表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第一章 ヒロイン転生したので、フラグ刈りを始めたいと思います。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/227

35・だって私は愛されヒロインですもの

 レイランドの屋敷の半分程しかない邸宅。

 その中の部屋も、スフィアの自室の半分程しかなかった。


「突然手紙が来たときは驚いたよ。スフィア姫」


 出された紅茶に口を付けていると、目の前の男が苦笑した。


「ふふ、でも嬉しかったでしょう? ロクシアン先輩」


 男――ロクシアン=バレルは「まあね」と言って、自分も紅茶に口を付けた。

 数ヶ月ぶりに見る顔だったが、飄々としたところは相変わらずだ。


「それに、折角鍵と一緒に住所をいただいたんですから、お手紙くらい出さなくては失礼というもの」

「その割には、随分と手紙を書くのに迷ったみたいだね。どれだけ推敲してくれたのかな?」


 ロクシアンは窓の外を眺め、悪戯っぽい笑みをスフィアに向ける。

 窓の外は春の深緑も濃く色づき始めた『夏』だった。


「殿方を待たせるのもレディのたしなみですもの」


 そう言えば、ロクシアンは参ったとばかりに腹を抱えて吹き出した。


「ッあっははは! 君は相変わらずだなぁ」


 目尻に涙を浮かべ、嬉しそうに目を細めるロクシアン。その目尻の涙を指で拭い、笑いを収めると、彼は身を乗り出して悪い顔をする。


「それで、ただ茶飲み話に僕の所に来たんじゃないんだろう?」


 手に持っていた紅茶をソーサーに戻せば、カチャリと陶器が鳴く。


「やはり、ロクシアン先輩はお話が早い方で助かりますわ」


 綺麗に微笑めば、ロクシアンが「やれやれ」と眉を下げて溜息を吐いた。


「港町パンサス。そこに、どなたか女性のお知り合いはいませんか?」

「パンサス? まあ、ここからも遠くはないし、知り合いが居ないこともないけど……」

「では、そのお知り合いの中で娼館勤め、もしくは、特定の男性とのお付き合いはしない方はいますか?」

「……君の口から、娼館なんて言葉聞きたくなかったなあ」


「いくつだよ」とロクシアンは口を引きつらせる。


「ほほほ、物知りは令嬢のたしなみですわ」

たしなみって言っとけば、許されると思ってる節があるよね。姫は」


 スフィアが頬に手を添え、小首を傾げ愛らしいポーズをとれば、ロクシアンは視線を天井に向け、「まったく……」と諦めた様に笑った。


「娼館勤めは流石に居ないけど……というか、僕の歳でそこに知り合いが居たらヤバいからね? まあ、後者なら知ってるよ」

「その女性は、お願い事を聞いて頂ける方ですか?」

「待って……そのお願い事って……」


 ロクシアンの手が、スフィアの目の前に「待った」と突き出される。

 彼はもう片方の手で顔を覆って悩ましげに背を丸める。


「はい。ちょっと男性をたぶらかして欲しいんですの」

「いや……うん。君が割と手段を選ばない事は知っていたけど……たぶらかすって……」


 ロクシアンは「え~……」と小声で掠れた悲鳴を上げる。

 指の隙間からロクシアンの瞳がチラとスフィアを捉え、ぼそりと手の中で呟く。


「全く、今度は誰に何をするつもりなんだか……」


 すると彼は自分の言葉にふと引っ掛かりを覚えた。


「パンサス……といえば……ライノフ家領! まさか、今度はレニに何かする気かい!?」

「あら、御存知で?」


 ロクシアンは首を横に振ると、勢いよく腰を上げた。

 彼の膝がテーブルに当たり、上に乗っていた紅茶が騒がしい音を立て、互いの白いソーサーを汚す。


「駄目だ! ライノフには関わらない方が良い!」

「他の方にも同じ事を言われましたわ。ライノフ家は後ろ暗い事をやっていると」

「そうだよ。その筋の人間も出入りしてる! 何をしようとしているかは知らないけどさ、子供の火遊びで手を出しちゃいけないラインだ!」


 ロクシアンが息を荒くしているところなど初めて見た。いつも飄々としていたのに。

 それだけでも、どれだけ『ライノフ』という名が恐れられているか分かった。


「ライノフ家ではなく、私が用があるのはレニ先輩ですから」

「――ッ一緒だよ」


 ロクシアンは顔を歪めて非難の声を溢す。

 しかし、スフィアは赤い筋の付いたカップをソーサーごと手に取ると、何事もない様に口に運んだ。

 ソーサーにはレニの髪と同じ色の水溜りが出来ていた。


「ロクシアン先輩。先輩は、私がやめとけと言われて大人しく引き下がる娘だと思いますか?」

「……思わないね」


 ロクシアンは膝から力を抜くと、ソファに腰から力無く落ちた。そして背もたれに頭を乗せ天を仰ぐ。


「思わないから……最低限の忠告はしておきたかったんだよ」

「お気遣い痛み入りますわ」


 ロクシアンは頭を起こし、乱れた髪を雑に撫でつける。


「で、僕はその知り合いの女性に何をお願いすればいいのかな!?」


 半ばヤケクソに声を出すロクシアンに、スフィアは楚々と笑って一枚の紙を取り出した。

 それをロクシアンの前に置く。


「お願いしたいことは全てそれに書いてありますから、お知り合いの方に渡して下されば結構です」

「用意が良いことで。……見ても?」


 手に取った紙をロクシアンが興味深そうに見る。スフィアは「どうぞ」と手で示す。

 紙を開いたロクシアンは口角を上げた。


「良いところに目を付けるね……分かった。渡しておく」


 紙を綺麗に四つ折りに戻し、ロクシアンは大事そうに胸のポケットにしまい込んだ。


「さて、お姫様のご用件は以上かな?」


 重い話が一応は終わった事でロクシアンは安堵の息を漏らし、表情もいつもの飄々としたものに戻る。 

 するとスフィアは手をロクシアンに向けて差し出した。

 ロクシアンは、差し出された幼さのとれ始めた手を、首を傾げて見つめる。


「持ってますよね? ……屋上の鍵」


 ロクシアンの顔が引きつった。


「先輩が合鍵を一本しか作らないわけありませんよね。あれだけいさかいなく女遊びに興じてらした方ですもの。とっても用心深い性格なのはお見通しですわ」


 ジークハルトにも使ったおねだりのポーズをとれば、ロクシアンは顔を覆い、再び天を仰いだ。


「~~っ本当、君は……! もう!!」


 スフィアはポケットに入っていた紙を鍵に替えて、帰路についた。



お読みいただき、ありがとうございます。


応援する、続きを読みたいと思われたら、ブクマや★評価をお願いいたします!励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