34 私の大切な妹
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お姉様、何度もしつこくてごめんなさい
きっとこれが最後だから、許してくださいね
私のお姉様に伝えたいことは、今までの手紙に全て詰め込みました
読んでくれていると嬉しいなって思います
だからこの最後の手紙には、お姉様に一番忘れないでほしいことだけを書きます
大好きです、お姉様
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ああ、やっぱりあなたは良く目立つのね。
ホールに入ってくるだけで人の目を奪うだなんて、なんて魅力的なのかしら。
昔からあんなに騒がしかったあなたが、ゆっくり歩み寄ってくる姿は、まるで一端の気高き令嬢じゃない。
もうそんなことも出来るようになったのね。
だから、もう走って駆け寄ってきてはくれないのよね。
私があなたを突き放したんだもの……仕方ないわ。
人が中央からはけていけば、まるで二人だけの世界のようで、なんと声を掛けて良いのか分からなくて困るの。
話さなければならないことは多いのに。
聞かなければならないことも多いのに。
でも、こうしてあなたを目の前にすると、自分の感情すら分からなくなってしまうの。
『スフィア……』
ほら、あなたの名前を呼ぶ声すら震えるの。
どんな顔を向けて良いのか分からないのよ。
私を守るように友人達が囲んで、庇うように口々に色々言ってくれているけれど、嬉しいと思うよりも、心が軋むのはなぜかしら。
『……スフィア、今は……帰りなさい』
どうして、こうなると分かっていて自らやって来たの?
どうして、この瞬間でなければならなかったの?
『や、やめて……スフィア……』
どうして、私を罵る言葉がそんなに温かいの?
あなたの言葉が、どうして今はこんなにも響いてこないの?。
聞いたことのないようなあなたの笑い声が、空虚で痛々しく感じるのは、何故?
『スフィア! もうやめなさい……っ!』
泣きそうな顔で笑うのはやめなさい。
耳が痛いの。
胸が痛むの。
あなたが叫ぶ度に、自らに剣を突き立てているみたいで見てられないのよ。
なのにどうして……。
どうして、罵っている方のあなたが、私の幸せをそんな顔で受け入れるの。
そんな、心底嬉しそうな、安堵したような顔で。
◆
スフィアがホールから出て行った後。
あまりの展開に誰しもが言葉を失ってポカンと口を開き、しばらく場は静寂に包まれていた。
しかし、誰かが「ははっ」と笑えば、堰を切ったようにドッと皆が笑った。
「本当、何あれぇ! 負け犬の遠吠えかしら」
「あははは! 確かに顔は綺麗だけど、あんなに性格が悪くちゃねえ?」
「美しい花には棘があるとはよく言ったものだ。だがしかし、あんな毒花だとばれれば、もう誰も摘もうとはしないだろうて」
「レイランド侯爵もこれで終わりですなあ!」
ホールは嘲笑、侮蔑、揶揄の嵐が吹き荒れていた。
「アルティナ様に無礼を働いて、ただで済むと思ったのかしら? 大公家と張り合うだなんて馬鹿な子ね」
傍にいた令嬢が、他の令嬢達とねーと笑いながらアルティナに顔を寄せてくる。
「……な……さい」
「ねえ、アルティナ様もそう思いませんこ――」
「お黙りなさい――っ!!」
アルティナの一喝は、取り巻いていた者達だけでなく、ホールに居並んだ全ての者達から雑言も嘲笑も全てを奪っていった。一瞬にして、ホールの空気が静粛なものに変わる。
それは、バルコニーから駆け下りて、スフィアの後を追おうとしていた三人の男達の動きさえも全て。
ホール中の視線が今、アルティナだけに注がれていた。
耳が痛くなるような静けさの中で、アルティナの深紅色の唇が震えながら開く。
「あ、あなた達が……あの子の何を知るというの……あの子の名前と見た目しか知らないのではなくて?」
《お姉様》
「こうして、私を守ってくださった気になっていますが、あ……あなた達の中に、私に正面からお友達になってと言ってくださった方がいますの!?」
《お姉様、私とお友達になってください!》
《スフィアと呼んでください、お姉様》
