10.生徒会
選ばれた者のみに入室が許される部屋――生徒会室。
教室程の広さに対し、置いてあるのは会長席と応接セット、そして執務机が四つのみと、調度品は至ってシンプル。一番目を引くものといえば、天井まである本棚が備え付けられた壁面と、会長席の背後の格子窓につってある、ドレープをたっぷりこさえた深紅のカーテンくらいだ。
一見すると確かに簡素に見えるが、しかし、その一点一点はとても質の良いものなのだろう。カーテンの光沢が違う。華美すぎず、しかし貧相にはならない品の良さが漂う部屋は、歴代の生徒会役員のセンスの良さを感じさせる。スフィアは一目でこの部屋が好きになった。
そこに居たのは、もはや一緒に居る事がお決まりとなった三人。
胸の校章は最上級生を示す『赤』。腕には生徒会役員である事を示す腕章。
「お前、髪も校章も腕章も赤で、真っ赤っかだな」
ガルツに指摘されればスフィアも思う所があったのか、口を引き結び微妙な表情になる。
「これ……腕章って必要です? 先輩方は付けていなかった気がするんですけど」
「義務じゃねえよ。顔見せとかねぇから、一応の周知の為だ。まあ、最初だけでもしとけよ」
「そうそう。生徒会って表立って出ることは普段ないし、腕章がないと『今年の生徒会は誰だ!?』ってなるからね。それにしても、本当に僕が腕章をはめられるなんて……!」
スフィアの不服そうな表情に対し、ブリックは自身の腕を眺めては堪らないとばかりに、輝くような吐息を漏らしていた。
「そんなに嬉しいものですか?」
スフィアの言葉にブリックは肩をすくめ、「やれやれ」と首を横に振る。
「はぁ、これだから根っからのお貴族様は」
「いや、お前も貴族だろうが」
「確かに僕も伯爵家ではあるけどさ、君達と一緒にしないでよ」
「変に卑屈ですよね、ブリックは」
一般的にそう言った台詞は、上位の者が下位に向けて嘲弄として言うものだと思っていたが。こんな自信に満ちた自虐は見たことがない。実に不思議なメンタルだ。
「いい? 生徒会ってのはそれだけで一目置かれる存在なんだよ。ただでさえ癖のある貴族子女が集まる学院において、そのとりまとめ役でもあるんだ。当然それ相応の者が選ばれるんだよ。一般生徒にとっちゃ生徒会ってだけで近寄りがたいんだから!」
確かに腕章を付けられる者は、前生徒会に認められた者だけと限られている。つまりそれだけで、何かに秀でているという証しにもなる。右も左も上下も全て貴族という場所において、それは得がたいアドバンテージだろう。
そう考えれば、ブリックが頬を緩めてはしゃぐのも分かる。
「ふふ、これで僕もラブレターの五枚や十枚くらいはもらえるかな」
中々に図々しい数である。
生徒会に入った事と彼女が出来るかは別問題だと思うが。しかも、近寄ってくる者が良い子とは限らない。ナザーロの前例もある事だし。
スフィアが思い出したように「ラミ先輩」と呟けば、会長席に座っていたガルツの肩がビクリと跳ねた。余程、生け贄に差し出されたのがトラウマになっているようだ。
スフィアは生徒会室にある顔ぶれを再度確認する。
まず、三大公爵家令息のガルツ。彼はその家格のさることながら、加えて成績優秀者でもある。どうやら一年生の頃の赤っ恥が余程効いたらしく、それからは真面目に勉学に取り組んでいるようだ。
次に、学院一の成績保持者のブリック。ガルツを抜いて、地味に学内一位の成績優秀者である。以前、スフィアがその事に賞賛を送れば、彼は「金がなくて頭もなかったら、人生詰むからね」と人生二周目みたいな事を言っていた。
そして……
「お二人が選ばれた理由は分かりますが、私はどの部分を認められて選ばれたのでしょうか?」
成績はガルツと同程度であるし、家格も侯爵家だが取り立てて騒ぐようなものでもない。
スフィアが自分を指さし首を傾げれば、間髪入れずにガルツとブリックからの返答が飛ぶ。
「計画力」
「実行力」
何の、とは二人は敢えて口にしなかった。
「まあ、こんな可憐な美少女を捕まえて、勇猛な智将のように言わないでもらえます?」
「良いように捉えすぎだろ。俺等の行間を読め。残念ながらお前は、正義の味方じゃなくて悪の組織側だ」
「智将じゃなくて知能犯だよ」
「今後、口にするものには気をつけて下さいまし~」
ホホと笑むスフィアから、二人はそっと目を逸らした。
「ま、まあ、あれだね。本当のところは前生徒会の人に聞かないと分かんないけど、きっとスフィアは学院の広告塔みたいなもんだろうね」
正直なところ、スフィアも『そうかもな』くらいの見当は付いていた。生徒会の面々は他校と関わる事もあると聞く。その際の第一印象というものも重要なのだろう。文字通り、学院の顔としての役目である。
「はぁ、私の美しさはもはや武器ですね。国家も滅ぼせるのでは?」
「お前、年々謙虚さがなくなってきてるよな」
――仕方ない。だって私はヒロイン。間違いなくこの世界において私は美の頂点。
しかしそんなこと言えるはずもなく、スフィアは作り物のような綺麗な笑みを浮かべるだけだった。ガルツが小さく「ったく」とぼやいて顔を背ける。
「それにしても、ブリックが会計っていうのは、ピッタリの役職ですよね」
「オカネダイジッ!!」
即物的な言葉を吐きながら拳を握るブリックに、スフィアもガルツも苦笑した。
「まあ、腐れ縁っつーか何つーか、教室でも生徒会でもよろしくな」
やはり当然の如く、三人は六年生でも同じクラスであった。
「そう言えば、確か生徒会って五人ですよね? あとの二人はご存知なんです?」
会長、副会長、会計はここに居る。残る役職は風紀と渉外である。
風紀はその名の通り、学院内の規律を正す事が主な仕事となる。
対して渉外という役職は、学院外との関わり事を主とする。前世の学校では聞き慣れない役職であるが、貴族学院においては一般的だという。ほぼ教師を介さず、生徒主体で活動しているからこそ必要な役職なのだろう。
ガルツが思い出したように「ああ」と言う。
「それなら隣のクラスの――」
その時、ガルツの言葉を遮るようにして、生徒会室の重厚な両開きの扉が開いた。
「遅くなってごめんなさい。風紀の『リシュリー=ブリュンヒルト』よ」
「渉外の『カドーレ=ピクシー』です」
入ってきた二人はそれぞれ男女の礼をとると、口元に薄い弧を描いた。




