24・Shall we デストロイ?
ゲームの中でも、ルシアスとテトラはスフィアを取り合って対抗心を燃やしていた。
しかし、その時の二人は今程幼くはなかった。立派に分別のある青年に成長してからの話だった。
「流石に一桁の歳の子に分別を求めるのは酷かしら?」
スフィアは花の香りのする紅茶に口を付けた。
テラスをさらう風は心地良く、一人思考に耽るには最適な場所だった。
「ガルツが、ルシアスとテトラは異常な程対抗心が強いって言ってたけど……本当ね」
きっと今回の作戦は今の二人にだから通用したのだろう。まだ幼く自制が弱い時だったからこそだ。
「何事も、限度って大切よね」
紅茶をテーブルに置けば、丁度セバストが甘い匂いをさせてキッチンから戻ってくる。
「どうされましたか、スフィア様。もうお腹いっぱいですか? 今スコーンが焼き上がったところですが……」
「もちろん食べます! 違うんです。別にお腹の限度を気にしたわけじゃないんですよ」
「それはよろしゅうございました。作った者達もスフィア様がいつも嬉しそうに食べてくれるので、作りがいがあると言っておりましたよ」
セバストは品の良い笑みを溢すと、テーブルの上にスコーンの入ったバスケットを静かに置いた。小麦と砂糖の焼けた、何とも鼻をくすぐる良い香りがする。
スフィアは早速一つ手に取ると、手で千切って口に放り込む。
「……ねえ、セバストさん。ピジョン・ブラッドって知ってます?」
「実物を見たことはございませんが、その名でしたら」
「どのくらいの価値があるんです?」
セバストは小さく唸ると、空になったカップに紅茶を注ぎ足す。
「そうですね。はっきりとした額で出せるものではありませんが――まあ、レイランド家の領地三つ分といったところですかね」
途方もない価値だ、とセバストは緩く首を振った。
「じゃあ、それが無くなったら大変ですね」
「大変どころではありませんね。そういえば、バート侯爵家がその宝石をお持ちだったと思いますが……今度ローレイ様やジークハルト様が狩りに行く時、一緒に連れて行ってもらって見せて貰ったらよろしいでしょう」
「そうですね。是非……見せて貰います」
――近日中にね。
スフィアは、にこりと輝くような笑みをセバストに向けた。
そして予想以上にその日はすぐにやって来た。
客人が来ていると言われ、スフィアが応接間へ足を運べば、そこにはテトラが居た。
テトラは出会った瞬間に懐からハンカチに包まれた何かを取り出し、スフィアに跪いた。
スフィアにはその中身が何か既に分かっていた。
彼女の口角がじわりと上がる。
「スフィア先輩! どうぞこれを受け取って下さい! そして僕のお嫁さんに!」
テトラがそう言ってハンカチから取り出したものは、親指程もある深紅のルビー――『ピジョン・ブラッド』だった。
――ていうか、領地三つ分の貴宝をよく素持ちで来れたわね!?
自制が効かないというより、まだ価値が分かっていないのか。
「取り敢えず、それは置いときましょう」
スフィアは今までのように喜ぶでも受け取るでもなく、再びルビーをハンカチに包み応接テーブルの上に丁寧においた。
思ったような反応が得られず、テトラは不安に首をかしげる。
「テトラ、ここに来ていることはお家の方は知っていますの?」
向かい合って座れば、テトラは気まずそうに視線を逸らす。
「えっと……知っているというか、見当は付いているというか……」
モゴモゴと言いにくそうにテトラが口ごもっていると、屋敷の入口の方が急に騒がしくなった。
セバストが何事だと玄関に駆けていく。
「突然失礼します! こちらに我が愚息が来ていませんか!?」
玄関を突き破る勢いで入ってきたのは、ルシアスとテトラの父――バート侯爵だった。
彼の後ろには、引きずるようにして連れて来られたルシアスが、何とも気まずそうな顔をして立っていた。
「確か、先程テトラ様が来ていたと――」
セバストの言葉も言い終わらぬ内に、バート侯爵はテトラの名を叫びながら屋敷へと足を踏み入れた。
「テトラッ! お前、勝手にアレを持ち出して!!」
応接室にテトラの姿を発見したバート侯爵は、目の前にスフィアが居る事など忘れてテトラに怒号を飛ばす。
流石に青筋を立てた父親に怒られれば、テトラも身を縮めて泣きそうな顔になる。
「初めまして、バート侯爵様。スフィアと申します。失礼ですが、もしやお探しの物はこちらではありませんか?」
スフィアは湯気立つバート侯爵の前に、ハンカチに包まれていたルビーを取り出してみせた。
「おお! ええ、これですこれです! ――っと、お恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ないスフィア嬢」
バート侯爵は宝石を手に取って落ち着いたのか、先程までの慌てぶりが嘘のように姿勢を正し、とても紳士的な礼をとった。
「それで……一度贈った物と承知はしておりますが……その……」
気まずそうに口籠るバート侯爵に、スフィアは綺麗な余所行きの笑みを作る。
「バート侯爵様? 私はまだ何も受け取っておりませんわ。ただテトラは、とても美しい宝石があると見せに来てくれただけですから」
テトラの顔が羞恥と気まずさで赤くなったり青くなったりしていた。
親に叱責を受けるところを見られ、それを女性に庇われるなど、恥以外のなにものでもないだろう。
勿論、バート侯爵はスフィアの言葉が嘘だという事は分かっていた。だが、今はありがたくその嘘に乗せて貰うことにする。
「……そうでしたか。確かにその素敵な真紅の御髪には、この宝石がよく似合いましょう。愚息共もスフィア嬢を喜ばせたかったのでしょう」
