8・恋心、散りぬれば、芋いと美味し
上級生棟と下級生棟に囲まれた学院の中庭。ここからは良く棟内にいる生徒の顔が見える。もちろん、反対もしかり。
落ち葉や枝を拾い集め、着々と『焚き火』の準備を進めるスフィア達。校舎内にいた生徒達が、何だ何だと窓から首を出して中庭を覗き込む。ただでさえ中庭で焚き火というだけでも異常なのに、それをしようとしている者があの赤髪の美女だという事で、瞬く間に野次馬は増えた。
「おいおい、大分人が集まってきたぞ。つか、やっぱりこんな目立つところでで焚き火って良いのかよ」
「ちゃんと、先生には了承いただいてますから」
「……ぬかりねぇのな」
グチグチ言いながらもしっかりと手を動かして手伝ってくれているあたり、ガルツもすっかり丸くなったものだ、とスフィアは微苦笑した。
三人で拾い集めたため、意外と早く焚き火に十分な山が出来た。ガルツが火を付ければ、パチパチと小気味よい音と共に炎が上がり始める。
スフィアは校舎を見回した。
――一、二、三、四…………っと、全員いるわね。
スフィア達を注視している生徒達の中には、ラブレターの送り主達もいた。
「さて、そろそろかしら?」
燃えさかる火を前にして、スフィアは例のラブレター束を取り出す。見事な封蝋が施してあるものや、スフィアの髪色を思わせる、鮮やかな赤薔薇が描かれたものもある。
少々もったいない気もするが、仕方ない。
――言葉で通じないのなら、実力行使もやむなしよね!
スフィアは大きく息を吸い、次の瞬間、校舎の隅々にまで聞こえるような大声を響き渡らせた。
「レウルス=ショーン! ランドルフ=ジェイム! ヒューザー――」
彼女が大声で読み上げていくのは、ラブレターの送り主達の名前。名前を読み上げる度に、窓辺に突き出した顔の中に赤面が増えていく。
「これ、何て公開処刑だ?」
「さらし上げじゃない?」
スフィアの後ろで、ガルツとブリックは赤面している生徒達に憐憫の眼差しを向けた。
しかし次の瞬間、スフィアのとった行動により、その赤面していた生徒達の顔から一気に血の気が失せた。
スフィアが天に向かって、両手を勢いよく仰いだのだ。当然、彼女の手に握られていたラブレターは見事に舞い上がり、そして、ハラハラと落ちた。
燃えさかる炎の中に。
一瞬にして燃えたラブレターは、黒くなって再び高く舞い上がり、蝶のように彼女の周りを飛び回った。茜色の炎の前でさらに深い赤を揺らし、その顔には聖母のような穏やかな笑みを湛えるスフィア。
数瞬の静寂の後、方々からどよめきと悲鳴が中庭に投げられ、中庭にこだました。あっというまに阿鼻叫喚地獄の出来上がりだ。
ラブレターの差出人達は目を限界まで見開き、声にならないと口を開け、顔面は蒼白だ。
「よく覚えていてくださいね。私は――」
スフィアのその声は、先ほどのように大声で叫んでいるわけでもないのに、よく響いた。
「――誰のものにもなりませんよ」
ラブレターを当人達の目の前で燃やすという、中々に最悪な事をやってのけた彼女だったが、周囲から非難の声は、全くと言っていいほど上がらなかった。
あの赤髪――スフィアは、秘やかに『棘の薔薇姫』と一部では呼ばれていた。
薔薇の棘ではなく、棘の薔薇――棘で出来た薔薇である。
それの意味するところは、薔薇の棘など、気を付ければ棘に刺されるのを回避できるような生易しいものではなく、触れることすら、その香りを嗅ごうと鼻を近づけることすら拒む、絶対不可触の薔薇。
特にバート兄弟の一件で、上級生にも下級生にもその認識は一気に広まった。あれだけ派手にスフィアに貢ぎ合戦していたのが、ある日を境に屍のようになり、一切彼女に近付かなくなった。
否が応でも、皆何かを察した。
そして、それを知る者達は無理に彼女に近付こうとしなくなった。
触れるのならば、ズタボロになる覚悟を。しかしズタボロになったからといって、その薔薇が手に入るわけではないという、ハイリスク・ノーリターンゲーム。
しかし、時は経つもの。
次第に当時を知る者は卒業してゆき、代わりに何も知らない新入生がどんどん入ってくる。すると、再びスフィアの美貌に魅せられた者達が、ホイホイと量産されるはめに。
テトラ=バート以降、学院に新たな攻略キャラは入ってきていない。
その事自体は、スフィアが平穏な学院生活を送れる喜ばしいことではあったのだが、おかげで、何も知らずスフィアに惚れる者達が増えてしまったという、残念な状況でもあった。
――攻略対象じゃないからって、余裕にぶっこいてたけど、いい加減ここらで釘でも刺しておかないとね。
しっかりと本能に刻み込んでいてもらおう。無駄な恋心は、身を破滅させると。
「ふふっ、ごめんあそばせ、皆様方」
スフィアはぐるりと校舎を見渡し、極上の顔で微笑んだ。




