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【書籍化】ごめんあそばせ、殿方様!~100人のイケメンとのフラグはすべて折らせていただきます~  作者: 巻村 螢
第五章 それでも愛しています

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40 邂逅

 エノリアはゲホッと咳き込むと、血が混じった唾を床に吐き捨てた。


「あー痛ってえ……これ、肋骨二、三本いってんな……」


 彼のトレードマークである黒の使用人服はいたるところが裂けており、下から覗く肌には赤い線が走っている。


「あら珍しい。重傷じゃない」


 エノリアの全身を上から下まで眺め回し、リシュリーはケラケラと笑う。


「コイツ、剣の腹でぶっ叩きやがった。剣は斬るもんだ……衝撃すっご。まあでも、おかげで斬られずに済んだんだしね。本当、騎士道精神様々だわ、ハハッ!」


 コイツ、とエノリアが足のつま先で、横たわるガルツを苛立たしげに蹴るのを、リシュリーは無感情な目で眺めていた。


「……本当、なんだかんだで優しいのは変わってないのね……」

「あっれぇ? しんみりさせちゃった? そういうリシュリーちゃんも優しいじゃん」


 口元の血を拭いながら、ニヤニヤと隣のリシュリーを見下ろすエノリア。


「だって、オマエが間に割ってそいつの顎に蹴り入れてなきゃ、今頃、オレとそいつ刺し違えてたよ……。そいつも、オマエが入ってくるだなんて思わなくて、剣引いてまんまとお前の蹴り食らってたし…………わざと?」


 腰を折って、ヌルリとリシュリーの顔に接近するエノリアに、リシュリーは舌打ちを返す。


「まさか。あんまり長引かせたくなかったのよ。あんたが手こずってるから、さっさと終わらせてスフィアを探しに行きたかっただけ」

「へえ……まっ、いいけどね。じゃあお望み通り片付いたことだし、探しに行こうか。オレを、助けてくれたリシュリーちゃんに選ばせてやるよ。どっち行く?」


『オレを』を強調するエノリアに、再びリシュリーの舌打ちが飛ぶ。


「あたし達は左に行くから、あんたは右に行きなさいよ。カドーレ、行くわよ!」


 リシュリーの声に反応して、今まで壁際で置物と化していたカドーレがようやく足を動かす。そのまま二人は部屋を出て行った。


「さて、じゃあオレも行こうかな」


 部屋を出て行く寸前、エノリアは床で横たわるガルツを一瞥して、にやりと口端をつり上げた。


「お姫様には、王子様は来ないよって伝えといてあげるね」




        ◆




 階段の下。スフィアは陰に隠れるようにして膝を抱えて小さくなっていた。


「ガルツ大丈夫かしら……まあ、リシュリー相手に、ガルツがどうこうされるとは思ってないけど」


 それにしても遅すぎる。

 彼を探しに行った方が良いのではないか、でも隠れていろと言われたし、とスフィアに迷いが生じ始めたとき、廊下からコツリと音が響いてきた。

 それは、革靴のヒールが床を踏む音。


「――ッガルツ遅いです…………っ!?」


 やっと戻ってきてくれた、と顔を上げれば、そこには見たくもない顔が。


「お姫様み~っけ」


 サッと血の気が引いていく。


「やっ……!」


 抵抗する間もなく腕を捕まえられ、暗がりから引きずり出される。


「ちょーっと、オレも色々痛くて、優しくしてあげる余裕がないんだよねえ……大人しくしててくれる?」

「――――っ!」


 痛いくらいに冷たい目だった。

 彼の姿をよく見ると、服の所々は切れ、血が滲んでいる。口元や、自分の腕を握る手にも血がついている。


「……ガルツは」


 男がにっこりと笑った。

 強引に腕を引かれ無理矢理に歩かされる。片足を負傷しているため、踏ん張って抵抗することもできない。


「――っどこに!?」

「主のところ」


 薄暗い廊下をズンズンと進んでいく。長い長い廊下の両側にはいくつもの部屋が並び、そのどこかにガルツがいるのではと、覗きたい衝動に駆られるが、少しでも歩速を緩めよう者ならエノリアに、腕が抜けんばかりの力で引っ張られた。

 そうして、廊下の突き当たりにある扉の前で、やっとエノリアは足を止めた。

 おそらくここが、彼が言う『主』がいる部屋だろうが、エノリアは扉を開けることはせず、突然、横の壁にスフィアを押しつけた。


「何を!?」

「主のだからさぁ、手は付けられないんだよねえ。でも、こんだけ頑張ったんだし、ちょっとくらい、ご褒美をもらっても良いと思わねえ?」


 いつぞやと同じく壁に押しつけられる。しかも今度は手まで拘束されてしまう。

 顔の横で両手の動きを封じられ、スフィアは懸命に視線だけで凄んでみせる。


「懐かしいねえ……あの日の路地裏での続きといこうか?」

「…………っ!!」


 エノリアは舌なめずりすると、そのままスフィアに覆い被さった。

 そうしてスフィアの唇に、彼の息がかすめた時、隣の扉がキィと開いた。


「何をやっている、エノリア」


 少しでも動けば、エノリアの唇が当たってしまう距離で、スフィアは隣の男の姿をみることはできなかった。

 ただ、聞こえた声は、どこかで聞き覚えがあるような気がする。


「それは私のだ」

「……ざぁんねーん。時間切れか」


 エノリアは大人しくスフィアから身体を離し、スフィアの腕の拘束もなくなる。

 彼は何もしてませんとでも言うように、顔の横で両手を挙げていた。


「外が静かになった。お前は客人をもてなしに行け」

「へいへーい」


 エノリアは場にそぐわぬ気楽な返事をすると、来た道を戻っていく。


「久しぶりだな」


 スフィアの顔がようやく横を向いた。

 瞬く間に、目も口も見開かれる。


「……レニ……ライノフ…………」


 震える口でスフィアがやっとその名を紡げば、男――レニは、ニィと口端を嬉しそうにつり上げた。


「覚えていてくれて光栄だよ、赤髪」


 次の瞬間、伸びてきたレニの手に腕を掴まれると、あっという間もなく、そのまま部屋の中へと連れ込まれた。

 バタンと扉が閉じられ、廊下にはカチャンと鍵のかかる音だけが響いていた。



遅れてすみませんでした……

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