「ええ。とても素敵な物を見せて頂いて満足しておりますわ。とても大切な物でしょうから、どうぞお気をつけてお持ち帰り下さい」
スフィアはバート侯爵の手からルビーを取り、自身の胸元を彩っていたドレスタイで何重にも丁寧に包み再び彼の手に戻した。
一緒に笑顔を付けることも忘れずに。
「――っスフィア嬢」
バート侯爵の瞳が感激の色を浮かべていた。
「あ! 少々お待ちを、侯爵様」
スフィアはバート侯爵を引き留め、セバストにある物を持ってくる様に指示をする。
そうしてセバストがスフィアの部屋から持って来たのは木箱だった。
「どうぞ、こちらも」
「これは?」
応接テーブルの上に置かれた木箱を、バート侯爵が不思議そうな手つきで開けた。
「これはっ!」
バート侯爵は箱を開ける前と後で同じ言葉を漏らしたが、その響きはまるで違っていた。
箱の中に入っていたのは、いままでルシアスとテトラがスフィアに贈ってきた多種多様色とりどりの宝飾品だった。
バート侯爵の後ろで、当の送り主達は視線をあらぬ方へ向けている。
バート侯爵が来てから、二人とスフィアの視線は面白い程に交わらない。
「折角頂いたのですが、私には過ぎたものですから……きっと元の持ち主にお返しするのがよろしいかと思って、しまっておりましたの」
バート侯爵は震える手で見覚えのあるネックレスや指輪、時計などを取った。彼の震えが何から来るものかは、表情を見ずとも彼の身体から発せられる圧で十分に皆理解していた。
「……スフィア嬢。男が一度女性に贈った物を突き返されること程、不名誉なことはありません」
バート侯爵の声はとても静かだった。
「しかし今は礼を言いますぞっ! この、身の丈も知らない馬鹿者共に現実を見せて下さったことを!!」
言うやいなや、バート侯爵はルシアスとテトラの方を向き直って、二人の頭に力一杯の拳骨を落とした。ゴッという聞くからに痛そうな音と共に、二人は頭を押さえて床にへたり込んでしまった。
「馬鹿共がッ!! いくら意中の女性を口説きたいからといって、自分の出来る範疇を超えて見栄を張るとはなんともみっともない! 分別もつかん馬鹿共に好かれてスフィア嬢もさぞ迷惑だろうな!」
「バート侯爵様、私は大丈夫ですから。きっとお二人とも反省しておいでですわ」
怒号止まぬバート侯爵をスフィアが手で制せば、彼は一つ深呼吸をする。
「――スフィア嬢がとても出来た方だったから良かったものの。家宝まで持ち出して……前代国王から下賜された物を他家に贈るなどと……お前達は家を没落させるところだったんだぞ」
仁王立ちするバート侯爵の前で項垂れるルシアスとテトラ。
そこへスフィアが眉を下げ、悲哀の籠もった声でバート侯爵に言葉を掛ける。
「ただ……この様になってしまった責任は私にもありますから。……ですから、どうか同じ過ちを繰り返さぬよう……」
バート侯爵は、眉を悲しそうに下げたスフィアの肩に優しく手を置いた。
「ええ、分かっておりますとも。それ以上は女性の口からは言わせませんよ。スフィア嬢に責任は小指の先程もありませんから」
そして次の瞬間、「だが……」とバート侯爵はルシアスとテトラの二人に言葉を投げかけた。
「だが! お前達が馬鹿を起こした原因は彼女だ。だから――お前達がこれ以降彼女と関わることを禁ずる!!」
その言葉に、俯いていた二人の顔は弾かれたように跳ね上がった。
スフィアは心の中で飛び上がった。
「お前達馬鹿にはスフィア嬢はもったいなさ過ぎる。これ以上お前達が彼女に関わったら、彼女が可哀想だ!」
口を鯉のようにパクパクさせる二人をそのままに、バート侯爵はスフィアに深く頭を下げた。
そうして木箱を抱え、屍のようになってしまった二人を引き連れ、バート家の三人はレイランド家を後にした。
スフィアはその姿をにこやかな笑みで見送った。
◆
「スフィア様。あの贈り物がバート侯爵様や奥方様のだと知っていたのですね?」
見送りから戻れば、セバストが不思議だと言わんばかりに首を傾げた。
「途中から明らかに贈り物の質が違いましたから。そうじゃないかと思っただけですよ」
本当は、確信していた。
最初に貰った物も結構なものばかりだったが、途中から明らかにその質が格段に上がった。そして何より、デザインがどれも大人の女性に合わせたものだった。明らかにスフィアの為にあつらえられたものではない。
すぐにそれがバート家にある宝飾品だろうと分かった。
しかし、それでもスフィアは贈り物を拒むことは一切しなかった。
それどころか、兄弟の互いへの対抗心を増長させる為に、わざと贈られた物を身につけて目立つように登校していた。
家宝のピジョン・ブラッドの存在はゲームで既に知っていた。それがいかにバート家にとって大切なものかも。
だから彼等がそれに手を出すまで、スフィアはのらりくらりと二人の誘いを躱し続けた。
――思ったよりも、早く手を出してくれて良かったわ。
日に日に重くなる頭や首の装飾には困っていたところだった。
「やっぱり、兄弟は仲良くなくちゃね」
是非バート兄弟はこれを機に反省して、少しは仲良くなって貰いたいものだった。
――まあ、もう関わることないし関係ないけどね!
翌日、学院――
「ガルツ、ブリック! おはようございます」
「お! ……はよう」
「おおう!? はよ」
ガルツとブリックは、以前の姿――無装飾姿に戻った上機嫌のスフィアを見て、バート兄弟に心の中で手を合わせた。
――――バート兄弟・ルシアス=バート、テトラ=バート シナリオ改変完了
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