27・使えるものは使っていくスタンス
スフィアは礼を言ってグレイからジュースを受け取った。
少し汗をかいたカップに指が触れれば、その冷たい汗は指を伝って地面に落ち、一粒の水玉となる。透明のカップに入ったジュースは淡い黄色をしており、見た目からも爽やかさが伝わってくる。
カップに口を付け喉を鳴らせば、想像通りの酸味が口の内側を締め付ける。
さっぱりとした後味を堪能しつつ、スフィアは隣で同じ様に喉を潤すグレイを見た。
「グレイ様、女性とお付き合いした経験は?」
「――ンぐふッ!!」
盛大にグレイは咳き込んだ。
「い、一体何だ!? 藪から棒に――」
彼は口の端から垂れるものを乱暴に袖で拭っていた。
やはりどう見ても平民慣れしている。
王子である姿だったならば、こんな雑に、しかも袖では拭わないだろう。
しかし取り敢えず疑惑は横に置いて、今はもっと可及的速やかに行わなければならない話があった。
「いえ、ちょっとグレイ様のレディ・ファーストがどれ程のものか見たいと思いましてね」
「藪から丸太くらいの唐突ぶりだな。しかも上から目線……」
――まあこちとら前世と現世、通算で貴方の倍は生きてますからね。
「それで? 女性の扱いには慣れてらっしゃるんですの?」
グレイの言葉には取り合わず、スフィアは質問を重ねる。
グレイは少し視線を逸らし、ほんのり火照った顔でジュースを口に含む。
「いや、まぁ……ね?」
「『ね?』――で、通じるとお思いで?」
はっきりとしない物言いにスフィアは笑顔を崩さず圧を掛ける。
「大丈夫です。例え百人斬りしていようと、何とも思いませんから。ええ、全く、微塵も、これっぽっちも反応はしませんから。だから、はぐらかさず正直に答えて下さい」
「それは俺に関心があるのか、関心がないのか、どっちなんだ」
思わずグレイの顔も渋くなる。
「あらやだ。私、口に出してました? それは失礼しました~」
口を手で押さえてみたものの、グレイの目は物言いたげに半分閉じたままだ。
「まあ、スフィアが俺に、ま・だ! 興味がないのは分かってたから良いけどね」
「申し訳ありません。この先も興味が持てそうになくて……」
「丁寧に凄いえぐってくる」
まるで燃え尽きたボクサーの様に、噴水の畔で背を丸めるグレイ。
「大丈夫ですよ。グレイ様の顔と肩書きでしたら、千人斬りも夢じゃありませんわ!」
「それが俺の夢だと思われてる事よ……」
グレイの背がどんどんと丸くなっていく。そろそろ落ちていく頭が足の間を突き抜けそうなので、ここらで本題に移ることにした。
「そんな事より――」
「そんな事で済ますのな」
非難めいた声が聞こえたが、気にしない。
「単刀直入に言います。私とデートする気はありますか?」
次の瞬間、グレイの頭は夏のひまわりの如く真っ直ぐ空へと伸びた。
◆
「必ずこのデートでスフィアを虜にしてやるからな!」
「あ、そういったのは結構です~」
腕を組みつつもグレイの身体から距離を取ろうとすれば、彼は脇を締めてスフィアの手を逃がさないとばかりに挟み込んだ。
「何か、スフィアは俺に冷たくないか? 以前会った時より随分と対応が雑なんだが」
「でしたら、他のマゾヒストな歳の近い女性をお探しになればよろしいかと」
「俺、そんな女性がタイプって言ったっけ?」
デートを装っているというのに、グレイの顔が段々と悲惨なものになってくる。このままではまずいと思い、スフィアは慌ててフォローを入れる。
「か、顔は格好いいと思いますよ! ただ、グレイ様がどの様なお人柄なのかはまだ分かりかねまして……あの様な宣言をされるもんですから、てっきり――」
「いや、俺は逃げた獲物を追うのが好きなんだ。あわよくば俺に心酔させ、その恥じらう顔が見たい」
一体何を暴露してくれてるんだ、この王子は。
本当コレが第一王子でなかったことに万歳三唱したい。この王子が次の国王になったら間違いなく滅ぶ。
「では、私は逃げた獲物だと?」
「いえいえ、そんな失礼なことは思ってませんよ。ただ魅力的な臀部だなと」
「それ、しっかり私の後ろを追って来てますよね?」
唐突に丁寧な言葉遣いになるのが、また一段と怪しさを倍増させる。
もし今の発言が比喩でなければ即刻逮捕して欲しい。ロリコンどころの騒ぎではない。
スフィアは眉を寄せて、不快感が滲み出たデートらしからぬ表情をする。
まあしかし、追い掛けられたとて捕まる気もさらさらない。
「まあ、頑張って下さいまし」
スフィアが何の感慨もなさそうに、わざとらしい薄っぺらい笑みを向ければ、グレイは拗ねた様に口を尖らせた。
「地味に効くよ。その眼中にない感じ」
「ふふ、ごめんあそばせ」
グレイの反応にスフィアが楽しそうに笑えば、グレイも隣でその姿に表情を柔らかくさせた。
「それで、デートといっても何をしようか。どこか行きたい所でもあるか?」
「その事ですけど、ここら辺りの市場を一緒に回って下されば十分ですわ」
「回る……だけ?」
それだけで良いのか、とグレイが首を捻った。
「ええ。そして出来るだけ、兄妹ではなく恋人だと見せつける様に振る舞って下さいませ」
「……あの花屋に?」
スフィアはそれには返答せず、意味深に綺麗な笑みだけを返した。
グレイは一度大きな溜め息を吐くと、腕に添えられていたスフィアの手を解き、自身の手の中におさめきつく握った。
「腕を……組むより、繋いだ方が親密な関係……に、見えると思うから」
言ってすぐにグレイが顔を背けた為、スフィアからは彼がどの様な顔をしているのかは見えなかった。
ただ、見上げた彼の耳が先程よりも赤くなっている気がして、思わずスフィアは小さく笑いを漏らした。
「そうしてれば、少しは可愛く思いますよ」
「えっ! じゃあ、俺のかのじ――」
「それは不可ですね」
言い終わる前に一刀両断するも、「けど、俺は諦めない」などと言うグレイ。
――いや、そろそろ諦めて欲しい。
「さて、おふざけもこのくらいにしてデートをしましょう。グレイ様?」
「あーあ……何で俺、九歳児にこんな転がされてるんだろう」
二人は手を繋いだまま、人で賑わう市場へと姿をくらませた。
お読みいただき、ありがとうございます。
応援する、続きを読みたいと思われたら、ブクマや★評価をお願いいたします!励みになります!