「……っあの子だけですわ。私と、ウェスターリ家の者としてではなく、ひとりの人間として関わろうとした者は……」
《お姉様、見てください! お姉様みたいに綺麗な薔薇!》
《その、不器用なりと言いますか……お姉様が喜ぶかなと思って作ってみたんです》
「あなた達が、あの子の……っ何を……いったい何を知っているというの……!!」
彼女の自分を呼ぶ声が頭の中で反芻していた。
思い出す声はどれも温かい。
嬉しそうな声。すねたような声。甘えるような声。
何度手加減しなさいと言っても全力で飛び込んでくる。あの、猫のような愛らしい声でお姉様と呼びながら。
「あの子は……」
《お姉様?》
「……っあの子は」
《お姉様ぁ》
《お姉様っ!》
「…………っ!」
《アルティナお姉様、大好きですっ!》
「――っあの子は! 私の妹ですわっ! 何も知らない者達が勝手に口汚く罵って良い存在ではありませんわ!!」
遅くなってごめんなさい、スフィア。
勇気がない姉でごめんなさい。
どうして私は、もっと早く気付いてあげられなかったのかしら。
あなたの言葉が空虚だった意味がやっと分かったの。
あなたの本当の心は、全てあのたくさんの手紙の中に入れて、私に預けていてくれたのね。
「これ以上……っ! 私の大切な妹を傷つけるような事をのたまうのでしたら、次期大公アルティナ=ウェスターリの名の下、絶対に許しませんわよ! 分かったのなら、今すぐそのかしましい口をお閉じなさいっ!!」
アルティナの叫声がホール中に響き渡り余韻を残す中、肩で息をするアルティナのはぁはぁという荒い息だけが音だった。
誰もが驚きに目を丸くしている。
――ああ、これで私も社交界で孤立するわね。だけど後悔はないわ。あの子が受けた苦痛に比べたらこんなもの……。
よろり、とアルティナが一歩を踏み出した。周囲に取り巻いていた者達は、唖然としながらも道を譲るように後退していく。
「行かなきゃ……」
あの子が泣いているもの。私の大切な妹が。
ねえ、スフィア。
手紙、やっと全部読んだの……。
ちゃんと、全部読んだのよ。
色々言いたいことがあるんだから……だから……勝手にひとりでどこかになんて行っては駄目よ。
扉へと向かって、スフィアが作った人垣の道の中を進んでいく。
――あの子は、こんな視線の中、たったひとりで最後まで立っていたのね。
そう思った瞬間。
「――――っあ!?」
カクン、と膝が抜け、アルティナは床に座りこんでしまった。
なんと情けない。
己の情けなさに、じわりと視界がゆがむ。
「……な、さぃ……ッ」
唇を噛み、瞳に溜まった熱が床で握った拳にもうすぐで落ちそうになった時、アルティナの肩に手を置く者がいた。
「よく頑張った、アルティナ」
「グ、グレイ様……」
顔を上げ目が合えば、彼は満足げな笑みを返し、アルティナの腕を引っ張り上げて立たせる。
「家格など関係なく、ひとりの人間としてとても素敵でしたよ、アルティナ嬢」
「スフィアが惚れ込むのも分かる気がするよね」
反対側へ目を向ければ、覚えのある少年達がこちらを見て頷いていた。
「さて、言い逃げした俺達のお姫様を迎えに行こうか、アルティナ」
頼もしい従兄弟の態度や言葉に、アルティナは「はい」と笑って返せた。
◆
しかし、大ホールを出たもののスフィアの姿は見当たらない。
「逃げ足の早いお姫様だ。まったく、どこへ…………ん?」
ふとホール前の薄暗がりの中、グレイは足元に石とは違う何かが落ちているのに気付いた。手にしてみて、それが見覚えのある髪飾りだと分かる。
王宮のパーティーには不釣り合いな、まるで子供がするようなチープな青い髪飾り。
それは、かつてグレイがスフィアに贈って唯一受け取ってもらえたもの。
「ス、フィア……?」
ゾッ、と背筋に悪寒が走った。
「――っ! 急いでスフィアを探すんだ!」
言うと同時にグレイは駆け出していた。
今までお仕事と並行してやって来たのですが
仕事の方に支障が出始めましたので
しばらくは二日に一回の更新にさせていただけたらと思います
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。




