3.飛んで火にいる……?
そんな事を思いながら楽しそうにボリボリとお菓子を摘まむスフィアを、隣のグレイは湿った目で見ていた。
「というか、パーティの時とかスフィアは綺麗に食べてい――ッだ!?」
グレイが声にならない声を上げながらソファに沈んだ。
――言わせないわよ。
テーブルの下で、スフィアのヒールがグレイの足の甲にめり込んでいた。その威力は、いつぞやの花屋の前で踏んだときとは別格である。ローヒールとピンヒールの攻撃力の差は言わずもがな。
「まあ、グレイ様。こんなところでお休みになられるなんて、お行儀が悪いですよ」
スフィアが素知らぬ顔で言えば、グレイは「嘘だろ」と驚愕の表情で呻く。アルティナは訳が分からずといった顔で、二人の間で視線を右往左往させていた。
「お邪魔虫――じゃなかった、グレイ様も眠られた事ですし、お姉様、二人で女同士のお話でもしましょう」
「ね、ねむ……? でもグレイ様の呻き声のようなものが――」
「いびきです。それよりお姉様、一緒にお出掛けなどしませんか? 例えばパンサスとか! 以前に訪ねた事があるのですが、とっても海鮮料理が美味しくて街並みも綺麗でしたよ」
グレイを気に掛けるアルティナに言葉を被せ、意識を無理矢理自分の方へと向けるスフィア。
「パンサスねえ。確かに綺麗でしょうけど、確か海賊がどうとかの港じゃなかったかしら? 数年前に港で大きな火事があったって言うし……」
「安心してください。すっごく治安も良くなってますよ、今は」
「あら、そう?」
にっこりと微笑むスフィアに、アルティナは「詳しいのね」と口をまるめただけだったが、スフィアの隣で身を起こしたグレイは、ぼそりと補足情報を呟く。
「……パンサスは昨年、領主が変わったからな」
横から注がれるグレイの物言いたげな視線には取り合わず、スフィアは「らしいですね」とだけ相槌をうち、紅茶を口に含むことで強制的に会話を終わらせた。
すると、扉をノックする音が部屋に響く。アルティナが入室の許可を出せば、スフィアと同じ年頃の少年が顔を出した。
「皆様、紅茶のおかわりはいかがでしょうか?」
「あら、是非いただくわ。トレド」
アルティナがそう少年に返答した瞬間、スフィアは頭を押さえソファに倒れ込んだ。
「――ってええ!? 今度はあなたなのスフィア! あなたも眠いの!?」
グレイと入れ替わるようにソファに沈んだスフィアに、慌てふためくアルティナ。心配していただき誠に夢心地なのだが、スフィアはその喜びを噛み締めている余裕などなかった。
『トレド』――それは立派に攻略キャラ辞典に載っている名だった。
――あーあ……こんな日にまで忙しい事この上ないわ。
スフィアはむくり、と身体を起こし、アルティナ同様にオロオロとしているトレドを見遣った。現状、彼の視線に特別な好意は見受けられない。スフィアを心配するトレドは、なんとも子犬のように愛らしく害など一切ないのだが、しかし彼は間違いなくこの先の障害となる。
――でも……
「大丈夫です、お姉様。少々目眩がしただけですから」
スフィアは「ありがとうございます」とアルティナとトレドに笑みを向けた。
――まあ、刈るわよね!
成長しようと、スフィアのアルティナへの愛も変わっていなければ、その目的も変わっていなかった。




