23・愛の重さは重量級
朝の挨拶が出る前にガルツとブリックの口から出た言葉に、教室中の誰もが心の中で同意した。
「……何か段々と派手になってんな」
「どっかパーティでも行くの?」
二人の視線はスフィアの頭部に集中していた。
スフィアの髪型は以前と同じ結い上げだったが、それを装飾するリボンや髪飾りが日に日にゴージャスになっていく。
「今日の飾りは何カラットだよ!?」と言いたくなるような大きな宝石が埋め込まれていた。
「ふふ、殿方達のプライドが私を飾り立てるんですよ」
「分かってる」とでも言いたげなスフィアの微笑顔に、二人はそれ以上深くは聞かなかった。
絶対に何か裏があると思ったから。
「あれ? でも殿方『達』ってどういう――」
ブリックが浮かんだ疑問をふと口にした時、教室の入口から少し幼い男子生徒が飛び込んできた。
「スフィアせ~んぱいっ!」
満面の笑みで飛び込んできたのは、歓迎パーティでスフィアがダンスを誘いに行った男子――ルシアスの弟、テトラだった。
「先ぱ――っああ!! そんな下品な髪飾りより、こっちの方が似合いますよ! ほらっ!」
テトラはスフィアの髪に自身が持ってきた、これまた一段と宝石が自己主張している髪飾りを挿した。
彼が下品扱いした髪飾りは、つい先日ルシアスがプレゼントしてくれた物だったのだが。それを知ってか知らずか――いや、知っているのだろう、テトラは顔を顰めてそれを睨んでいた。
「ありがとうございます、テトラ。あ、けれどこれだと頭ばかり派手で……」
わざとらしく顔を曇らせ、困ったように溜め息をつくスフィア。
するとテトラは「なんだ」と言わんばかりに、笑いを漏らす。
「そんな事ですか、大丈夫ですよ! それじゃあ髪飾りに負けないように、他の部分も派手にしたら良いんです! 楽しみにしてて下さいね!」
テトラは言うだけ言うと、走って教室を出て行ってしまった。
こういうところは、本当に兄弟だなと思う。
「で、そんなに飾り立てられてどうするつもりなんだ?」
テトラが去っていった方から顔を戻すと、ガルツが怪訝な声でスフィアに尋ねた。
「お前、宝石やら光り物が欲しいわけじゃないだろう。レイランド侯爵家なら、それくらい余裕で買えんだろ」
「あらあら、随分と知恵付いてきましたね。ガルツは」
「やめろ……」
ガルツは口角を下げて渋い顔をすると、スフィアから視線を逸らした。
「まあ……近からず遠からず、という感じですかね」
「何だそれ?」
スフィアの曖昧な返答にガルツはまたも怪訝に眉を顰めたが、ブリックの手がそれを止めた。
「それ以上はやめといた方がいいよ、ガルツ。世の中には、知る事で罪が重くなってしまう事もあるんだよ」
ガルツの肩に手を置いて、静かに首を振るブリックの目に光は無かった。
その妙に説得力のある声にガルツは口を閉ざした。
それからもルシアスとテトラのスフィアへの贈り物攻撃は続いた。
片方がネックレスを贈れば、もう片方はそれよりも上等なネックレスを贈る。
片方が宝石の散りばめられたブレスレットを贈れば、もう片方は一粒の大きなダイヤがついた指輪を贈る。
「なんか毎日毎日スフィアは賑やかだね。主に格好が、だけど」
「しっかし、バート家は確かに侯爵家だし狩猟区も持ってるから裕福だとは思うけど、よくも兄弟でこれだけの物を贈りあって底つかねえなぁ?」
もう二人は驚きもしないのか、頭だけでなく今や全身が眩しい程に装飾されたスフィアを前にしても、単純に「眩しい」と目を細めるだけだった。
「流石に公爵家のうちでも、もし俺がそんだけ使えば勘当されるレベルだろうな」
ガルツの言葉に、スフィアは「へぇ」と楽しそうに笑う。
「それで、スフィアはどっちを選ぶつもりなの?」
ブリックが隣から身を乗り出して、僅かに興味の滲んだ声で聞く。
