6.いつでも学園は波瀾万丈!
ロンバルディア貴幼院。この学院の朝はいつも、朗らかな挨拶と共に始まる。
「ごきげんよう、スフィアさん」
「アリーミャさん、ごきげんよう」
すっかり『ごきげんよう』などという、気取った挨拶も板に付いたものだ。
スフィアは教室の入り口でクラスメイトのアリーミャと他愛ない会話を交わす。かつてはスフィアを遠巻きにしていたクラスメイトとも、五年生にもなればこのように普通に話すようになっていた。
貴族学院に相応しい微笑顔で、うふふおほほと繰り広げられる穏やかな会話。するとアリーミャは、スフィアの胸の前で組まれた腕の中に目を向け、「それにしても」と苦笑した。
「ふふ、今朝は特に大変だったようですね」
スフィアも腕の中のものを視線を下げてチラと見遣ると、「ですね」困ったように肩を上げて、席へと向かった。
そして腕の中のものを机に置き、どうしようかと頭を悩ませていれば、すっかりお決まりとなった声が掛けられる。
「おーっす」
「おはよう」
何度クラス替えをしても毎度同じクラスになる運命の二人――ガルツとブリックである。以前よりクラスメイト達との交流も増えたとは言え、やはり何だかんだとは言っても、気がつけば隣にいるのは彼等だった。
スフィアが挨拶を返せば、鞄を置いたガルツとブリックはスフィアの席へとやって来る。二人は、スフィアの机の上に積まれたものを見て、はぁ、と感心したような、呆れたような息を漏らした。
「今日はまた一段とだな」
ガルツは机の上の山――数々の封筒の中から一枚を手に取って、しげしげと眺めた。スフィアの机の上は、色とりどり綺麗から可愛いまで多種多様な封筒が山をなしていた。全てスフィア宛のラブレターである。
学院につくなり「受け取ってください!」と渡されたものに始まり、それからは教室に入るまであちらこちらから手紙が差し出された。前世の街角のティッシュ配りを思い出した。
スフィアが手を出して受け取れなくなれば、最終的には腕の中に無理矢理突っ込んでいく始末。人の腕の中を何だと思っているのか。生け花じゃないのだぞ。
「全く、私は誰とも付き合わないと言ってますのに。本当、嫌になりますね」
「嫌になるって……贅沢な愚痴だねえ」
「まあ確かに、毎度この量はな……。さすがに俺でも、こんなに一度には貰わないし」
「それ自慢? 二人して嘆き風自慢? 俗に言うマウントってやつ? 一通も貰ったことない僕に対して謝って」
死んだ魚のような目で、歯ぎしりしながらスフィアとガルツに異議を唱えるブリック。
「今日の学食は私がご馳走しますよ」
「じゃあ、明日は俺がおごってやるよ」
スフィアとガルツがブリックの肩にそっと手を置いてやれば、ブリックは威嚇する猫のように肩を怒らせ、二人の手を振り落とした。
「露骨な同情は時として人を大いに傷つけるんだからね!!」
ブリックの悲痛な叫びが教室にこだました。
そのブリックの叫びを、ガルツは肩をもう一度叩く事でいなし、「それにしても」と目線をラブレターに戻す。
「皆、コイツの容姿に騙されてるよな」
スフィアの成長には目を見張るものがあった。
可愛らしいと形容されていた、幼さが一種の魅力だった容姿には大人の色が加わり始め、愛らしさは美しさの、あどけなさは色気の兆しを見せていた。
案の定、その蝶のように麗しい見た目は人の興味と好意をかき立てた。
「知らないって幸せだよね。本当、スフィアって罪な人だよ」
ガルツとブリックはラブレターを手に取り、憐れみの目で眺めていた。
「人を詐欺師みたいに……言っときますけど、私は何もしてませんからね」
全く、人聞きの悪い。断っているのに向こうから来るのだから、こちらに責任はないというのに。
「何もしてないから悪いんだよ。黙っとけばお前は綺麗なんだから」
「そうそう! 黙ってれば黙ってるほど、犠牲者が自然量産される仕組みだよね」
――何これ。褒められてるの? 貶されてるの?
まあ、犠牲者という言葉は否定はしないが。
スフィアは頬に手をあてがい憂いの溜め息をついた。
「はぁ……理不尽だわ」
「お前は理不尽って言葉を使ったらダメだろ。お前自体が理不尽の塊なんだから。一番の被害者の俺らに謝れ」
ガルツがわざとらしく呆れたように頭を振れば、隣のブリックがじっとりとした目をガルツに向ける。
「いや、ガルツも僕に謝って。無自覚なモテ自慢は大罪だよ」
「理不尽だな」
「理不尽だわ」
「うるさいよ! 僕だけモテないのが一番の理不尽だよっ!」
とうとう涙声で、ラブレターの山に突っ伏してしまったブリックの背中を、スフィアとガルツは優しく撫でた。




