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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第五章 それでも愛しています

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最終話 ごめんあそばせ、殿方様!

 王宮の前、月と星と、門前に掲げられた松明の灯りで、スフィアは向かう先に誰かが並んでいることに気付いた。


「嘘…………」


 夜風になびく緩やかなウェーブ髪は、まるで天女の羽衣ように軽やかに揺れ、夜に映えた純白のドレスは、月すら霞むほどに輝いている。

 近付くにつれ髪の色も瞳の色も、全てがあらわになる。


 その髪色は黄金。

 その瞳の色は――。


「嘘じゃないさ。言っただろ……きっと待ってるって」


 背中でグレイのあやすような声が聞こえていたが、スフィアは視界から得られる情報だけで脳内はいっぱいだった。


「…………っさ、ま」


 震える口からは、声よりも吐息のほうが多く漏れ出る。


「良かったな、スフィア。さあ、早く行――――どわあっ!?」


 握っていた手綱をスフィアに奪われ、あげくにそのまま押し出され、グレイは落馬した。

 次の瞬間、スフィアは迷うことなく手綱を振るい、先で待つ彼女の元へと駆けていく。


「――っアルティナお姉様あああああああ!!」



 その髪色は黄金。

 その瞳の色は――スフィアがいつも身に纏っていた青よりも青く美しい青。



「スフィア!」


 アルティナが両手を広げた。


「お姉様っ!」


 馬が疾駆するスピードそのままに、アルティナへと向かっていくスフィア。

 誰もが『ぶつかる!』と思った瞬間、スフィアは手綱を手放し、ひらりと馬上からアルティナに向かって飛んだ。


 広げた互いの腕が相手をきっちりと腕の中に収めれば、勢いを殺しきれなかった二人は、「きゃあ!」という声と共に地面を転がった。

 しかし、それでも互いを抱きしめた腕がほどけることはない。


「馬から飛び降りるだなんて、何を考えているの!? 本当、あなたはいつもいつも危ないことばかり! 加減を知りなさいとあれほど……あれほど……っ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、お姉様……っ」

「本当……いつもいつも…………あなたは――っ」


 アルティナの抱きしめる腕の力が増せば、上に乗ったスフィアの腕の力も増し、互いに相手の肩に深く顔を埋める。


「――――っお帰りなさい、スフィア」

「た、ただっ、いまです……っ、お姉さまぁ」


 アルティナの上でしゃくり上げながら、何度も何度も「お姉様」と繰り返すスフィアの頭を、アルティナは優しく撫でた。

 瞬間、「まあっ!」と驚きにアルティナは身を起こす。一緒にスフィアも起き上がり、どうしたのかときょとんとした顔を向ける。


「あなた、髪が……!」

「あ、あぁこれですね」


 スフィアは長めに残った横髪を、特に気にした様子もなく一束つまみ、へらりと笑う。


「えへへ、短くなっちゃいました」

「えへへ、じゃありませんわ! ああ、もうっ! こんなに短くなってしまって。あなたも再来年にはデビュタントなのよ。結える長さまで伸びるかしら!? もう! 本当にもうっ!」


 案の定、アルティナは『令嬢たるもの』を説きながら怒っているのだが、スフィアにはこの懐かしい感じが嬉しかった。

 怒りつつも、アルティナの、スフィアの腰に回された片手は決して離れない。


「はいはい。感動の再会だけど、いつまでもレディが地面に座ってたら駄目だよ」


 すると、突然腕を持たれ、スフィアもアルティナもグイッと引っ張り上げられた。


「ブリック!」


 手の主を見れば、懐かしい顔が目尻を緩めてこちらを見ており、思わず驚きの声が漏れる。


「お帰り、スフィア。本当は僕も駆けつけたかったけど、僕じゃ足手まといになるからね。ここで君を待ってたんだ」


 垂れた目をさらに垂らして微笑むブリックに、胸の内側が温かくなる。


「ブリック……ありがとうございます」

「無事で良かったよ。本当、君はいくつになっても、僕たちをハラハラさせるんだから」

「ふふ、飽きないでしょう?」

「それもそうだね。あ、そうそう。実はこうやって待っていたのって、僕やアルティナ嬢だけじゃないだ。ずっと君の帰りを待っていたんだよ、皆」

「みんな?」


 本気で分からないと首を傾げるスフィアに、ブリックが片眉を下げてクスッと笑う。


「ロクシアン先輩にナザーロ先輩。バート兄弟に、君の友人のフィオーナ嬢。その他にも、貴幼院時代の懐かしい顔ぶれが並んでいたよ。さすがにいつ戻ってくるか分からなかったから、皆一旦家に戻ったけど……」