しかし、スフィアは「何の事?」と言わんばかりの疑問符が付いた声を返した。
「どっち……って?」
その言葉にブリックもガルツも目を丸くする。
「えっ!? まさか、これだけ受取っておいてどちらも選ばないとか……」
「そりゃ流石に不憫じゃねえのか!?」
二人は思わずルシアスとテトラに同情の念を送る。
しかしスフィアは悪びれた様子もなく、まるで悪女のような事をのたまう。
「私は一度たりとも自分からねだった事はありませんよ」
「えぇ~確かにそれはそうだけども……」
そう言って、何度も「えぇ~」と非難めいた声を漏らすブリック。
「ふふ。まあ、もうすぐで片付きますから」
「何が?」と思ったが、二人の口からその問いが出てくることはなかった。
知らぬが仏だ。
◆
「おい! いい加減諦めろよ! スフィア嬢にお前は不釣り合いなんだよ!」
「それはこちらの台詞です! スフィア先輩は初めに僕に声を掛けたんですから! 兄さんの方こそご遠慮なさってくれませんかねぇ!?」
あの歓迎パーティの日以降、バート家では以前にも増して兄弟喧嘩が激化していた。
「大体、何なんだあのネックレス! 下品に宝石ばっか使いやがって!!」
「そういう兄さんこそ、何ですかあの指輪!? 婚約指輪のつもりですか!? 重すぎですよ! 重い男は引かれますよ!! 引かれついでに、そのままフェードアウトして下さい!」
二人の手には、それぞれ次なる贈り物が握られていた。
「っていうか、お前はどこからあんな贈り物持ってきてるんだよ! 小遣いじゃ到底たらないだろう!!」
「そのままそっくりお返ししますね、その言葉! 僕より多くたって、兄さんの小遣いもたかが知れてます! なのにどこからあんな宝石を……」
二人は互いの手の中に握られている物を見た。
次の瞬間、それぞれが驚愕の表情になる。
「――ッおま! それっ! 母さんのじゃないか!? そのイヤリング、めちゃくちゃ大切にしてるやつ!!」
「そ、そういう兄さんこそ!? それ、父様の時計ですよね!? 文字盤にルビーを使って特注したって言ってた!」
互いに手に持っていた物を背に隠し、自分の事は棚上げして相手を咎めまくる。
最初は自分の用意できる範囲で用意していたスフィアへの贈り物も、互いが互いを意識するあまり次第に豪華になっていき、二人の小遣いはすぐに底をついた。
それでも、そこで手を引くことを男のプライドが許さないのか、それとも兄弟に負けたくないのか、次に二人が手を付けたのが、両親の持っている宝飾品や家の中にある装飾物だった。
「スフィア嬢は俺の妻になるんだよ! 俺がバート家の跡取りなんだから当然だろ!」
「跡取りとか関係ないじゃないですか!? ……だったら、もう兄さんの敵わない最終手段をとるしかありませんねえ。これで! 終わりにしてやりますよ!!」
そう言うとテトラはルシアスに背を向け、とある部屋に駆け込んだ。
「何が最終手段――って、あいつ! まさか!?」
ルシアスが気付いて後を追ったときには一足遅かった。
「お前っ! さすがにソレは駄目だろ!」
部屋から出てきたテトラの手に収まっていた物は、先代国王から狩りの礼として下賜された『ピジョン・ブラッド』と言われるルビーの最高級品だ。
しかも下賜された物は、普通ではお目にかかれない様な大きさの代物だった。
その価値たるや、爵位の十や二十を余裕で買える程と言われている。
「兄さんが諦めないのが悪いんですよ! どうせ贈っても、将来は僕のお嫁さんになったスフィア先輩と一緒に返ってくるんですから、問題ないですよ!」
「だったらお前じゃなくて俺が――って、待て!!」
テトラはルシアスの言葉も終わらぬうちに屋敷を飛び出した。
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