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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第二章 推し継続中につき、刈り続行!

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16.黒い組織

「やっと見つけたわよ!」


 ゼェゼェと肩で息をしながら入ってきたのは、フィオーナだった。片っ端から教室を探したのだろう。


「やあ、フィオーナ。どうしたんだい、そんなに息を切らして。何か僕達に用だった?」

「――ッス、ストーゼンじゃなくて、そ、そっちのスフィア……さんに用があったのよ」


 最初のフィオーナの剣幕にも気にせず、ストーゼンはケロッとして尋ねる。するとフィオーナは、巻き髪ツインテールの毛先を指に絡め、いかにもモジモジという言葉が似合う挙動をとる。

 なるほど。ストーゼンの前では気持ちを隠しているのか。


 ――好きな人の前では、可愛くありたいわよね。分かるわ~。


 ゲームの中のアルティナが、まさしくそのタイプだった。二人共、殿方の前では立派に猫を被っている。十匹くらい。


 ――という事は、フィオーナもお姉様に似てるって事かしら。推せるわ~。


 スフィアは頬を緩ませフィオーナを見つめた。

 なるほど、彼女が金髪の巻き髪である事もアルティナに似ている。ならばもっと推せる。


「ストーゼンさん、フィオーナさんは私に用があるようですので、先に教室に戻っていてください。乙女同士の会話に殿方は不粋ですから」


 ストーゼンは「仰せのままに」と、素直に生徒会室を出た。去り際に、スフィアにキザったらしいウインクを飛ばして。彼の中では、スフィアと付き合うのは確定しているのだろう。

 扉が閉まれば、フィオーナが被っていた猫達は消え去る。


「私の言葉を忘れたのかしら? 私、勘違いしないようにって言ったわよね」


 静かな声だったが、その分、今までとは違った威圧感があった。本当に耐えかねているといったような。普通の者ならばここで、浮気現場を正妻に見られた愛人よろしく、ごめんなさい、と狼狽えるのだろう。

 しかし、スフィアは普通で括られる範疇に収まる令嬢ではない。スフィアはフィオーナの圧にも屈せず、ズカズカと彼女に近寄りその肩を力強く掴んだ。


「フィオーナさんっ!」

「な……っ、何よ」


 思わず、フィオーナの方がスフィアの圧にたじろぐ。


「勘違いなさっているのはフィオーナさん、あなたの方です。私とストーゼンさんは、フィオーナさんが心配するような関係じゃありません」

「あれのどこが――!?」

「思い出してください。私の外見しか褒めていませんよ、彼」


 二人の脳裏に駆け巡る、この二日間の記憶。


「…………」

「…………」


 ストーゼンの軽薄な声で「やあ、今日も美しい赤髪だね」「そのエメラルドの瞳に、ずっと見つめられたいな」「雪のような肌に薔薇色の髪はよく映えるね」などなど、数多の口説き文句が耳の奥でこだまする。


「た……確かに」


 思わずフィオーナも納得に頷いてしまう。


「彼は単に、綺麗な女性は口説くのが礼儀だと勘違いしたナンパ野郎です」

「言うわね。しかも、ちゃっかり自分まで上げて……でも、嫌いじゃないわ」


「光栄です」と、スフィアは胸に手を当て腰を折る。


「でも、それにしては、やたらあなたばかりに構うわよね、彼」

「外交辞令です。お忘れですか? これは交換視察であり生徒会の仕事の一環です。まず取引先のご機嫌をとるのは、外交の鉄則ですよ」

「なるほど」


 一体、なんのプレゼンテーションが行われているのか。

 二人の間にはいつしか、盗る女と盗られる女という、嫉妬にまみれたドロドロとした空気はなくなっている。代わりに二人は、まるで慎重派の上司と忠実な部下という、良く分からない様相を呈していた。


「実は、先ほどは彼の好きなタイプを聞いていたんですよ」

「な、ななななんですって!? そそそ、それでストーゼンはどんな子がタイプって!?」

「それはですね――」


 興味津々に前のめりになるフィオーナに、スフィアはごにょごにょと耳打ちした。聞き終わったフィオーナは目から鱗だとばかりに、目を瞬かせている。


「あとはどうぞ私にお任せください」

「任せてもいいのね?」


 スフィアは口端を深くつり上げた。


「きっと最良の結果を、フィオーナ様に」


 誰だよお前。と、この場にガルツがいれば、そう突っ込まずにはいれなかっただろう。完全に悪の組織である。

 麗らかな貴族学院の中で、密かに最悪なタッグが誕生してしまった。




「それにしても……フィオーナさんは、それほどストーゼンさんが気になるのなら、どうして告白してしまわないのです?」


 すっかり、利害関係という強い結束を果たした二人は、教室へと戻る廊下で年頃の令嬢らしい話題に花を咲かせていた。


「だって、もし今の幼馴染みって関係が変わってしまったら……恋人の関係が終われば、もうストーゼンの側にいられないじゃない。そこらの女達と一緒に忘れ去られるくらいなら、私は幼馴染みっていう彼の特別でありたいの。でも、彼が誰かのものになるのもイヤなのよ」

「まあ、(そん)――っ!」

「そん?」


 慌てて口に手で蓋をするスフィア。思わず、心の中の萌えが口を突いて出てしまった。 なんと我儘でいじらしい。


 ――自分の欲望に忠実で素敵だわ!



「安心してください、私は恋する乙女の味方ですよ」


 スフィアはふふと笑った。


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