしても……フィオーナさんは、それほどストーゼンさんが気になるのなら、どうして告白してしまわないのです?」
すっかり、利害関係という強い結束を果たした二人は、教室へと戻る廊下で年頃の令嬢らしい話題に花を咲かせていた。
「だって、もし今の幼馴染みって関係が変わってしまったら……恋人の関係が終われば、もうストーゼンの側にいられないじゃない。そこらの女達と一緒に忘れ去られるくらいなら、私は幼馴染みっていう彼の特別でありたいの。でも、彼が誰かのものになるのもイヤなのよ」
「まあ、尊――っ!」
「そん?」
慌てて口に手で蓋をするスフィア。思わず、心の中の萌えが口を突いて出てしまった。 なんと我儘でいじらしい。
――自分の欲望に忠実で素敵だわ!
「安心してください、私は恋する乙女の味方ですよ」
スフィアはふふと笑った。