 チラ、とブリックの視線がアルティナへと向けられる。


「でも、彼女はずっと……本当にずっとここで待ってたんだよ。僕が何度も王宮で待つようにって言っても、首を縦に振らなかったんだから」


 ここで、とブリックが指さした先――正門の柱の麓には、ブランケットか何かがわだかまっている。

 そういえば、彼女の格好は、デビュタントの時に着ていた白いドレスのままだ。

 あれから丸一日以上経っているのに。

 薄暗くて気付かなかったが、よく見てみると彼女の美しい顔には疲れが滲んでおり、赤くなった目の下には、うっすらとクマができている。

 つまり彼女は、ずっと……本当にずっと、夜が更けて朝日が昇り夕日に空が色づこうとも、この場で待っていたということか。


「……お姉様……っ」

「ち! 違うわよ! た、ただ春風が気持ちよかったから、ずっと浴びていたくて外にいただけなのよ!?」


 ふっ、と懐かしさに笑みが漏れた。


 ああ……このツンデレこそ彼女だ。


 しかし、ブリックは赤面するアルティナにまったく気付かず、さらに彼女の顔を赤くさせるようなことを言う。


「それに、スフィアがホールを出て行ったあと。アルティナ嬢ってば、すごく格好良かったんだよ。騒ぎ立てる皆を一喝して、私の妹を悪く言う者は許さない――って」

「妹……」


 そう思ってくれるのか。

『私の』妹だと、言ってくれたのか。


「お、お……おね、さまぁ……っ」


 一度は止まった涙だったが、再びスフィアの頬を濡らしていく。

 えぐえぐと子供が泣くように、ぼろぼろと涙をこぼしていくスフィアに、アルティナは顔を赤くしたまま「あーもー」と溜息をついた。


「まったくあなたったら。令嬢がそんな美しくない泣き方をするもんじゃありませんわ」


 アルティナは手を自らの胸元に伸ばしかけ、しかしわずかに躊躇を見せると、手で直接スフィアの頬を拭った。

 グイグイと頬を引っ張られ、きっと自分は不細工な顔になっているのだろう。


 だって、彼女の顔は今までにないくらい、楽しそうに笑っているのだから。


「まったくあなたは……本当! 世話が焼けるものね!」


 しかし、涙を拭い終わるとアルティナはツンと顔をそっぽ向けて、そのまま王宮の方へくるりと踵を返してしまった。


「あー、もう時間も遅いし眠いったらないわぁ」


 ふわぁ、とあくびをしながら、すたすたと遠ざかっていくアルティナ。

 その背中に、スフィアは声を掛ける。


「お姉様……」


 アルティナの足が止まる。


「今、幸せですか?」



 あの時、望んだ結末と違う今。

 それでも、彼女は幸せだと言ってくれるだろうか。



 彼女は一瞬だけスフィアを顔だけで振り返り、そしてすぐに向き直る。

 再び歩き出した彼女のヒールの音に交じって、「ええ、そうね」と聞こえた気がした。


「……お姉様……ありがとうございます」


 スフィアは令嬢の挨拶(カーテシー)ではなく、アルティナの背に向かって深々と腰を折り頭を下げたのだった。




 

