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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第一章 ヒロイン転生したので、フラグ刈りを始めたいと思います。

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36・持つべき者は優秀な子分ね

 放課後、教室を出ようとしたブリックは()()に捕まった。


「すみません、ブリック。ちょっと教えて欲しい事があるんですけど……」


 ブリックは彼女の「ですけど」の後に続くのが、「いいですか?」という疑問符ではなく、「いいですね」という選択肢のない命令だと知っていた。

 だから、ブリックは一瞬言葉を詰まらせたものの、抵抗しても無駄だと悟り「分かったよ」と言って、大人しく彼女ことスフィアの隣の席に腰を下ろした。


「それで? あんまり良い予感はしないけど……何が聞きたいの?」

「良い勘をしてますね! 勿論、ライノフ家――レニ先輩についてです」


 スフィアが人差し指を立て無垢な笑みを向ければ、ブリックは額を押さえて長嘆する。


「だからぁ、僕は関わらない方が良いって言ったじゃん!」

「何を言ってるんです? 責任の一端はブリックにもあるんですよ?」

「はぁ? 僕に?」


 訳が分からない、と片眉をつり上げるブリックに、スフィアは笑みを崩さずに顔を近づける。


「あの時屋上で、迂闊にブリックが私の名を呼んだ事で、今こんな事になっているんですけどねえ?」


 スフィアの笑みは変わってはいなかったが、ブリックにはなぜかその笑みが仄暗く見えた。

 ブリックは口を引きつらせ、視線を泳がせる。


「あ、は……えと、そうだっけ? 僕だったかなぁ? 名前呼んだの」

「…………」


 引きつった下手な笑いをするブリックの肩に、スフィアが無言で手を置いた。

 その手は肩を掴んでいるわけでもなく、ただ置かれているだけだというのに、酷く禍々しいものに感じられ、ブリックはとうとう白旗を揚げた。


「……ごめんなさい」

「いえいえ、謝って欲しくて言ったわけじゃありませんし」

「じゃあ、謝罪も済んだし僕はこれで――」


 目を合せない様にそそくさと席を立つブリック。

 しかし、勿論素直にスフィアが彼を帰らせるわけもなく。

 立った彼の足元を素早く足で払い、自然界の力を使っただるま落としの要領で、椅子に着席させた。


「――っ!?!?」


 ブリック混乱の極み。


「万有引力って素敵ッ!」


「キャッ」と嬉々とした声を上げるスフィアと対照的に、突然の浮遊と落下と尻への衝撃に、ブリックは目を丸くし唖然としていた。


「で、教えてくれるんですよね?」


 ブリックは悟った。「この生物に逆らってはならない」と。

 太古の昔から刻まれた人間の生存本能が警鐘を鳴らしていた。そしてブリックはその警鐘に素直に従った。


「……はい」


 彼は尻をさすりながら、神妙に居住まいを正した。




       ◆




「まず、ライノフ伯爵家についてだけど――」


 ブリックはそう切り出すと、ライノフ家の事業、伯爵家間での立ち位置、そして後ろ暗いと言われる噂について話し始めた。

 ライノフ家は昔から港町パンサスを含めた南部一帯を治める領主だった。

 領地はさほど広くはないが、何よりも貿易港であるパンサスがあるのが、他の伯爵家とは違うところだった。ライノフ家自体も貿易商を営んでおり、公爵家並と言われる資産の大半がその上がりによって賄われていた。


 そして社交界隈での立ち位置は、やはりというか、黒い噂のせいで孤立気味にあった。ライノフ家はそれについては特に気にした様子もないとの事だった。

「資産は伯爵家間では頭一つ飛び出てるよ。それどころか、公爵家に並ぶと言われてるくらいだもの。孤立していても平気なのは、その意識もあるのかもしれないね」と、ブリックが付け加えた。


「最後にその後ろ暗い噂ってのだけどね、前も言ったと思うけど……海賊と手を組んでライノフに護衛を依頼しなかった商船を沈めたり、積み荷を略奪してるらしいんだ」

「どうして海賊がライノフ家と繋がってると皆さん噂してるんですか?」

「まあ、噂だけどね――」


 そう前置きした上で、ブリックはたどたどしく口を開いた。

 なんでも時折、ライノフ家にはいかにも怪しいと言わんばかりの、外套を頭からすっぽりと被った者達が入っていくらしい。一度や二度ならまだしも、幾度も領民にその瞬間を見られている。

 しかもその外套の者達がライノフ家を訪ねるのが決まって、商船が襲われる前日らしい。


「はっきり言って断定は出来ないよ? けど、ライノフ家や商船で働こうとしても、人手はどちらも全く受け付けてないんだ。彼等の家の内側の情報は一切外に出てこない。本当、不自然なくらいに」


 一般的に上位貴族家は使用人やメイド、料理人などを下位貴族から雇ったりする。屋敷や家業が大きい家だと、その数は数十人にも上る。

 ライノフもそれ程手広く事業をやっているのなら人員が不足する事もあるはずだ。なのに、全く受け付けていないとはどういう事か。では、今働いている者達はどこから来ているのか……。


「……全くの嘘ってわけではなさそうですね」



 ――けど、誰もまだ確証は掴んでないわけね。



「ありがとうございます、ブリック」


 スフィアは椅子から腰を上げると、ブリックに手を差し出した。


「さあ、帰りましょう」

「……言っとくけど、僕はまだスフィアがライノフに関わることには反対してるんだからね」


 渋々とブリックはスフィアの手を取り、椅子から腰を上げる。


「ふふ、ブリックは優しいですね。ご心配ありがとうございます」


 そう言ってスフィアが見せた表情は、一点の曇りもなく輝く様な微笑み。

 先程まで後ろ暗い話をしていたとは思えない変わり様だ。好奇心旺盛というか、無邪気というか、欲望に忠実というか。


「全く、これだから……ほっとけないんだよね」


 スフィアの耳に届かない程の声で呟き、ブリックは苦笑した。



お読みいただき、ありがとうございます。


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