12.恐るべし異世界キッズ
カドーレの言葉に、スフィアのだけでなくガルツとブリックの声も重なる。スフィアが声を上げた二人を睨めば、二人はスッと視線を明後日の方向に逸らす。
「あ、あの、リシュリーさん。ファンってどういう――」
「リシュリーって呼んで! あたしもスフィアって呼びたいもの!」
これもデジャブ。今なら、少しはあの時のアルティナの引きつった表情の意味が分かる。なるほどこれは怖い。だが今後も自重はしない。
「わ、分かりました、リシュリー。それであの、ファンってどういう事ですか?」
男子生徒からの好意は嫌というほど味わってきたスフィアだが、女子生徒からこれほど熱烈な想いをぶつけられたのは初めてだった。時折羨望の眼差しを受けることはあるが、リシュリーのはソレとは違うように思えた。
だって口から涎が垂れている。うーん、デジャブ。
未知の好意にスフィアが口を引きつらせ尋ねれば、リシュリーは瞳を輝かせ五倍速で言葉を吐き出し続けた。
「その類い稀なる貴宝の様な赤髪に美貌! なめらかな陶器のような肌に浮かぶ二つのエメラルドに見つめられた者は、その湖面の様な麗しの輝きに捕らわれ心をも捧げてしまうと言う!!」
――ナニソレ。知らない。
リシュリーの熱量に反比例してスフィアの表情は冷めていく。どこがユリだ。ユリはユリでも、彼女はオニユリだ。癖が強すぎである。清楚が服を着ているのではなく、清楚の服を着て擬態しているだけであった。
リシュリーはまだ発散したりないと、どんどんと熱量を増して舌を回す。
「制服から伸びた手足は深海の人魚のように白く――」
――え、まだ続くの。てか人魚って深海生物のくくり?
スフィアがまだ続くのか恥ずかしさに顔を覆いかけた瞬間、盛大な噴き出し音が部屋に響きわたった。耐えに耐えたが無理でした、と言わんばかりの失笑。しかも一つではない、二つ。
見ずとも分かる。ガルツとブリックだ。
ジロリと睨めば、二人は顔を背けたものの、その身体は小刻みに揺れる。時折「んふっ!」と気持ち悪い失笑が手の隙間から漏れている。有罪確定だ。
「とぉっても楽しそうですね。ガルツ、ブリック」
スフィアの声で我に返ったガルツとブリックは、一瞬にして漏れ出ていた笑いを喉の奥に引っ込め、居住まいと表情をただす。
「今更取り繕っても遅いですよ。覚えていて下さいね?」
ガルツとブリックの額に一筋の汗が流れた。
「リシュリーもそこまでにしてください。スフィア嬢も驚いていますから」
カドーレに窘められ、リシュリーは一瞬不服だと言うように口を尖らせたが、「それもそうね」と大人しくなる。
「スフィアで構いませんよ、カドーレ。私もそう呼ばせていただきますから。同じ生徒会役員として一緒にやっていくんですもの、壁は早々に取っ払った方が良いですからね」
さすがに分別のつく六年生ともなれば、相手をいきなり呼び捨てにはしない。
――懐かしいわね、一年生の頃のガルツとブリック。立派にガキ大将だったわ。
そのガキ大将達も今や学院のまとめ役とは。
「あのさ、本人に聞くのも如何なものかとは思うけど、リシュリーとカドーレは、自分が何で選ばれたのか聞いた?」
ブリックの問い掛けに、リシュリーとカドーレは顔を見合わせ「まあ」と呟く。
「あたしはきっと家が大きいのかしらね。父は騎士団統括相だもの」
「ああ! ブリュンヒルト侯爵家ってそう言えば……!」
王宮内の人事に詳しくないスフィアが、聞き慣れない職名に首を傾げれば、ガルツは「バカ!」と興奮に声を大きくする。
「レイランド家(お前んち)も関係あるんだぞ。この国に存在する全騎士団の頂点だよ!」
「文官側のだけどね。直接的なトップは騎士団総長のエイル子爵だもの」
「それでもだよ」と、ガルツは騎士団と口にする度に目を輝かせていた。やはり男子たるもの、そういう職種に憧れたりするものなのだろうか。ブリックをチラと見遣る。
――うん、個人差ね。
ブリックは「へー、すごーい」と、感嘆を口にしていたが、ガルツに比べてさほど瞳は輝いていない。「オカネダイジ」と叫んでいたときの方が、爛々と輝いていた。
騎士団という規律が絶対の集団をまとめている家なのであれば、そこの令嬢が風紀にと名が上がるのも頷ける。
「でも、なぜレイランド家と騎士団統括相なるものが関係あるんです?」
「騎士団の派兵権をにぎってるのが、ブリュンヒルト侯爵だからだよ。レイランド家は北方守護だろうが。だったら北方騎士団とも関わってんだろ」
「そうなんですね。そのような事は父も兄も家では話しませんから、詳しくはないんです」
いつも食事の席での会話はスフィアの学院での話や、領民の話ばかりだった。今が平和な時代だからというのもあるのだろうが、北方守護を預かっている家であっても、一切血生臭い話は聞かない。
――にしても、あの優しさを固めて出来たようなお父様が北方守護だなんて……戦えるのかしら?
兄に至っては心配いらないが。きっと戦場に出れば、『ホーク・アイ』などという異名を取ってくることだろう。
ガルツが、納得はいかないがといった表情で「そういうもんか」と話を閉じれば、ブリックが「じゃあ」とカドーレに顔を向ける。
「ああ、カドーレも似たような理由よ。ピクシー伯爵は父の秘書だもの。交渉事には慣れてるのよ、伯爵もカドーレも」
リシュリーとカドーレを除く三人が、なぜ彼女が答えるのかと疑問の空気を出す。それを感じ取ったのだろう、今度はカドーレが口を開く。
「僕とリシュリーの家は昔から付き合いがありまして。互いに良く知っていると言うか、幼馴染みなんですよ」
「へえ、幼馴染みですか。良いですね!」
こちらの幼馴染み(アデル=ローデン)は、早々に退場させてしまったから。
今頃彼はどうしているだろうか。元気にやっていると良いのだが。あわよくばアルティナに恋をしていてほしい、などと物思いに耽っていれば、カドーレの咳払いがスフィアを現実に引き戻す。
「早速ですが、皆さんより一足先に生徒会の仕事をやってきました」
カドーレが鞄から取り出した紙に、皆の視線が集中する。
「ディートリヒ貴幼院生徒会から、我が校との交換視察の要望がありました」
ディートリヒ貴幼院と書かれた文字の下には、生徒会役員の名が記してある。スフィアはそこに列記された名を見て、一人仄暗い笑みを浮かべた。
久しぶりに歯応えのある相手だ。




