41・招かれざる役者
スフィアは一人で港町パンサスに来ていた。
今日の格好は前回来た時に交換した町娘のワンピース姿だ。赤髪も一つに纏め、なるべく目立たない様にする。
「今日も港側は大盛況ね」
いつ来ても賑やかな街だ。今日も港場は男達の野太い声で活況を呈していた。
しかし、今回は港場を見に来たわけではない。
スフィアは、港に着岸しているライノフ家の家紋が堂々と入った商船を横目に通り過ぎる。この前と変わらず、積み荷の上げ下ろしがなされていた。
――こうやって見ると、全然分からないわね。
筋肉を躍動させ働く男達に薄い笑みを向けると、スフィアは港場を通り抜けた。
港場を通り抜け、街の中心地からどんどん離れる。
次第に建物も人気も少なくなっていく。
スフィアが目指していた場所は、港場に突き出した半島の裏側だった。
歩きに歩き続け、街の風景は田舎の雑木林の様な風景に代わり、そしてとうとう山の中に踏み入る。
「ベレッタ姐さんの手紙では、ここら辺にあるはずなんだけど……」
木々の間からは港場が見えていた。
ライノフ家の商船の近くでは、小さくなった男達がせこせこと動いている。
スフィアは小さく一笑すると、その光景に背を向け、反対側を散策し始めた。すると、山を少し下った海に面した場所が一カ所大きくえぐれていることに気付く。
「あったわ! ここね!」
スフィアは地面に飛び出した木の根を掴みながら、斜面をゆっくりと下りる。地面に足が付けば、スフィアの目の前には薄暗い洞穴が大きな口を開いていた。
山の陰にあるそこは、日の光などまるで受け入れないといった様子で、奥は何処まで続いているか分からなかった。
すると、頭上からハラハラと葉が落ちてきた。
スフィアの瞳の色と良く似た色の葉が、彼女の足元を彩る。スフィアはその葉を一枚拾い指で弄ぶと、微笑みを浮かべ海に流した。
「さて、それでは今の内に……」
スフィアはゴソゴソと、身体に斜めに掛けていた鞄から小型の携帯ランプを取り出し火を付けた。
薄ぼんやりとした朱色の光が灯る。
そしてスフィアはそれを掲げ洞穴の奥へと踏み入った。
少し歩いた位で、洞穴は行き止まりになっていた。
「外から見るより案外と浅いのね」
スフィアは行き止まりの先にランプをかざした。
円形の灯りに照らされた中には、他国の紋章が付いた積み荷や重そうな荷袋、そしてライノフの家紋が入った、先日船の中で見たのと同じ木箱が並んでいた。
――流石に、分かりやすく金貨やら宝石が素のまま置いてあるわけないわよね。
よくゲームなどで見た宝の山を想像していたスフィアは、少々落胆した。
しかし、すぐにスフィアは気を取り直し、次の作業に取り掛かる。
鞄の中から今度は中型のナイフを取り出した。
どう見ても子供には不釣り合いなゴツゴツとした代物。それをスフィアは逆手に持つと、躊躇いなくその荷物の山に振り下ろした。
「よいしょおおおおお!!」
足元にあった荷袋にその刃を突き立てれば、中から眩いばかりの金貨が雪崩出てくる。スフィアの足元を金色が埋め尽くす。
「ふふ、壮~観!」
スフィアは至極楽しそうな顔で、次々と袋やら荷をこじ開けてゆく。
もしこの場に誰か居たら、彼女が侯爵令嬢だと言っても信じなかっただろう。それ程にスフィアは嬉々として全てを破き、壊してゆく。
金貨や宝石が雪崩出る度に、耳を突く甲高い音が洞穴にこだまする。
「ふふふ! 最後はこの木箱ね。中身は何かしら――ねぇ!?」
ライノフの家紋が入った木箱。その蓋の隙間にナイフの刃をねじ込み、下から柄を叩き上げれば、木材の裂ける音と共に蓋が開いた。
鼻を刺激する様な匂いが洞穴にたちこめる。
スフィアは地面に置いていたランプで中を照らし、隙間から腕を突っ込んだ。指に感触があれば、それを握り締め腕を引き抜く。
スフィアが握った手を開くと、中にあったのは乾燥して砕かれた葉っぱだった。
「紅茶――じゃないわね」
一見すると紅茶葉にしか見えない。しかし、鼻を近付けてみると、それが異質なものである事が分かる。
スフィアはこの匂いに覚えがあった。
「やっぱり……煙草ね」
彼女は横目に、木箱に刻まれたライノフの家紋を睨んだ。この木箱丸々煙草葉なら相当の量になる。そして相当の金を生むだろう。
スフィアは鞄にナイフをしまい、地面に座り込んだ。
「よしよしよし……これで――」
手元の動作に集中していたため、スフィアは洞穴の中に自分以外の人間がいることに気付かなかった。
次の瞬間、彼女背後で砂利を蹴る音が響いた。
「そこで、何をしているんだい? お嬢ちゃん――」
かけられた声は、敵意を含んでいた。
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