        ◆




 スフィアから離れた途端、アルティナの顔は安堵に眉が下がり、その気の強そうな猫目からはぽろぽろと、音もなく涙がこぼれ落ちていく。


「――っよかった……本当に……っ」

「アルティナ嬢」


 予想外に近いところで聞こえた声に、アルティナはビクッと肩を跳ねさせた。

 先ほどまで聞いていた声だ。あの、垂れ目のスフィアの友人だろう。


「ななななん、ですの!?」


 こんな顔見られたくなくて、声と反対方向へと顔を背ければ、スッと視界に、綺麗に折りたたまれたハンカチが入ってくる。


「どうぞお使いください。あなたのはもう濡れて使い物にならないでしょう?」


 耳元で声をひそめて囁かれた少年の言葉に、アルティナは「え」と驚きに目をまたたかせた。おかげで目に残っていた涙が全て落ちきる。


「もちろん、スフィアにはアルティナ嬢の涙は秘密にしておきますから、どうぞご安心を」


 アルティナが少年を確認すれば、彼はアルティナの手にハンカチを握らせ、人差し指を口の前で立てた。


「心優しきアルティナ嬢、おやすみなさい。良い夢を」


 微笑みを残し、スフィアの元へと戻っていく少年。


「――あのっ! お名前を!」


 少年が振り向いた。

 金の猫っ毛がふわりと揺れる。


「ブリックです。よろしければ、スフィア共々これからも仲良くしてください」


 彼の猫っ毛のように、柔らかくきらきらしく笑う彼の姿が遠ざかるのを、アルティナは手の中のハンカチをぎゅうと握りしめ見つめた。


 そして――。


「――ッブリック様ぁん、素敵ですわぁ!!」


 しっかりと恋する乙女の目をしていた。


「ええええ!? え、僕!?」

「ブリック貴様ああああああ!」

「えええええええ、スフィア!? 理不尽すぎない!?」


 戸惑うブリックの声に、スフィアの咆哮が重なる。

 せっかくアルティナと良い感じに終われたのに、何を台無しにしてくれてるんだという、あまりの衝撃の展開に、思わずスフィアの口調もいつぞやの教官のものへとかわる。


「お姉様は惚れっぽいんだ! 簡単に優しくするな! いや、冷たくしても許さん! お姉様を悲しませたら処す! 私からお姉様を奪っても処す! 付き合っても処す! 断っても処す!!」

