15.信じますよ?
「ストーゼンさん、少しお話しできませんか?」
食堂から帰ってきたストーゼンに声を掛けるスフィア。彼の両側には女子生徒が群がっており、スフィアが申し訳なさそうに「生徒会の話で」と付け加えれば、彼女達もそれなら仕方ないと素直に離れてくれた。
まあ、『棘の薔薇姫』と何かあるわけもなかろう、という一種の変な信頼感が、スフィアを女子生徒の嫉妬から遠ざけていた。
ただそれはスフィアを良く知る者だからであり、スフィアがストーゼンを自ら誘ったのを目撃したフィオーナはガタガタと勢いよく席を立ち上がる。
今にも射殺さんばかりの剣幕で近付いてくるフィオーナであったが、そこへブリックが声をかけ、彼女の足をその場に留めさせた。
――ナイス子分!
スフィアはストーゼンの手を引いて、足早に教室を出た。恐らく、解放されたフィオーナはまず屋上を探しに行くだろう。彼女に邪魔されたら、計画がパァになってしまう。
「スフィアさん、急にどうしたんですか? こんな積極的にお誘いいただけるなんて、嬉しいですが」
スフィアが向かった先は、生徒会室。昼休みということもあって、当然部屋には誰もいない。教室とは少々離れた場所に位置するため、生徒の喧騒も聞こえず静かなものだ。
掴んだままの手を離せば、ストーゼンは「おや、残念」と笑った。
「それで、生徒会の話とは? 僕としてはせっかくの二人きりですし、今週のあなたの予定について話をしたいところですがね」
そんな中で、ストーゼンの相変わらずな軽薄な物言いは一際響いた。
「なんなら二人の将来でも――」
「ストーゼンさんはどうして、そのような戯ればかりを仰るのですか」
予想外の反応が返ってきたことに、ストーゼンは「え」と言葉を引っ込めた。ストーゼンがこのような事を言えば、いつも女達は皆黄色い声を上げて喜んだ。しかし、スフィアの表情も声音も、とても喜んでいるとは言い難い。むしろ、悲しそうに眉を下げている。
「私、男の方のそのような言葉が信じられないんです」
「どういう事ですか、スフィアさん」
俯いてしまったスフィアの顔は、流れ落ちた薔薇色の髪に遮られ、ストーゼンからは見えない。しかし、胸の前で握り締められた手の震えから、彼女がどのような表情をしているのかは察して余りあった。
「やはり男の方って、見た目でしか判断されないんでしょうか。その、皆さんから好意を寄せていただくんですが、その度に皆さん決まったように赤髪が綺麗だとか、顔が可愛いだとか、そんなことばかりで……」
「ち、違いますよ! いえ、スフィアさんが美しいのは違いませんが……それは感じたことを素直に言葉にしているだけで、そこだけを理由に好きになったりはしませんよ!」
ストーゼンは焦ったようにスフィアの言葉を否定した。彼も毎日スフィアに同じ事を囁いているのだから、ここで否定しておかなければマズイ、とでも思ったのだろう。
「少なくとも僕は」と、自分はその他の男達とは違うという事を、ことさらに強調している。
「ではストーゼンさんは、私の髪色が変わっても、私を見つけてくださいますか」
スフィアは瞳を潤ませ、ストーゼンの胸に縋りついた。上目遣いで見上げてくる涙目の絶世の美少女は、余程理性を殴るのだろう。女性に対して余裕のある態度をとるストーゼンが、珍しく頬を染めて手をバタつかせていた。
「も、もちろんです! 容姿で判断などしませんし、どこにいても見つけてみせます」
「けれど、ストーゼンさんはきっと、他の方にも同じ事を仰っているのでしょう?」
「今までは、です。僕はどの女性も本当に素敵だと思うから、言葉にして伝えていたのです。しかし、一人を愛すると決めたなら、その人だけに全てを注ぎますよ」
「その言葉、信じても……?」
「信じてください。僕は、僕だけを見つめてくれる人を一生大切にします。ですからスフィアさん、どうか僕とお付き――んむっ!?」
スフィアの肩を掴み、前のめりに興奮した顔を近づけてくるストーゼン。互いの息がかかる距離になったところで、スフィアはストーゼンの唇に指を押し当てた。
「こんな場所ではイヤです。お返事は改めてしますから……」
「確かに。愛を誓うに、このような場所では味気がありませんね。改めて、相応しい場所で誓い合いましょう」
生徒会室をぐるりと見回し落ち着いたのか、ストーゼンはスフィアから身体を離した。彼の瞳は既にスフィアを手に入れたかのように、喜びにキラキラと輝いている。
「ええ。その時は、ストーゼンさんの本当の愛を見せてくださいね」
スフィアが満足げに頷いた時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。