「難しっ!? 全方位処される道しかない!」

「お待ちになってブリック様ぁ!」

「えええええええ!? アルティナ嬢!?」


 戸惑いにあたふたするブリックを威嚇していたら、トンと肩を叩かれた。


「良いじゃないか、スフィア。なんなら四人で合同結婚式でもするか?」

「あ、無事だったんですね」


 落馬した地点から歩いてきたらしい。元気なことだ。


「それはそうと、合同結婚式? 何を言っているんですか、グレイ様? 頭打ちましたよね」

「大丈夫、照れなくていいから。今日はもう遅いし休もう、スフィア。王宮にすぐに部屋を用意させる。あ! もちろん、まだベッドは別々にするから安心してくれ」

「はてしなく気持ち悪い」

「起きたら、一緒に式の日取りを決めような」


 自分は目の前の男と会話をしているはずなのに、なぜか会話が通じていない気がする。


「だから、さっきから何を言われているんですか。私、誰とも結婚なんてしませんけど?」


 怪訝にスフィアが顔をしかめれば、グレイはまさに『衝撃』と言った感じに目も口も丸くした。


「嘘だろ!? 『俺のお姫様』って言って差し出した手を取ってくれただろ!? 俺と一緒に同じ馬にのっただろう!? 俺に抱かれて!」

「語弊があります」


 スフィアは腹の底からの大きな溜息を吐くと、指をパチンと鳴らして彼を呼ぶ。


「カモン、ガルツ」

「デリケートな修羅場に俺を召喚するんじゃねえ」


 パカパカと気の抜けた馬蹄の音を響かせやってきたのは、彼ことガルツ。

 瞼を重くして、全身で関わりたくないと言っている。

 されどそれは許されない。


「子分に許された返事は?」

「…………はい」


 ちょいちょいと、スフィアはガルツに屈めと手招きする。そして馬上から身体をかがめてきたガルツの耳をひっぱり、ひそひそと耳打ちをした。


「え、あ!? あぁ……はぁ……まったくよ……」


 釈然としない顔で、しかし受け入れざるを得ないガルツは、頭をガシガシと掻いてスフィアへと手を差し出す。


「……俺ノオ姫様、一緒ニ馬ニノリマセンカ」


 実に大根である。

 しかし、スフィアはその棒台詞と一緒に差し出された手を取って、ガルツの馬に跳び乗った。


「なあ――っ!?」


 グレイが驚愕に肩を震わせる。


「さあ! 逃げなさい、ガルツ!」

「ったく……。ってことで、すみませんね殿下。こいつちょっと貰っていきますんで」

「おい、待て!? 公爵小僧ちょっと待て! 俺の花嫁を返すんだ!」

「誰が花嫁ですか」

「誰が公爵小僧ですか」


 パッカラパッカラとゆるく走る馬の後ろを、グレイが走って追う。


「スフィア!? あの古城じゃ、あんなに良い雰囲気だったじゃないか、俺達!」

「その話、詳しく聞かせてもらおうか、グレイ。誰の花嫁だって? 誰に許しを得てそんなことを言っている? 安心しろ。今回は一発ちゃんと残してあるからな」


 背負っていた銃を手にして、馬の尻を追っかけるグレイに狙いを定めるジークハルト。


「ちょ!? 今それどころじゃ、ジークハルト卿!」


 チラッとガルツは後ろを振り返り、次に目の前で鼻歌など歌っている少女に目を向ける。


「……いいのか? お前、満更じゃなかったんじゃねえの?」

「良いんですよ。高嶺の花はそんな簡単に手に入るものじゃないですから」

「はぁ、世の中の男共が報われる日は来るのかねえ……」

「それに、私が幸せになるのは、彼女の幸せを見届けてからですしね」


 後ろを振り向いた先の光景に、スフィアの顔は満面の笑みを描いた。


「ジークハルト卿、目が怖いですって!?」

「ダンスを踊らせてやるよ!」

「待ってよ、ガルツ、スフィア! 僕を置いてかないでよ!」

「あぁん、ブリック様! 駆ける姿も凜々しいですわぁ、素敵!」


 夜だというのに、賑やかなことこの上ない。とても貴族子女らしいとは言えない眺めだ。

 しかし、その気取らない姿が、今はどうしてだかとても幸せに思える。

 それはきっと、誰よりも自分がこの光景を望んでいたからかもしれない。


「ああ……私、帰ってきたのね」


 

 一度は全てを捨てようと思った。

 覚悟もした。

 でも、結局は捨てられなかった。

 いつの間にか、離れられない大切なものが増えすぎていた。

 


 私はもうひとりじゃない。

 彼女ももうひとりじゃない。



 私には彼女がいて、彼女には私がいる。

 互いを抱きしめた、あの抱擁の力強さは、この先何があっても忘れないと思う。


 

 そして、私達の周りには彼らもいるのだから。


「俺のスフィアアアアアアッ!」

「誰のだ! 僕のスウィーティに近寄るな下僕!」

「待ってってばあ、スフィア!」

「なあ、スフィア。そろそろ子分卒業したいんだけど……」


 皆がいれば、きっと寂しいことは二度とおこりはしない。

 スフィアは夜空の輝きをエメラルドの瞳に映し、そして世界に響かせるほどの大きな声で叫んだ。



「ごめんあそばせ、殿方様!」




                                     【完】

 




最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

このラストは、連載当初から予定していたもので、やっと書けた!という万感の思いでいっぱいです。

(お疲れ様、楽しかったなどと思ってくださったら、↓の★で気持ちを伝えていただけるととても嬉しいです)


「100人全員折るんじゃないの!?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、

スフィアが当初から掲げている「デビュタントまでに、できるだけ恋の芽をつみとっていく」という目的は達成したのかなと思います。

そして、残りのフラグ70本くらいですかね……それはデビュタント後の話になる部分だと思っております。

ということで、全体を通してみればここまでで【第一幕】という感じです。


この先も色々とストーリーのネタはありますが、

そこを書きだしてしまうと、また果てしなくなっていってしまうので

一旦、この幕で閉じさせていただければと思います。



途中で二章、三章を全削除して書き直すというハチャメチャなことをやりつつ、

更新も途絶えたりしながら、足かけ三年。途中で何度書くのをやめようと思ったか。

しかし、皆様の感想や★やブクマという目に見えるものに助けられながら、なんとか完走できました!

ありがとうございました!

そして、最後までお付き合いくださいました皆様、誠に感謝申し上げます。



また、11月に入りましたら新連載も始めます。

【悪役令嬢の遺言状】という、ミステリーファンタジーものになります。

作者フォローをしていただけますと、通知が行くと思いますので、是非ぽちッとしていただければ嬉しく思います。


それでは、ごめんあそばせ、皆様方!

次の作品でも、またお会いできることを祈っております

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます!中盤からリシュリーの違和感が強くありましたが一つ一つ判明していくことが面白かったです! スフィアよかったね!おめでとう!!! [一言] 以前読んだときと内容が違っ…
[一言] 今年中に連載が終了するのはお知らせで知ってたので纏めて読む為にためてたら、完結してる! まずは完走お疲れ様でした! Pixiv連載コミカライズ1話で知り、こちらを見つけ、今日まで楽しまさせて…
[良い点] 最後は明るくスフィアらしさ満開でした。 仲直りできてほんとに良かった! まだまだお話は続きそうな雰囲気で、時間が経過したその後の様子も読みたいです。 ぜひぜひ。 読み返したいなと思える作品…
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